第2話
私の住んでいた町には寺が一つある。
その寺は山ひとつが敷地であり、景観も良いと少ないながら観光客の姿もあるような、そんな寺。
その山、行くのならば午前中が良い。午後になると何とはなしに雰囲気が変わる……というのはこの町に住む”そういうもの”を感じる者たちの談だけれど、時間の限られた観光客には関係のない話だろう。
閑話休題。
私はその日、その寺の山を散歩していた。
その頃、観光客の増加を狙い遊歩道が整備されたのだ。その前までは鬱蒼と木が生い茂り、道といえば歩きにくい山道で、怪しげな噂にもさもありなんと頷けるような山だった。
歩きやすく平らに均され砂利が敷かれた道を、さくさくと音をたてて歩く。
整備の過程である程度木も伐採されたのか、気持ちの良い木漏れ日が差すさわやかな森林になっていた。私は前々からその山を遊び場にしていたため、整備された程度で迷うことはない。そもそも一時間もあればぐるりとみて回れるような小さな山なのだ。
鼻歌交じりで進むこと、少し。
それは突然現れた。
穴だ。
真っ黒な、穴。
山の斜面に唐突にあるそれは、見上げるほどの大口を開いてそこにある。
足が止まる。
動けない。動きたくない。
だって、知らない。あんなもの、しらない。
あるはずがないのだ、あんなもの。遊歩道が整備される前からここで遊んでいた私が知らないあんな穴など。
あんな、不自然に真っ黒で、木漏れ日の光も少しも入らない、まるで黒いか身を丸く切ってぺたりとそこに張り付けたような、
じゃり、と足元から音がした。
知らぬ内に後ずさっている足は震えている。冷や汗が吹き出る。呼吸が浅くなる。
あれは、あの黒は ―――――― 死だ。
人間になど太刀打ちできるはずもない死そのものがそこで口をあけていた。
私はじりじりと後ずさり、ある程度の距離まで下がりそして、バッと振り返り走り出す。
走って走って、遊歩道を抜けて観音様の前を通りすぎ、寺の本堂の前まで辿り着いてやっと足を止めた。
バクバクと心臓が音を立てている。
そこにある観光客の姿、生きている人の気配に安堵して腰が抜けそうになる。
その後も山に行く事はあったが、あの黒い穴を再び見る事はなかった。
むかしあったこと 野々宮友祐 @i4tel8
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