むかしあったこと
野々宮友祐
第1話
冬のことだった。
十九時過ぎくらいだったと思う。真夏の頃ならばまだ明るい時間だけれど、冬のその頃といえば辺りはもう真っ暗で、コンビニにも車で行かなければならないような田舎となればなおさら。
暖かい居間。父と一緒にバラエティ番組を見ていた時、玄関のチャイムが鳴った。
はて、誰だろう。
父が玄関に向かう。開けっぱなしにされた引き戸に眉根を寄せて、冷たい空気を遮断しようと手をかける。
話し声が聞こえた。
「うちのおばあちゃんがいなくなってしまって」
「えっ、そりゃ大変だ。すぐ行きます」
「すみません、助かります」
訪ねてきていたのは、はす向かいにこの間引っ越してきた家のお兄さんだった。
ばたばたと上着を羽織る父に、漏れ聞いた話の詳細を聞く。
「おばあちゃ、どっか行っちゃったけ?」
「うん、ちょっとボケてるだって。だもんで、この辺の衆らとちょっと探してくるで」
「私も行く」
テレビをつけっぱなしにして、私も上着を羽織った。
結果。おばあちゃんはすぐに見つかった。
その家の車の中に座っていたらしい。
「いやぁ、よかったよかった」
「すみません、お騒がせして……」
「いいよぉ、見つかったでよかったよ」
ご近所、といってもそもそも周辺に家が少ないため集まったのは五人くらい。みんなほっとひと安心で、そのお兄さんの家の前に集まった。
こんな冬の寒い時期、痴呆のすすんだ老人が行方不明。水路や崖に落ちてしまっていたら大事だ。とにかく無事なら何よりと、田舎で起こった小さな事件はこうして幕を閉じた。
「本当にありがとうございました」
お兄さんが頭を下げる。
(あれ……?)
違和感。
(まっくろ)
真っ黒だった。
下げた頭を上げたお兄さんの全身が、黒く染め上げられていた。
顔が見えない。服が見えない。髪が、肌が、帽子が。何もかもが、黒。
夜だから?
いや、違う。だって街灯がすぐそこにある。
逆光?
それも違う。だって街灯は私の斜め後ろ、つまりお兄さんを斜め前から照らしている。
「お互い様だで」
「じゃあ、おやすみなさい」
大人たちは何も言わない。皆おやすみと挨拶をして、普通に帰っていくばかり。
「行くに」
「あ……うん」
父に声をかけられ、私も家に入る。ちらりと振り返って見たそこには、すでに家に入ったのだろう。お兄さんはいなかった。
一ヶ月経ったあたりだろうか。
学校から帰宅した私に、夕飯を作っていた母が言ったのは。
「今日ちょっとお通夜行ってくるでね」
「誰の?」
「向かいの、一番上のお兄ちゃん」
「……え」
それは、あのときの。
「なんかね、道が凍ってて車がスリップして事故しちゃっただって。怖いねえ」
「……うん」
思い出すのは、黒。
全身が真っ黒で、なにも見えなくなった、あの姿。
お兄さんの顔は、もう思い出せない。
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