第一章 Ms.ライトの幻灯館 其の二、

 第一章 Ms.ライトの幻灯館マジック・ランタン・ミュージアム


 其の二、


 ウィリアムは『簡易宿泊所ドス・ハウス』の蝋燭が灯る大部屋で、二十台ばかり並んだベッドの一つに寝ていた。


 メアリーから交霊会の助手として働いた分の賃金をもらい、久しぶりに『簡易宿泊所』に泊まっていた。


『簡易宿泊所』は貧民街によくある安宿で、格安故に、壁にシミがついているような、それ相応の部屋しかなかったが、今晩の『簡易宿泊所』は大部屋に一人用のベッドが備えられ、上等な部類だと言えた。


 ひどいところになると、狭い地下室で二十人近い人数が雑魚寝する事になる——とは言え、枕は丸太のように硬く、木綿の掛け布団は湿っていて気持ち悪かったし、シーツも最後に交換したのはいつなのか気になるぐらい、饐えた匂いがした。


 ウィリアムの右側のベッドに寝ていた中年男は、病気持ちなのか、咳が止まらなかったし、中年男の右隣に寝ている老人は、小便をする時に小便壷に当てる事ができず、アンモニアの匂いを撒き散らしていた。


 左側の寝台には若い男が寝ていたが、中年男の止まらない咳や老人の小便の臭いが気に食わないのか、イライラしている様子で寝返りを繰り返していた。


 ウィリアムは誰が何をしているのか薄暗くてあまりよく判らなかったし、興味もなかったが、ここが騒がしくて不潔なのは身に染みていた。


 とは言っても、『浮浪者臨時収容所』のように長蛇の列に並ぶ必要はなかったし、横になってゆっくり寝られるのだから、普段よりはマシだった。


 かと言って、いつまでもこんな生活を続ける気にはなれなかったが……。


 メアリーは、『霊媒はそんじょそこらの人間とは違う』と、『選ばれし者なんだから』、と言った。

 将来、『クラブ』のメンバーになり、お金持ちの男と結婚して幸せに暮らすとも言っていたが、ウィリアムは疑問を感じていた。


 ——本当に、霊媒はそんじょそこらの人間とは違うのか? 選ばれし者なのか?


 だとすれば、どうする?


 ——噂の『クラブ』のメンバーになるべきなのか?


 それが幸せな事なのか?


 ——判らない。


 メアリーは、霊媒を名乗り、交霊会を催しているが、その実、やっている事は、奇術師と変わらない。


 そうする事で『クラブ』の推薦者の目に留まろうという考えなのだろうが、いい方法だとは思えない。


 例え奇術を使って有名になり『クラブ』の目に留まったとしても、いつか化けの皮が剥がれるのではないか。


 いや、それ以前に、『クラブ』の推薦者のお眼鏡には叶わないかも知れない。


 ならば、どうする?


 ——大体、『クラブ』のメンバーになるのは、本当に俺がやりたい事なのか?


 朝を迎え、『簡易宿泊所』を出た後もずっと考えていた。


 ——俺はいったい、何がしたいんだ? どうすればいい?


 ウィリアムは、自分の将来に答えを出せずにいた。


 霊媒とは何か?


 霊能力をどう使えばいいのか?


 ダニエル・ダングラス・ホームに憧れているとは言え、自分の霊能力など微々たるものだから、彼と同じ事などできない。


 その辺によくいる、自称、霊媒のように詐欺師の真似をして、お金を稼ぐ気にもなれなかった。


 考えてみれば、『クラブ』の噂もかなり胡散臭い。


『クラブ』の主宰者はどこの誰なのか判らない、クラブ・ハウスもどこにあるのか判らない——そんなものをあてにしていいのか。


「…………」


 ウィリアムは考え事をしながらベーカー街を歩いていたら、以前まで、マダム・タッソーの蝋人形館が門を構えていた場所で、とある看板が目につき、ふと足を止めた。


『Ms.ライトの幻灯館マジック・ランタン・ミュージアム


 マダム・タッソーの蝋人形館はいつの間にか移転したらしく、代わりに建っていたのは、厳かな雰囲気に包まれた、『Ms.ライトの幻灯館』なる、教会のような建物だった。


『幻灯館』の辺りには〈鬼火〉が漂っている為に本当に幽霊屋敷のよう——『幻灯』、というからには、『幻灯機』を使った出し物、『幽霊ファンタスマゴリアショー』をするのだろう。


『幽霊ショー』は、薄暗い部屋で幻灯機を使い、薄い布や煙に幽霊を映し出す出し物の事である。


 ウィリアムは吸い寄せられるように、入口脇に設けられた受付に向かった。


 交霊会の助手をやっているおかげで懐には余裕がある、たまにはこういうのも気分転換になっていいかも知れない。


「いらっしゃいませ。お客様は一名様ですか?」


 受付でもぎりをしていたのは、歳の頃なら二十代前半ぐらい、透き通ったように綺麗な目をした女性だった。


「入場券は当日券のみです。お一人様、一シリングとなっております」


 女性はにこやかに言った。


「混んでますか?」


 代金を支払って何とはなしに聞いた。


「今日はお客様の貸し切りかも知れません。午後の部の開場は十五時から、開演は十六時からとなっています。ちょうどお時間ですから、どうぞご利用下さい」


 愛想のいい微笑みに見送られて傍らにある分厚い木製の扉から幻灯館の中に足を踏み入れると、感心したように辺りを見回した。


 石造りの広間の壁には燭台が備え付けられ、蝋燭の炎が等間隔で揺らめき、どこかから聞こえてくるグラス・ハーモニカの不可思議で恐ろしげな音色が、一層、不気味な雰囲気を醸し出していた。


 ウィリアムは広間の奥でぽっかりと口を開けていた地下に続く階段を、緊張した面持ちでゆっくりと下りていく。


 階段を下りた先、鉄製の重々しい扉を背にして待っていたのは、従業員用の隠し通路でもあるのか、受付でもぎりをしていた、あの女性だった。


「今宵はようこそ、幻灯館にいらっしゃいました! 私は当館の館長を務めております、フランシス・ライトと申します」


 深々と一礼した彼女の傍らには、火がついていない篝火の台が置かれていた。


「これから私が、幻灯館の目眩く世界をご案内させて頂きます! 本来なら霊媒しか見る事ができない、心霊の世界を存分にお楽しみ下さい!」


 彼女が篝火に火を点けると、誰も手をかけていないのに鉄の扉が開いていく。


 鉄の扉の向こうに待っていたのは、祭壇こそなかったが、礼拝堂のように会衆席が並んだ地下室だった。


「さて、お立ち会い! お客様にはベーカー街にいながらにして、ロンドン塔の幽霊の目撃者になって頂きます!」


 ウィリアムはライトに案内されるままに地下室に入っていったが、天井には小型のランプが一個下がっているだけで足元も覚束なかった。


「どうぞお好きな席にお座り下さい」


 ウィリアムが席に着いたところで彼女は厚手の布でランプを囲って明かりを落とし、奥にある映写室に行き、透明で薄い映写幕を下ろす。


 ライトが映写室で幻灯機を操作し、いよいよ、『幽霊ショー』が始まる。


 ふいに映し出されたのは、骸骨の顔をした幽霊が暗闇でぼんやりと光り、縦横無尽に飛び回る光景だ。


「!?」


 ウィリアムは初めて、『幽霊ショー』を観たものだから、驚きのあまり、声にならない悲鳴を上げた。


「ロンドン塔は血塗られた歴史を持つ建物です」


 ライトの声が映写室から朗々と聞こえ骸骨の幽霊が闇の向こうに消えた後、今度は渡鴉が化鳥のように飛び交う、ロンドン塔が不気味に姿を現した。


「ロンドン塔は、ウィリアム一世が外敵からロンドンを守る為に一〇七八年に建設を命じ、テムズ川の岸辺に約二十年かけて完成しました。一二八二年からは監獄として使用され、政治犯を幽閉し、反逆者の処刑が行われ、いつからか幽霊が目撃されるようになったのです」


 ライトはロンドン塔の映像に合わせて歴史の経緯を簡単に説明した。


「ヘンリー八世の妻、アン・ブーリンは、不義密通と反逆罪を問われて処刑されましたが、彼女は今もまだ、幽霊として、真夜中のロンドン塔を歩き回っていると言います」


 ライトの台詞とともに、ロンドン塔の夜を彷徨い歩いている、王妃、アン・ブーリンの姿が映る。


「エドワード五世とヨーク公リチャードはそれぞれ十二歳と十歳という若さで、叔父であるリチャード三世に暗殺されました」


 次いで、幼くして殺害された二人の少年、エドワード五世とヨーク公リチャードの姿が暗闇に浮かぶ。


「彼らも死して尚、仲よく手を繋いで、ロンドン塔を散歩していると言います」


 二人の少年が何の前触れもなく姿を消し、次に映写幕に映ったのは、眩いばかりに美しい少女だった。


「僅かに九日という短い期間でしたが、十六歳で女王の座に就いたジェーン・グレイは大逆罪でロンドン塔に幽閉され、夫のギルフォードとともに処刑されました」


 映写幕に映る眩いばかりに美しい少女は、『九日間の女王』と言われる、ジェーン・グレイ、その人だった。


「ジェーン・グレイもまた、幽霊となってロンドン塔を彷徨っています」


 ライトはロンドン塔に纏わる王室の幽霊を、本人や関連する映像とともに紹介した。


「ここまでご覧頂いたお客様にはもうお判りの事だと思いますが、幽霊はこの世に残した恨み辛み憎しみ、怨念から生まれるものです。そして、幽霊は、ただ虚しく、永遠に彷徨うばかりの、寂しい存在」


 ライトは残念そうに言った。


「では、そうならない為にはどうすればいいのでしょうか。答えは、簡単。幽霊となる原因がこの世に怨念を残す事なら、悔いのないように生きればいいのです。願わくは、お客様にとって今日ご覧頂いた『幽霊ショー』が、悔いのないように生きるきっかけとなりますように。今宵はお付き合い頂き、大変ありがとうございました。以上で、本日の幻灯館の演目は全て終了にございます」


 ライトは決まり文句らしい台詞で締め括ると、映写室から出てきて、一礼した。


 いつもならお客は、締めの口上など気にする事なく帰るのだろうが、今晩ただ一人のお客、ウィリアムは違った。


「お帰りの際は階段の段差にお気をつけ下さい」


 ライトは閉館の準備に取り掛かろうとしたが、ウィリアムは何か言いたげな顔をして動こうとしない。


「……ちょっと待って。悔いのないように生きるって、実際、どうしろって?」


 ウィリアムは家出をしてからというもの悩みに悩んでいたせいか、詰め寄るように質問した。


 自分の霊能力を、ホームに憧れる気持ちを、親にも周囲の人間にも認めてもらえず、霊能力をどうやって使えばいいのかも判らず、今日、生きていくだけで精一杯。

 

 毎晩、ロンドン中を歩き回っても、まともに眠る場所もなく、昼間は、道端に落ちた人様の食べ残しを探し回るような日々。


 ようやく交霊会の助手という働き口を見つけた今でさえ先行きが判らず、幽霊のように彷徨っている。


 これでどうやって、悔いのないように生きろというのか?


「恨み辛み憎しみに囚われなければ大丈夫ですよ」


 ライトはまるで何でもない事のように、ニコニコと笑って言った。


「は?」


 ウィリアムは絶句した。


「幽霊になるような恨み辛み憎しみに囚われなければ大丈夫です」


 ライトは笑顔で言った。


「何だって?」


「どんなに辛い時も、誰かや何かに感謝して、慈しむ心を忘れずに、みんなと楽しく過ごしましょう」


 ライトはウィリアムが苛立っているのとは対照的に、満面に笑みを浮かべていた。


「それができれば苦労しないし、言うのは簡単だろうよ。何ヶ月もろくに飯も食えず、病気になっても医者にかかれず、野垂れ死にするしかないような人生で、どうしろって言うんだよ!?」


 ウィリアムは食ってかかった。


「当館では、通常の『幽霊ショー』の他にも、お客様のような方の為に、特別ショーをご用意しております。特別ショーをご覧になりますか?」


 ライトは狼狽える事なく、営業を始めた。


「何を言い出すのかと思えば、また見物代をふんだくろうって気か!?」


 ウィリアムはこの期に及んでまだ商売をしようとするライトに呆れた。


「当館ではお客様のように自分やこの世界に希望が持てない方の為に、特別ショーを無料でご用意しております。特別ショーをご覧頂ければ、特に霊能力を持て余している霊媒の方には、ショーを通して、その力がどんなものなのか、どんな風に扱えば危険がないのかといった事も、お判り頂けるはずです」


 ライトはこともなげに言った。


「あんたは?」


 ウィリアムは、今日、出会ったばかりのライトに、自分の境遇や胸中を見透かされたような気がして、戸惑いを覚えた。


「さあさ、寄ってらっしゃい! 観てらっしゃい! ここは『Ms.ライトの幻灯館』! 今宵は余所では観られない、特別ショーをご覧頂きましょう! 今から始まりますのは、身も心も凍るような死の恐怖を感じさせる、『幽霊ショー』!?」


 ライトは困惑しているウィリアムに構わず、特別ショーの口上を始めた。


「いえいえ! 今からお客様にご覧頂きますのは、人間が夢見る事の素晴らしさを感じてもらい、この世には生きる希望があるという事を信じて頂く為の特別ショー! 昔懐かしい、『子ども部屋ナーサリー・ボギーのボギー』にございます!」


『子ども部屋のボギー』は、親が子どもを躾ける時に話して聞かせるお話の中に登場する、妖精達の事だった。


「ショーを披露するのはこの私、幻灯館の館長である、フランシス・ライト! それでは、私の正体は、『霊媒ミディアム』? 『超能力者サイキック』? それとも、詐欺師? ご安心下さい! 私はお客様に〝娯楽〟という名の〝夢と希望〟を提供する、エンターテイナーです!」


 ライトは大袈裟な身振り手振りで、今晩、唯一のお客様、ウィリアムの事を煽った。


「エンターテイナー・ライトの『子ども部屋のボギー』! 始まり、始まり!」


 面食らっているウィリアムを意に介さず、深々と一礼した。


「何が『子ども部屋のボギー』だ! 莫迦にしやがって!」


 ウィリアムは腸が煮え繰り返るような思いがして、踵を返した。


 あの女は特別ショーだの何だのと言って、見物料をふんだくる気なのだろう。


「今、ここで帰れば、〈邪視をイーヴル・アイつ者〉になってしまうかも知れませんよ」


 ライトがにこやかにそう言った直後、


「何だ、こりゃあ!?」


 ウィリアムは階段に向かって歩いていた途中、驚いたように立ち止まり、悲鳴を上げるように言った。


「『ゴギーオウド・ゴギーさん』に、『グーズベリー女房グーズベリー・ワイフ』です!」


 ライトは胸を張って言ったが、ウィリアムの行く手を遮っていたのは、なんと、仔牛ほども大きさがある、二匹の毛虫だった。


『ゴギー婆さん』も、『グーズベリー女房』も、親が子どもを躾ける時に話すお話の中に出てくる、『子ども部屋のボギー』だった。


 どちらも果樹園に住む巨大な毛虫で、子どもが熟していない果実を食べないように守っているという。


「お、俺の体に何かしたのか!?」


 ウィリアムは切羽詰まった様子で聞いた。


 ——俺は何か変な薬でも使われて、幻覚を見ているのか!?


「あらあら、牛乳をチャーン・ミルク・ペグぜるペグ』の煙で、金縛りにでも遭ってもらった方がお好みだったかしら?」


 ライトは涼しい顔をしていた。


『牛乳を混ぜるペグ』は、農民のような衣服を身に纏った女性の妖精で、小さなパイプを咥えて、煙草を吸っているという。


 やはり、『ゴギー婆さん』や『グーズベリー女房』のように森の番人を務め、許可なく森に入って来る者の胃や筋肉を痙攣させたり、お腹にガスを溜めて腹痛を起こして、足止めをする。


「わ、判ったぞ、あんたも俺と同じ、霊媒なんだな!? 霊媒の力で、地獄からこんな化け物を呼び出したのか!?」


 ウィリアムははっとした。


 だとしたら、目の前にいるこの怪しげな女は、かつて〝霊媒の王者〟と言われたホーム以上の霊媒という事になるが、果たして?


 だが、霊媒の他にこんな芸当ができる者など存在するはずがない。


「確かに私は霊媒ですが、ただの霊媒じゃありませんよ。〈第二のセカンド・サイトを持つ者〉です。彼らは〈第二の目〉を使って、私が具現化したものです。地獄から呼び出した化け物でもなければ、〈邪視を持つ者〉のように、〈残留思念〉を利用した心霊現象でもありません」


「〈第二の目〉? 〈邪視〉!? さっきから何を言ってるんだ!? こいつらは、あんたは、いったい、何者なんだ!?」


 ウィリアムは怒り心頭で疑問をぶつけた。


「私の事をお話する前に、確かめておきたい事があります。お客様は、霊媒はどんな人間の事だと思っていますか?」


 ライトは変わらず微笑んでいた。


「普通の人間には見えない、幽霊の姿が見えたり、幽霊と話をする事ができる者の事じゃないのかよ?」


 渋々、答えた。


「霊媒は、霊と人を仲介する者の事です。その意味で言えば、〈第二の目を持つ者〉も霊媒ですから、霊と人を仲介できます。けれど、〝霊媒の王者〟と言われたダニエル・ダングラス・ホームは、念動力を使ったり、空中浮遊する事もできた」


 ライトは数年前に亡くなったホームについて話し始めた。


「ホームは念動力を使ったり空中浮遊をする時、幽霊の力を借りていたのでしょうか? 幽霊はこの世に恨み辛み憎しみを残した、〈残留思念〉です。それが、霊媒だからと言って、力を貸してくれるものでしょうか? 生きている人間だって誰とでも貸し借りする訳じゃないのに?」


「そ、それは……」


「そう、答えは、否です。単純に考えて、幽霊に霊媒に力を貸す理由などどこにもないではありませんか?」


 ウィリアムは言われてみれば確かにと思った。


 霊媒に力を貸して、彼彼女の代わりに何かものを動かしたり、空中に浮遊させてあげる事によって、幽霊に何の得があると言うのか?


「霊媒は、基本的には『霊視』で幽霊を見る事ができたり、『口寄せ』や『自動筆記』で幽霊の想いを代弁するだけです。そもそも、一般に霊と呼ばれているものは、肉体を失った魂だと考えられていますが、そこからして、私は間違いだと思っています。繰り返しますが、霊は、〈残留思念〉に過ぎません。本人ではなく、本人の一部分という事です」


「〈残留思念〉っていうのは、何なんだ?」


「本人がこの世に残した、何らかの想い、思念です。霊媒は、〈残留思念〉を見たり感じ取ったりして、それを言葉にする事ができますが、おそらく、ホームの念動力や空中浮遊は、〈残留思念〉とは関係がありません。なぜならホームは、〈第二の目を持つ者〉だからです」


「〈第二の目〉っていうのは——いや、もういい! 質の悪い悪戯はやめろ! それとも、新手の詐欺か!?」


 ウィリアムは危うく真に受けそうになったが、メアリーの顔が脳裏を過って踏み止まった。


 こんなもの、インチキに決まっている。


「〈第二の目を持つ者〉は霊媒としての能力も持っていますが、それだけではありません。霊媒と同じように死者の残した思念を感じ取る事ができるだけでなく、自分の思念を、ある程度、具現化する事ができるのです」


 ライトはウィリアムの文句など気にする事なく、説明を続けた。


 ——自分の思念を、ある程度、具現化する事ができる?


「簡単に言えば、自分が想像した事を現実のものにする事ができる——だから、ホームは空中浮遊したいと思えば、本当にそうする事ができた」


 ウィリアムはライトの言っている事がどういう事なのかようやく判ってきたが、にわかには信じられない。


 彼女の言う通りなら、歴史上、『奇跡』と呼ばれた出来事も、当事者が〈第二の目〉の持ち主だったに違いない。


 だがしかし、本当にそんな事があり得るのだろうか?


「ですが、この力は決して、特別なものではありません。本来、誰でも持っているものなのです」


 ライトは疑惑の目を向けられても、落ち着いた様子で言った。


「なぜなら、生前、『霊視』や『口寄せ』ができなかった人も、死んだ時、恨み辛み憎しみを残して、幽霊になる事もある。だとしたら、生きている時も大なり小なり、想いを形にする力を持っているはずじゃありませんか?」


 ライトはまるで元気付けるように言った。


「…………」


 ウィリアムは突然、そんな事を言われても、返事のしようがなかった。


 ——私は人間は誰しも、自分の想いを形にする力を持っていると思います。


 ライトの言葉が幻聴のように響いた。


 ——だから、どんなに人生が辛く厳しくても、何事も諦めてはいけません。


 随分、簡単に言ってくれる。


 ——いつも自分の意志を持って、真っ直ぐ生きて行かなければ……そうすれば、必ず、想いは現実のものになるのですから。


「私はそれを一人でも多くの人に伝えたくて、『子ども部屋のボギー』を披露しているんですよ」


「……で、そんな御大層な〈第二の目の持ち主〉のあんたは、大きな毛虫を出して他人を驚かせるだけか?」


 ウィリアムはいくら目の前で二匹の巨大な毛虫を見せつけられても、頭からインチキと決めてかかっていた。


 ——この女の言う〈第二の目〉だの何だのも、メアリーの交霊会と同じ、インチキに違いない!


「時には人様に害をなす〈邪視を持つ者〉を見つけて懲らしめたり、捕まえたりする事もありますよ」


「よくもまあ次から次に、口から出まかせを!」


「さっき、霊媒は念動力や空中浮遊はできないと言いましたが、ホームがそうだったように、〈第二の目を持つ者〉や、〈邪視を持つ者〉は別です。〈第二の目を持つ者〉は自分の思念で、〈邪視を持つ者〉は他人を殺めて生み出した〈残留思念〉を利用して、心霊現象を意のままに操る事ができます。例えば私なら『子ども部屋のボギー』、〈邪視を持つ者〉なら鼠をはじめとした小動物を殺めて〈残留思念〉を憑依させれば、〈獣憑き〉となって超人的な身体能力を得る事ができます……貴方が〈邪視を持つ者〉にならない事を祈っていますわ」


「莫迦莫迦しい! 嘘に決まってる!」


「貴方が言うように、私もこの世は辛く厳しいと思います。この世界で自分の夢を現実のものにしたり、真っ当に生きる事は難しいでしょう。でも、だからと言って〈邪視を持つ者〉になれば、いずれはその報いを受けて、人ならざる者になる運命……私はどうにかして、それを防ぎたいの。さあ、その為にも、特別ショーの続きを楽しんで下さいな!」


 ライトが気を取り直すようにそう言った途端、『ゴギー婆さん』や『グーズベリー女房』の他にも、『牛乳を混ぜるペグ』や、子どもを怖がらせて大人しくさせる、熊のように大きな毛むくじゃらの怪物、『バグベア』、『バッグ』、『バカブー』、『ボグルブー』、鉄の歯で悪い子をバリバリと食べてしまう、『トム・ドッキン』が、突如として、周囲に出現した。


「うわあ!?」


 ウィリアムは何もないところから次々と化け物が現れたものだから、飛び上がるぐらい驚き、階段を駆け上がって、一目散に逃げ出した。


「あーあ、ショーはこれからだっていうのに、残念だわ」


 ライトはたった一人のお客すらいなくなった地下室で、『子ども部屋のボギー』に囲まれながらため息混じりに言った。

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