とある魔法雑貨店の憂鬱

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購入者:ねこねこからのメッセージ

そちらで購入した商品が本物だったので、返品をお願いします。

お金は戻さなくていいです、お願いだから早く引き取ってください。


 こんなメッセージが送られてきたのは、一ヶ月前のことだった。


 ハンドメイド雑貨を作るのが趣味だった私は、友人に誘われて魔法をモチーフにした指輪やイヤリング、ネックレスなどのレジンアクセサリーを作っていた。最初は自分が満足するために作っていたけれど、最近はハンドメイド雑貨がよく売れるのだと聞いて、お小遣い稼ぎになればいいなくらいの軽い気持ちでマーケットサイト上に『魔法雑貨店 ウェントゥス・レーニス』名義で出店することにした。誰かの心に幸せのそよ風が吹きますようにという意味を込めて。


 当初は大して売れなかったけれど、地道に商品を増やしていくと買ってくれる人も徐々に増えていった。特に人気が出たのが魔女が薬を作る秘密の部屋をイメージしたペンダントシリーズで、飾っておくだけでも部屋が魔法にかかったみたいに煌めいているとコメントを貰ったときには嬉しかった。私も熱が入ってきて、ひたすら作品作りに熱中して気づけば朝を迎えていたこともあった。


 じわじわ知名度が上がってきて、魔法雑貨で検索すると『ウェントゥス・レーニス』が一番上に出てきた時の喜びと言ったら、言葉では表しようがない。メディアのインタビューまで受けて絶好調だったのだ。本当に。


 このメッセージを送ってきた人は、私が心血注いで作った最新作のしずく型ペンダント【魔女の瞳】を買っていた。人の心を見透かし、心の底に秘めたる願いを叶える力を持った魔女の美しい瞳が宝石になったものを想像しながら、深い青から淡い緑色へ変わっていくグラデーションに力を入れた渾身の一作だ。写真も自分で見ていて思わずため息が出るほど綺麗で、これは絶対に売れるぞと確信を持っていた。結構高めの値段をつけたけれど、ものの数分で買い手が付いて画面の前でよっしゃあ! と叫んでいたくらいだ。


 私は最初、変なイタズラだと思ってまともに対応しなかった。普通に考えてレジンアクセサリーが本物のはずがあるわけない。魔法雑貨店の看板は出しているけれど、あくまでそういうイメージだということはショップページのトップにも書いてある。もし本物だとしたら、私は今まで人魚の惚れ薬や、解毒不可能な毒薬、夜空を駆ける流れ星や心臓に咲く薔薇を売っていたことになる。あと、ドラゴンの涙も。


 メッセージは次の日も、さらに次の日も送られてきた。相手は返事を急かしてきて、引き取ってくれなかったらショップの評価を最低にするとか、SNSで悪質な出品者だと拡散すると書いてあったものだから、私は渋々返品に応じだ。そうして翌日の夜【魔女の瞳】はろくな梱包もされずに私の手元へ戻ってきた。


 頑張って作った作品がこんな形で戻ってくるなんて、悔しくて涙が出た。そのまま手元に置いておこうかと思ったけれど、ここでは終われないと燃える私は次こそは大事にしてくれる人の元へ届きますようにと願いを込めて、もう一度ショップに出品した。またすぐに買い手がついた。


 しかし、数日後同じようなメッセージが来たのだった。


購入者:maikyoからのメッセージ

こちらで買った商品を返品させてくださいお願いします!

確かに願いを叶えてはくれるけど、こんな叶え方はひどすぎます!


 【魔女の瞳】はまたしても、私のところへ戻ってきた。その後も三回ほど出品してみたけれど、結果は決まって同じ。願い事が叶うが、どうにも良い叶い方ではないらしい。何が起きているのか購入者に詳しく教えて欲しいと頼んでみたけれど、返事が無いままブロックされてしまった。幸いなことに他の商品でそういったことは起きていなかったが、悪評が広まるのは早いもので『ウェントゥス・レーニス』は呪いのペンダントを出品していると噂になってしまった。


 売上はあっという間に落ちて、新作を出しても誰も買わなくなってしまった。途方に暮れていた私は、魔法雑貨作りに誘ってくれた友人に相談をした。彼女は私の話を真剣に聞いてくれて、いい人を知っているから紹介してくれると言ったのだ。それが三日前のこと。今日は友人に付き添われて最寄り駅のカフェに来ていた。悶々とした気持ちがカップの中で渦巻くミルクのよう。早く解決したい。


「どうもこんにちは。歪んだ願いの叶え方をするペンダントを作ったっていうのは、アナタね?」


 ふくよかでにこりと微笑む頭から爪先まで真っ黒な婦人が席にやってきた。不思議ないい香りがする。友人が言うには、彼女は本物の魔女だという。どこで出会ったのかとか突っ込みたいところは諸々あるけれど、私は事情を説明して【魔女の瞳】をテーブルに置いた。


「あらあら、これは……」


 それまでゆったりと余裕のある表情をしていたが、ペンダントを見るなり魔女さんは厳しい目つきになった。直接触って、なるほどなるほどと頷いている。


「アナタね、これ作るのに心を込めすぎちゃったのよ。これ自身が勘違いしちゃってるの、自分は願いを叶える宝石だって思い込んじゃってるのよ。でも、実際はそうじゃない。石でもないただのレジンの塊。だから上手くいかなくて、酷い結果になるのよ」


 そうだったのかと、私は妙に素直に納得した。確かにこれは私の自信作で、手間隙かけたし、材料だって持っている中で特別いいやつを使った。そこまでやったのだから誰かに愛して欲しかった、認めて欲しかった。私はすごいものが作れるんだぞって、世間に知らしめてやりたかった。


「あの、その、購入者からはどうなったのか話を聞けなかったんですけど、願いが叶うとどうなっちゃうんですか?」


「そうねぇ……。あんまり言いたくないんだけど……」


 魔女さんはふうと大きなため息をついて、言葉を続ける。


「わかりやすく例えるなら、金持ちになりたいって願ったら本当に大金が手に入るのよ。でも、それは難病に苦しむ子供を持った母親が苦労に苦労を重ねて、闇金に手を染めてまでかき集めた手術費だった。ってところかしら」 


 私は絶句した。長い沈黙が続いた後、ようやく震える手でコーヒーを一口飲んだ。魔女さんが言葉を選んだ例え話でこれなのだ、購入者にはもっと残酷な現実が降り掛かってしまったのだろう。


「……作ってしまった私の責任です。どうすればいいですか」


「これは中途半端に命が宿った生き物みたいなもんだからね、命を抜いてやればいいのよ。まずは塩と水を用意して、それからホワイトセージを焚いて部屋を清めることね。部屋が整ったら、コレ使ってね」


 魔女さんは小袋に入ったホワイトセージと、鈍く銀色に光る小さなナイフをくれた。心の中で壊れろと念じながら突き刺せばいいとのことだった。私と友人は何度もお礼を言って頭を下げ、私は部屋に帰って早速言われたとおりに部屋をセッティングした。ホワイトセージはライターでちょっと炙れば煙が立つので、部屋中にバサバサと振りまいた。


 すると【魔女の瞳】から黒い煙が立ち上ってきた。姿が定まらない不安定な煙は、私の方をじっと見つめているような気がする。ポツポツと切れ切れの言葉が聞こえてくる。絶対に話をしてはいけないと帰り際に魔女さん言われていたので、口をぎゅっと閉めてホワイトセージの煙を当てていると、煙は「なりたい、なりたい」と喋り始めた。私はもう怖くて怖くて、部屋から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


 けれど、ドアを開けたらこいつは逃げ出してしまう。私はナイフを握って心の中で壊れろ壊れろと念じる。黒い煙は「いやだいやだ、うまれたいうまれたい」とペンダントに近づこうとする私の前に立ちはだかる。


 そうか、うまれたかったのか。ごめんね、本物の宝石にしてあげられなくて。重い運命を背負わせてしまって。君なりに一生懸命だったんだよね。願いを叶えてあげたかったんだよね。私と一緒だ、誰かに愛して欲しかったんだよね。


 壊れろとありがとうを心の中で強く想いながらナイフを突き刺すと、硬化しているはずのレジンはパキンと軽い音と共に真っ二つに割れた。黒い煙はさあっと霧散して、ほっとしたのか悲しくなったのか、私はその場にへたり込むと涙が溢れて止まらなかった。


 それから私は魔法雑貨作りを止めた。とはいっても趣味は続けていきたいので、魔法じゃなくて花をかたどったものとか、モチーフを持たない単に色やパーツを組み合わせただけのものにした。熱中しすぎるのもよくないので、作る時は音楽を聞きながらにするとか適度に作品と距離を取ることも覚えた。


 休止していたネットショップの方も気取らない『気ままなレジンアクセのお店』と名前を変えて再出発した。これで万事解決、後で友人と魔女さんにはお礼を言っておかないと。昨日も一つ花をかたどった作品が売れていった。購入者からのメッセージが来ている。


購入者:ミント星人からのメッセージ

購入した花のレジンアクセサリーが本物でした!

最初はいい匂いだと思っていたのですが、庭が!

今すぐ返品したいです!!!


 嘘でしょ。

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