天才令嬢である私をあまりにも雑に扱い過ぎでありませんこと!?

ささがせ

プロローグ 伝説の入学式

 ネルネゴン大魔導学院といえば、黄金穂の丘陵の端から端までその高名が轟く名門魔法学校であった。

 黄金穂の丘陵における暦で蒲公英タンポポの月の34日、地球の暦で言えば4月4日、その日、ネルネゴン大魔導学院にて入学式が行われる。

 これから4年間、この偉大なる学び舎で魔法を学び、一流の魔術師として旅立っていくことを夢見る可能性の雛鳥達が、大魔導学院のホールに集められていた。


「―――続きまして、入学宣誓の儀。新入生代表、リーチヒルト・マグネシア!」

「はい! ですわ!」


 ―――ですわ…?

 ―――ですわって…?


 突如公式の場で放たれた如何にもなお嬢様言葉にざわつく会場。

 何事かと抱く疑問と、一抹の不安を抱く新入生の合間を、まっすぐな胸をこれでもかと張り、些か無理をし過ぎとも言える大股歩きでドシドシと歩いてくるのは、ふわふわで、きゅるんとパーマかかった金の長髪を揺らして歩く少女だった。


 そのままの勢いで壇の上に登り、彼女は自分と負けないくらいふわふわできゅるきゅるな白髭を有する学院長の前に立った。

 

「黄金穂の丘陵の勇士、マグネシア侯爵が娘――リーチヒルト・マグネシアが、新入生を代表し宣誓致します!」


 ホールに響き渡る澄んだ声は、雑音を一蹴した。

 しかしもしかすると、それは単に彼女の”侯爵令嬢”という泊が、そうさせただけかもしれないが―――


「この天才令嬢たる私が! ちゃちゃっと魔術の深淵を習得しまして、皆様をぶっちぎって主席で卒業、勢い余って世界も救って差し上げますわ~! ご期待遊ばせ!」


 シーンと、ホールは静まり返ったままだった。


 侯爵令嬢リーチヒルト・マグネシアはその青い瞳を真っ直ぐに向け、ヒゲがもじゃもじゃ過ぎて表情を伺い知れない学院長に不敵な笑みを浮かべている。

 自信たっぷり、一切自分の実力を疑っていない。

 純粋無垢で天真爛漫。

 傲慢で暗愚。

 こいつは苦しみも悲しみも知らず、好きなことだけをして、苦労もせず幸せにのびのびと育ってきたんだなというなんだと、この場の全員が思い至った。


 さぁ、この沈黙を破るのは、誰だ―――…

 誰が最初に、この爆弾に触れる―――…?

 誰だよ、こんな奴の入学を許可したの―――…


 全生徒、そして、全教員の視線が、壇上に立つ白髭モジャモジャの総責任者がくいんちょうに向けられた。

 この期に及んで、まったく表情が見えない老獪の師は、数秒の沈黙の後、わずかに咳払いをした。


「ぁー……うむ…頑張るのじゃぞ」

「はい! ですわ~!」


 何も知らない清廉潔白な男の子が見れば、その頬を朱に染めてしまうであろう太陽のような笑顔を向けた。

 やがて自分の実力の前に感銘を受け頭を垂れる学院長に。

 更にその背後に立つ、偉大なる歴代大魔元帥達の彫像に。

 いつか自分も、その傍らに立つ夢を見ながら。


 リーチヒルト・マグネシア。

 自称天才―――の侯爵令嬢。


 波乱の学園生活が、ついに幕を開ける。







 ―――ところで、重要なことを一つ語り損ねていた。


 実は、この世界は滅びの危機に瀕している。

 神より賜りし、古き鳥の予言が、滅びを示す最後の詩を告げていた。


 だが、滅ぶことが分かっていながら、ただ指を咥えて待つのだろうか?

 世界を滅びより救うために、魔導の真髄を極め、その知の深淵を飲み干し、これより世界に訪れる未曾有の危機を打破できる者を鍛える。

 ネルネゴン大魔導学院――――ここは、そのための学び舎。


 リーチヒルトの言う”世界を救う”とは、つまりはそれを指している。

 しかし―――


 いつ、どこで、どんな滅びが訪れるのか、予言には何一つ示されてはいなかった。

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