エピローグ そして夏休みへ――
滅びによって招かれた”黄金の災厄”を退けてから、早一ヶ月の月日が流れた。
いつしか暦は、朝顔の月―――地球の暦でいえば、7月に相当する。
黄金穂の丘陵では、僅かに気温は上がれど、気怠い夏は訪れない。しかし、夏季休暇だけは、他の地方と変わらず存在していた。
心身ともにリフレッシュして新たな学期を迎える為に、多くの生徒が故郷へと帰る季節だ。
1学期の最後の授業が終わった時、新入生達は大いにはしゃぎ、休暇先での過ごし方を語らいながら、教室を出ていく。
最前列の3人も、例外ではなかった。
二人を除いては。
「夏休み、ですわー!!!!!!」
両手を広げ、思いっきり休日を賛美するのは、金髪の自称天才令嬢であった。
「いつもに増して喧しいわね…」
「まぁ、夏休みだから…」
「二人とも、夏休みなんですのよ!? どうしてそんないつも通りの顔をしていますの!?」
「いや、だって…」
「いつも通りだし…」
二人に帰郷の予定はなかった。
帰ったとて迎えてくれる者のいない二人は、夏の間も、この学園にいるつもりなのだ。
他の殆どの生徒が夏季休暇で帰郷するというのなら、魔導書館で涼みながら魔導書を貪り読んでいても貸出待ちの生徒に怒られないし、いつもすし詰め状態の食堂も伸び伸びと利用できる。
エミカーシュに関しては、この隙に、約束していたマーレの部屋の片付けをしようとすら考えていた。
「と、いうか、その様子だと、リトは帝都に帰る予定なんだね」
「その通りですわ! って、あれ!? エミさんは帰りませんの!?」
「まぁ、うん…」
「マーレはどうしますの?」
「それ、天涯孤独の私に聞く?」
「な、なんてこと……」
口元を両手で抑えて、リーチヒルトは後ずさる。
「夏休みだというのに、学院に残る気なのでしょうか…!?」
「うん」
「他に何があるのよ」
「どうして…!!?」
ガバッ! と、リーチヒルトは二人の手を取った。
「どうしてそういうことを私に言ってくれませんの!? 私、私は、二人のことを掛け替えのない親友だと思っていますのよ!? 水臭いですわ!」
「私達が学院に居残ろうとアンタには関係ないでしょ。アンタは気にせず親御さんと過ごしてきなさいよ。いいトコのお嬢様なんだから、あっちのほうが快適でしょ」
「二人を差し置いて私だけバカンスを満喫することなんて出来ませんわ!」
「えぇ…?」
エミカーシュとマーレが困惑した表情で顔を見合わせる。
「じゃ、じゃあ、リトも学院に残る…?」
「それは絶対イヤですわ」
それについてはきっぱりと拒否を告げる侯爵令嬢。
「逆なのですわ」
「逆?」
「お二人とも、私と一緒に来てくださらない!?」
「はぁ?」
一緒に来て、とは―――
「帝都に?」
「アンタの屋敷に?」
「はい!」
リーチヒルトはにぃ~と、無防備に笑う。
それはそれは、とても楽しそうに。
対するエミカーシュとマーレは背筋に嫌な予感を感じていた。
(絶対に―――…)
(碌なことにならない―――!)
「さぁ、そうと決まれば出発致しましょう!」
「待って!? まだ行くとは言ってないよ!?」
「えぇ? でも、お二人とも、夏季休暇のご予定はないのでしょう?」
「予定がなくたって行くか行かないかの選択の権利はあるでしょ!」
「…………うっ…ぐす…」
途端、リーチヒルトは涙目になった。
「い、行きます!」
「はあ~~~~~…もう、くそ…。仕方ないわね…」
「やりましたわ~!」
涙目を浮かべた表情などなかったかのように、一瞬で笑顔に戻るリーチヒルト。
表情の変化が激しすぎて、顔を幾つも持っているのかと疑いたくなるほどだ。
「エミ、やっぱこいつ、最初から全部計算づくでやってるんじゃないかしら?」
「う、うーん…どうかな……どうなんだろう…」
時折、異常な聡りを見せるリーチヒルト。
彼女が天才かどうかはわからない。だけど、それだけは、特異な能力として、二人も認めていた。
それが、災厄に纏わる力であるのか、滅びに関わる力であるのかは分からない。
いずれ、この学院で魔を極め、知を得て、賢者となったとき、彼女は本物の天才令嬢になるのかもしれない。
わからない。今はまだ、何も。
未明の前途を見つめ、雛鳥達は、飛んでゆく。
まだ遠き、学びの旅路を。
「何をブツブツ言ってますの? さぁ、お二人共! 荷造りを急いでくださいませ! 明日早朝、帝都に向けて出発いたしますわよー!」
――――最後に、大切なことを一つだけ語らせてもらおう。
滅びに抗いし物語は続いていく。
こんな調子で過ごしながら、彼女達が学び舎より飛び立つその時まで。
終わりが来るのは、きっとまだ、ずっとずっと、先の話。
いつ、どこで、どんな滅びが訪れるのか、予言には何一つ示されてはいない故に。
天才令嬢である私をあまりにも雑に扱い過ぎでありませんこと!? ささがせ @sasagase
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