練りに練られた中編をカクヨムで読むことが出来る幸福

シンプルなタイトルとキャッチフレーズにごくあっさりとした「あらすじ」、そして「純文学」と「群像新人文学賞最終候補作」以外書かれていない「タグ」。
文章はカクヨム人気作のように「空行」や「改行」を多用せず、Wordからそのまま貼り付けたようにダラっと続く。
そして「現代ドラマ」という人気があるのかないのかわからないジャンルの本作はあまりにも〈硬派〉であり、もうちょっとカクヨムの読者にアピールすれば案外爆発的に読まれるかもしれないのに、実にもったいない。

作者がこの作品を投稿したのは去年の5月である。
〈最新作〉を読むのが普通のカクヨムでこうした〈過去〉の作品を読み、レビューまで付けてしまうのは我ながら恥ずかしい。

花田清輝に関する批評か何かを読もうと思って「カクヨム 花田清輝」でGoogle検索したら作者黒井瓶さんの作者ページがヒットした。
代表作として「AHA REM」が提示されている。
今どき珍しい花田の読者が書いた小説だから「読んでみよう」という気になった。

確かに「AHA REM」(不思議なタイトルだ。「あはれむ」、つまり「憐れむ」という意味だろうか)は純文学だ。
「これが純文学」という確固たる基準を知らないが、「こういうのは純文学っぽい」というイメージなら私でもわかる。

本作は「〈超常現象〉やドラゴンのような〈架空の生物〉を描かないリアルな現代小説」で、
「〈記憶を焼き捨てる主人公〉や〈全体/個人の対比〉などの何やら観念的なモチーフ」を持ち、
「IT系っぽいパソコンをカタカタする企業のリアルを描く」という現代的な舞台設定が用意されている。

これらは純文学ポイントが高い要素である。
よって本作は紛うことなき純文学作品であるとして良い筈だ(ここに「過去の純文学作品へのオマージュ」やら「変な文体」やらを駆使すればさらに純文学ポイントが上がるだろう)。

けれども本作の魅力は純文学の読者以外にも十分に伝わるだろう。

それというのも「〈怖い御局様〉だとか〈上品で場を和ませるものの実務能力そのものは劣る上司〉といった明快なキャラクターの描き分け」や会社における「陰謀が渦巻き誰もが中立的では居られない緊張感」等は十分に面白く、娯楽として最後まで楽しめてしまうのだ。

私もそうした俗物的な視点で楽しませて貰った一人である。

文章もスイスイ読める。
「改行」「空行」無しに文字が詰まっているのに苦労せずに読めてしまう。

万人に、すなわち日本に住む1億2000万人の俗物ども全てに、私はあえてこの「純文学」作品を薦める。