終ノ巻 せかいが、ひらいた!


 ジズはだまって少女の背を見つめていた。


 「……えりすとら、くうれりお、さびおす……」


 正面の映像と、手元の操作盤のようなものを触りながら、少女は歌っていた。


 ジズは、少女が操る自在にうごく鞭のようなもので、後ろ手に縛られてしまっていた。鞭を動かしているのもまた、少女の歌だった。


 「……それは、<神代の歌>か。なぜ、君が知っている。どうして、<黄金王>を動かせる。君はなにものだ」


 ジズが少女の背に言葉を投げるが、今度はわずかに振り返っただけで、少女はうごかない。それでも少しの間のあと、こたえを返した。


 「……乱暴にしてごめんなさい。白い森を焼いて、浄化して、緑の森に戻したら、どんな罰でも受ける。おじいちゃんの夢のためなら、なんでもする」


 「……おじいちゃん……?」


 「……あたしの名前は、ボナ・ダゴンド。王さまにも一度、おじいちゃんといっしょに、会ったことがある」


 ジズは記憶をさぐるように目を動かしたが、やがて、ああ、と頷いた。


 「ダゴンド……ダゴンド博士の、身内か」


 ジズが、数年前に白い森の探索に入ったきり戻らない、帝国の古代史研究機関の教授の名前をあげると、ボナの背中がぴくっと動いた。


 「……おじいちゃんは、白い森をむかしの緑の森に戻そうとがんばってた。<浄化の歌>、だれもころさずに森を焼いて、緑に戻す奇跡の歌、それをやっとみつけたところで、行方不明になった……」


 ボナは、きっと後ろを振り向き、ジズを睨んだ。


 「きっと……あなたたちが、おじいちゃんをころしたんだ! 白い森の、悪いちからを利用するために! 緑の森に戻させないために……!」


 「……だれが、君にそう教えた?」


 「……カトエーレ議長……立派なひと。道を踏み外したこの国をただそうとしている。泣くことしかできなかったあたしを、救ってくれた」


 ジズは、事件の構図を理解して、ううと唸り、黙った。


 評議会の腹黒い議長、カトエーレが黒幕だ。行方不明の博士の孫娘を利用して、王族たるジズがみずから白い森に攻撃をしかけたと、描こうとしている。


 ダゴンド博士は白い森の<神代の歌>に通じ、先住民とも親しくつきあい、帝国の<王の歌>の改良と発展に尽くした、功労者中の功労者だ。


 ジズの父たる先王も篤く処遇した。ふたりの夢は、帝国と白い森が協力して古代のちからを取り戻し、瘴気のないゆたかな大地で、すべての民が手をとって安寧のなかに暮らすことだった。


 だが、先王を失い、博士も行方不明のいま、ボナのように誤った情報を信ずるものも少なくない。ジズは唇を噛んだ。


 「……ひとつだけ、言っておく。<浄化の歌>は、白い森を緑に戻すためのものじゃない。森を……いや、帝国の多くを含めて、焼き尽くすための兵器だ。君の祖父がみつけたものではない。評議会がつくったものだ。この<黄金王>で、世界を攻略するため……」


 「うそつき!」


 ボナが叫んで、振り返り、なにかの部品をジズになげつけた。泣いている。


 「カトエーレさんが間違いをいうはずがない! この歌は、おじいちゃんがみつけた、だいじな歌だ! ……ほら、もう、白い森の中心部についた、嘘かどうか、試してみればいい……!」


 そういい、息を吸い込む。胸に手をあて、声をだす。


 「……りいどる、りりるとる、りぐれお……」


 うううぉぉぉぉん……。


 <黄金王>が、呼応するように、震え出した。わずかに室内の温度が上がったようだった。きゅいん、きゅいんと、金属を削るような音。低いうねりが、ゆっくりと高まってゆく。


 と、ジズが叫ぶ。


 「おい、誰かいる……ひとがいるぞ!」


 ボナの目の前の映像の真ん中に、大きなあかいトンボ。帝国の飛翔機械だった。崖の上に着陸している。横には、リンドル。ジズの忠臣、丞相リンドルと、その隣に、見知らぬ緑の髪の少女。


 「……っ!」


 ボナは、声をのんだ。歌を止める。しかし、<黄金王>は、唸りつづけた。


 「……とまらない……えっ、とまれ……とまれ……っ!」


 めちゃくちゃに操作盤をたたくボナ。が、<黄金王>は、反応しない。みずからの意思でそうするように、ひときわ大きな咆哮をあげた。


 その様子を崖の上から見ているのは、リンドルとリティ・リティ。


 「……まずい。まずいぞ」


 リンドルは頭の左右の金髪のとぐろを揺らし、髭をぴんとひっぱりながら、目を見開いている。


 「あれは……<浄化の歌>……なんてことだ、大地ごと焼き尽くすつもりか」


 リティ・リティは、リンドルの背中を、蹴った。つんのめるリンドル。崖から転落しそうになり、あわあわと戻ってくる。


 「とめてよ! はやく!」


 リティ・リティが叫ぶが、リンドルも叫び返す。


 「ああなったら止まらん! 逃げるぞ! おまえも乗せてやる、飛翔機に乗れ!」


 リティ・リティの腕を掴まんばかりにするが、緑の髪を閃かせて、彼女は後ろのほうへ走り出した。


 「おいっ、どこへいく!」


 「かみさま、さがさないと……!」


 リティ・リティは、先ほど森の奥へ走って行ったダイゴを追いかけるつもりだった。


 と、そのとき。


 ず、ず、ずずずずずず……。


 地鳴り。だが、熱風をともなっていた。


 黄金の巨像の両腕から、すさまじい炎が吹き出している。


 膨大な熱が、ふたりが立つ崖の周囲を覆う。木々が焼け、倒れる。滝が瞬時に蒸発し、岩に亀裂がはいり、崩壊した。


 崖が崩れる。


 転がり、ずり落ちるふたり。


 リティ・リティは、飛翔の歌をうたおうとした。が、熱風を吸い込み、声がでない。目をみひらき、喉をおさえる。ひゅう、という小さな音しかでない。


 リンドルが横を滑り落ちていき、姿がみえなくなった。


 彼女の横にあった巨大な岩が熱により破砕し、頭よりもおおきな破片が無数に降りかかってきた。


 リティ・リティはぎゅっと目をつぶり、白い森のなかまたちへの別れのうたを、こころのなかだけで歌った。


 岩が、彼女をおしつぶそうとした、その瞬間。


 「……とおくできこえる、きみのこえ……いのりのなかで、よんでいる……ぼくも、こたえる、めをつぶり、このうたで、このことばで……」


 炎から生じる爆音がかき消される。


 かわって、凄まじい轟音。水の音。


 崩れた滝のあたりから、濁流が押し寄せてきた。崖を下り、流れ込む。


 水はあたりの炎を瞬時に消し去った。折れた樹々を巻き込みながら、炎の中心にあった<黄金像>の足元にせまる。みるみる水嵩を増し、やがてその腰までの水流となって、巨体を押し流した。


 リティ・リティは、空気の珠に、つつまれている。


 ふわりと、水面に、浮いている。


 きょとんとした顔で周囲をみる。遠くでは、おなじように透明な珠に包まれたリンドルが、上下さかさまになってわたわたしているのが見えた。


 「……ぼくは、きみが、だいすきだ……!」


 声は、上空から聞こえた。


 リティ・リティは空をみあげ、ぽかんとした表情をつくり、やがて、ぽろぽろ涙をこぼしはじめた。


 「かみ……さま」


 ダイゴが、ひときわ強くひかる珠のなかで、両手を大きく広げて、歌っていた。その声は、周囲の轟音をこえて、いま水に沈むこの白い森の空ぜんたいを覆っていた。


 やがて、ダイゴはくちをつぐんだ。


 下を見る。リティ・リティと、目があう。


 自分の両手を見る。空をみあげる。左右をみる。と、奇跡が終了した。


 「わああああ!」


 上空から落下する、ダイゴ。


 リティ・リティは、珠をやぶり、飛んだ。


 「れいりお、しずすとら、ふれいあ!」


 中空で、リティ・リティの手が、ダイゴの腕をつかんだ。くるんと身体がまわり、ふたりは、抱き合うかたちになった。


 そのまま、くるくると、上空で静止したまま、たゆたっている。


 「……かみさま、ありがとう、ございます……」


 ダイゴの胸に顔を押し付け、リティ・リティは、震えている。その背に恐る恐る手を回して、ダイゴは、照れ笑いをつくった。


 「……ごめん。とっさに、あんな歌しか出なかった。僕の、初めてつくった曲。へへ、あんなのでも、いいんだね……」


 「……きもち、が、すべてです……うたは、きもちです……かみさま!」


 ぎゅう、っと、背に回した腕をしめつけ、リティ・リティは叫んだ。


 「だいすき! かみさま!」


 水の上、ぷかぷかと流れる、作動不能となった<黄金王>。


 その肩の上で、ジズとボナは並んで、呆然と、遠くのリティ・リティたちを眺めている。


 「……あれが、白い森の、墓守か……」


 ジズが呟くと、ボナは小さく抱えた膝に顔を埋め、ひときわ大きな嗚咽を漏らした。




 <第一部 完>

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リティ・リティの白い森 壱単位 @ichitan

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