第ニ話 二人組を作れ? いいえ、私一人で十分でしてよ!
2時間に及ぶ魔法基礎理論の最初の講義を終えると、次時限は野外演習場での実技演習となっていた。
それは、生徒個人の実力を測る意味も込め、実用魔法の実践という形で行われる。
即ち、「とりあえずお前、魔法撃ってみろ」である。
世界が危機に瀕している今、仲良くノートを広げて座学から入るなどという悠長さはない、そう断じるのは、巨大双剣を背に預けた大男だった。
新入生たちは、魔法訓練に使用される野外演習場に集められ、待ち受けていた双剣の巨漢に圧倒されていた。
「君たちの実技演習の担当になりましたヴィクター・ノバラントです。ナハディ王国出身で、前職では王立騎士団で魔法戦士をしていました」
机にノートを広げてお勉強するタイプには見えない。完全に体育会系であろう筋肉ムキムキ魔法戦士のヴィクター先生は、ナハディ王国では名の知れ渡った魔法戦士で、彼が生徒たちに語る経歴には一部詐称があった。
彼は単なる魔法戦士ではなく、王立騎士団副長である。
その武勇伝を語るとすれば、それだけで一期分の授業内容になりかねないので、この場は省かせていただくが、一廉の人物なのである。
「とりあえず今日は皆さんの実力を見せて頂きたいと思います。早速ですが、二人組を作って下さい」
でた! いきなり二人組を作れとかいうやつ!
体育会系にありがちな強引な手法だ…!
「二人組を組んだら、1組ずつ、自身の使える最高の魔法を私に使用して頂きます。攻撃魔法でも構いませんし、相方に補助魔法をかけるという形で支援を行っても構いません。支援や援護も評価するための二人組です」
ジャキン、とヴィクター先生は巨大双剣を引き抜いて、構えた。
それだけで、場の空気がピリッと引き締まる。
「ご安心下さい。生半可な魔法で私は倒れませんので。私に二人組で魔法を撃ち、その戦術や威力を認めた者を合格とします」
なんと荒っぽい授業であろうか。
しかし、まだ右も左もわからない新入生達は、先生の指示をただただ受け入れるしかない。
「組み合わせに制限は設けません。一度合格したものが、再び未挑戦の者と組むことも許可します。正しその場合、裁定は厳しいものになりますが」
誰と組むべきか、最初の声掛けを牽制しあっていた生徒たちだったが、先程の授業で友好を築き始めていた仲良しグループを中心に、まばらにマッチングが成立し始める。
そんな中、空気を読まずに一人の生徒が大きく手を上げた。
「二人組を作れ? いいえ、私一人で十分でしてよ!」
「ほう」
ヴィクター先生はニヤリと笑う。
「相当な自信をお持ちなようだ。では、”天才令嬢”とやらの実力を見せていただきましょう」
「後悔しても遅くってよ! はぁー!」
リーチヒルトがほぼ不意打ちとも言えるタイミングで魔法を放つ。
彼女の身体から放たれた魔力は、周囲の小石を持ち上げ、それを矢のように飛ばした。
これが普通の魔物だったなら、そのまま攻撃が成功していただろう。しかし、相手は普通ではなかった。
二刀の剣が暴風のように吹き荒れた。
その剣圧や凄まじく、たったそれだけで、放たれた小石が散ってしまう。
「ふむ、この程度ですか」
「なっ…!?」
「少々拍子抜けでしたね。不合格です」
「ちょッ!?」
「次の組、どうぞ」
「ちょ、ちょっとお待ちになって! 今のが効いていないんですの!?」
「ええ、初歩の土属性攻撃魔法でしたし」
「初歩!?」
リーチヒルトが愕然としている。
その愕然としている彼女の横を抜け、別の生徒が前に出た。
「次、お願いします!」
「はい、どうぞ」
「行きます! フレイム・ボール!」
「―――…! フレイム・ボール!」
次の組は、二人合わせて炎の魔法を放ち、大きな火炎の玉を作り出した。
残念ながら、放たれた火炎の玉の弾速は遅く、ヴィクターは容易にそれを回避した。が、
「初級魔法とはいえ、即興で魔法の重ね打ちができるとは、恐れ入りました。文句なく合格です」
「やったー!」
「もっと合格は難しいかと思ったけど、よかったね!」
リーチヒルトの挑戦を皮切りに、次々に挑戦を始める生徒達。
そして、そのどの組も、リーチヒルトの放った魔法よりも高度な魔法を披露した。
「サンダーボルト!」
「アシッドレイン!」
「二人とも中級魔法を使いこなすとは、合格です」
「スペルブースト―――」
「マジックミサーイル!」
「補助魔法にて威力を上げる基本的な戦術ですが、必要十分な威力です。合格」
「グラス・フィールド…!」
「ブレイズミストォ!」
「なるほど、結界で場を作り変え、それを利用した炎上攻撃ですか。合格」
生徒たちは意外な程に魔法に精通しており、次々に合格していった。
貴族出身、あるいは商人出身で、魔法にこれまで深く触れたことのない―――もっと言えば、実力ではなくコネやお金で学院への入学を許された生徒たちばかりが、場に残り始める。
「ま、まずい―――まずいですわ…!」
さすがのリーチヒルトも焦り始めていた。一人で十分と言い放ったものの、まさか合格できないとは…!
そして、悪いことに殆どの生徒は既に二人組を形成しており、彼女のペアとなれるようなはぐれ者は―――
「あ!」
「うわ…」
「エミさん! まだ二人組ができていませんのね!? 私と一緒に合格を目指しましょう!」
「あー、えー…その、まぁ、そうなんですけど…」
確かに彼は、二人組が出来ていなかった。
しかし、出来ていない人物はもう一人いた。
薄青色の女の子だ。
「あの子もまだ組んでないみたいで…僕はあの子と―――…」
「そんな…!?」
「私は別にいい。一人で行く」
「な、何を言ってますの!? 一人ではとても無理ですわ!」
「うるさい。下手くそ」
「下手ぁ!? よりにもよってこの私に向かって下手と!?」
「リーチヒルトさん、抑えて、抑えて…!」
気を遣ったつもりが、逆に火種を生み出す結果となった。
今にも掴みかかりそうなリーチヒルトを、エミカーシュが必死に抑えている間に、薄青色の少女はヴィクター先生の前に立った。
「君がマーレ・インブリウムさんですか。学院長から話は聞いています」
「………」
「正直、楽しみにしていました。その実力の程、確かめさせてもらいましょう」
「………はぁ」
薄青色の少女――マーレはため息を吐いた。
右手をゆっくりと上げる。
「アルティメット・フォース」
強大な魔力の塊が、凄まじい速度で放たれる。
その様を見たヴィクター先生―――いや、双剣の魔戦士ヴィクター・ノバラントは活眼し、咄嗟に双剣を交差させる。
魔力の塊が着弾。
一瞬、演習場全域に、身体が着弾点に吸い込まれる感覚が通り抜けた。だが、瞬きの間に、それは裏返る。
「な、何なんですのー!?」
「姿勢を低くして!」
近くにいた生徒が、猛烈な魔力の炸裂によって野外演習場の外縁まで大きく吹き飛ばされた。
リーチヒルトとエミカーシュは咄嗟に身を伏せ、強烈な衝撃と土埃に呑まれた。
全てが過ぎ去った後、演習場には爆発による大穴があいていた。
その大穴の中で、ヴィクター・ノバラントが血まみれとなって大の字に倒れている。
「さ、流石―――”青の災厄”―――」
そう呟いて、ナハディ王立騎士団 副団長は意識を手放した。
「………」
対するマーレは、腕を静かに下ろして立ち尽くし、心底不快そうに、倒れたヴィクターを青い瞳で見る。
その場にいた誰もが凍りついていた。
しかし、声を出せることを思い出したかのように、生徒の誰かの悲鳴が上がり、それを聞いた他の教師が、何事かと校舎から走ってくる。
急遽、重傷のヴィクター先生の治療が始まった。
混乱の最中、マーレは顔を伏せて、その場を立ち去ろうとした。
だが、その先に小さな影が立ちふさがる。
「お待ちなさい!」
マーレはゆっくりと顔を上げた。
「なに?」
「貴女! 先生に謝りなさい!」
「……はぁ?」
なんで? と、マーレは首を傾げた。
「あいつが魔法を撃ってこいって言ったのよ?」
「だからといって、こんな大怪我をさせるだなんて! あれだけ大きな魔法を使えるのなら、怪我をさせない方法もあったのではなくって!?」
「実力を見たいって言ったのは向こうじゃない」
「それでも! 貴女は謝るべきですわ!」
「わけわかんない」
くしゃ―――と、マーレは自身の美しい青髪を掻いた。
「ほんと―――五月蝿い奴。貴女も吹き飛ばされたい?」
「お、脅しには屈しませんわ!」
そう言いつつも、リーチヒルトの膝はブルブルと笑っている。
あんな魔法は見たことがない。
誰が見ても一目見て分かる。新入生に扱える次元の魔法ではない。
あんな魔法を受けたら、死んでしまうかもしれない。
しかし、リーチヒルトは退かない。
なぜなら、彼女は侯爵令嬢。偉大なるマグネシア家の子なのだから。
「はぁ―――…ほんと、馬鹿らしい」
睨み合いに嫌気がさしたマーレが、殺気を宿した。
魔力を放つべく、リーチヒルトに右手を向けようとする。
だが、間一髪のところで、彼女の手首が掴まれた。
「やめてくれ!」
マーレの手首を握り、らしからぬ大声を上げたのは、エミカーシュだった。
「これ以上は、お互い不幸になるだけだ、マーレ!」
「な、何よ、アンタ―――」
「彼女はマグネシア侯爵の娘なんだ。怪我なんてさせたら、大問題になる」
「―――だから?」
「責められるのは君だけじゃない。君の家族や友達にだって影響が及ぶかもしれない」
「私にはもう家族はいない、友達も。だから私が何をしても、困る奴なんてどこにもいない」
「今はそうかもしれない! けど、これからもずっと独りきりでいる気なのか?」
「………。そうよ」
パシッ! と、マーレはエミカーシュの手を払い除けた。
「私に関わらないで。目障りよ」
そして、歩き出す。
慌ててリーチヒルトはそれを制そうとした。
だが、それもエミカーシュが止める。
「リーチヒルトさん! やめてくれ!」
「止めないでくださいませ!」
「君が無茶をすることで、大勢に悪影響が出る! この魔法学院だって!」
「ッ―――…!」
「ボクは立派な魔術師になりたいんだ…。お願いだから、堪えて欲しい…!」
「ッ…! く、くぅぅぅぅ~~~!!」
歯を食いしばり、リーチヒルトは何とかその場に留まる。
本当なら走っていって、マーレの後頭部に飛び蹴りでも食らわせたいところだったが、貸しのある相手に懇願されては、己を曲げざる得なかった。
「……ふー…ふー……ふぅぅー…。今度会ったら、ただじゃ済ませませんわよ…」
「…ありがとう、リーチヒルトさん…」
「リト」
「へ?」
「私のことは、これ以降リトとお呼びなさいませ。それで、今回の狼藉は不問としますわ」
狼藉―――…?
エミカーシュは首を傾げる。
やがて彼は、自分が勢い余って侯爵令嬢の手を握っていることに気づいた。
その白い指の柔らかな感触に、一気に血の気が引くエミカーシュだったが、対するリーチヒルトは悪戯な笑みを浮かべる。
先程の怒りなど、すっかり忘れてしまったかのように。
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