第9話

桜のある丘で執り行われた酒の席では、青年の話が沸き起こった



「ようやく殺せたな…」


「おかげでこれからは災厄に見舞われなくて済む…」


(災厄…?なんのこと?)



それを密かに桜の中から聞いていた少女は、体を出現させて酒の席に潜んだ

酒が回った彼らが気づくことはない



「名前なんだっけ?あの坊主」



「たしか八雲じゃなかったか?ようやく死んでくれて清々するわ」



(八雲が…死んだ…?なんで…?いなくなるって、死ぬってことなの…?)



遠くへ旅立つという言葉の意味を理解し、強い後悔を感じて戸惑う



「殺した瞬間はすごい雨に雷だったけど、最後の抵抗にしちゃ大したことないな!」



(この人たちが…?そんな…そんなことって…!)



少女は思う

これらがいなければ、青年はまだ自分と話していたかもしれないと

そして、先程撫子が言っていた花見というのが、少年が死んだ祝いだと気づけなかった自分を責めた

もし気づいていたのなら、ここに人が来た時点で殺していたというのに



(八雲は…人間のことを悪く言ったことはない。なのに、人間は…八雲を殺すために手を組んだと言うの?)



そんな彼女の手元に落ちてきたのは、一本の刀

自身の花びらと同じ赤に輝く、一閃

それを掴んで物陰から姿を現し、俯いたまま呟く



「…ごめんね、八雲。助けられなくて…」



「あん?嬢ちゃんこんなとこにいたらだめだ、さっさと家に戻んな。それとも俺達と遊びたいかい?」



「貴方たちのせいで…私は…私は!」



少女は刀を振るった

飛び散る鮮血がその桜色の着物に浴びせられるのも気にしない



「な…!と、とらえろ!」



「私は一人になった!まだ八雲といたかったのに!少ない人生を注ぎ込んでくれた彼を、愛していたのに!」



叫ぶたびに鮮血が舞う

それを着物に受け、桜がより一層濃い赤に染まっていく



「ユルサナイ」



少女の目が紅く輝いた

刹那、その場の人間を全て切り裂いた少女の着物は、返り血で真っ赤に染まっていた

見上げると、桜の花びらたちも赤黒くなっている



「まだだ…!まだ、終わってない…!」



少女は歩き出した

一歩ごとに地面を踏みしめ、赤い目を光らせる

街につく頃には、辺りはもう真っ暗になっていた

ゆらゆらと左右に揺れる少女の双眸が描く軌跡だけが見える



「…八雲」



家に入り、悲鳴を上げる女性を斬る

その女性が抱えていた子供ごとだ



「どこ、八雲…」



また別の家に入り、女子供を切り裂く

悲鳴をあげる暇さえ与えない

男たちは先の宴会会場で切り飛ばした。残るのは女と子供だけ



「八雲…どこなの…。私の愛する、八雲…」



今度は家にさえ入らず、外から家ごと切り裂く



「八雲!!」



名を叫び、家屋を切り裂く

全てを斬った少女は廃材だらけの里で地に膝をついて、涙を流した

顔を血に濡れた手で抑えて



「何やってんだ」



「…!八雲!?」



声に振り向いた少女

そこには何もいない

彼女の望みが幻聴となって響いただけだ

しかし、その先にあったのは



「あれは…!」



その視線の先にあったのは処刑台だ

少女は処刑台に駆け寄り、倒れて動かないヒトの前で膝をつく

処刑台で背を袈裟斬りにされ冷たくなっていたのは青年だった



「やく、も…?」



答える声はない。既に絶命している

満足げな顔つきで横たわる青年を抱えて起こす

そして少女は青年の亡骸を抱きしめた



「なんで…なんで死ぬの…!死ぬなら、私の眼の前で死んでよ…!」



慟哭が木霊する

人一人いなくなった街に吹く風が、少女を包み込んだ



「ねぇ…八雲。貴方だけ…貴方だけが、私を惚れさせた。誇っていい」



すすり泣く少女

もう二度と会うことが叶わないという事実が、少女を激情させた

青年を虐げたものを殲滅し、亡骸を見つけ、ようやく心を落ち着かせる



「もっと…もっと、一緒にいたかった…のに…」



少女は青年の胸元に顔を埋めて、声を上げ泣いた

そして疲労からかそのまま寝てしまった少女が起きたとき、ようやく周囲を見回した

昨晩彼女がその手で作り出した惨状が目に入る



「これで済ませただけ、ありがたいと思って」



少年の亡骸を抱え、少女は歩き出した

既に冷たくなっている少年の体は軽く、非力な精霊である彼女でも持つことができた



「…ここ、八雲と歩きたかった…」



桜並木が少女を迎える

散る花びらが青年に降りかかり、鼻先に一つ乗った



「母様!」


「撫子…。親として、見せられないものを見せてしまった。ごめんなさい」


「…いえ、私も…母様の立場ならそうしていたと思います」



姿を見せた幼子が少女に駆け寄り、抱きしめる

膝から崩れ落ちた少女がまた、少年を抱きしめながら泣いた



「…ごめんね、撫子。私、八雲を守れなかった」



少女の桜がある丘の入口から頂上までは、他の桜が全くいなくなる

撫子も気を使ってなのか、桜並木の端から少女を見送った

その何もない場所を通ることが、今の少女にとってはとても怖く、寂しくなっていく



「…ねぇ、八雲。貴方がまた、この世界に生まれるなら、また私と話してよ。そしたら今度こそ、ずっと一緒にいるから」



少女は笑った

涙を目尻に浮かばせながら


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る