第5話

3日後

自宅付近の路地裏へとやってきた親友に、カゴいっぱいの草履を押し付ける

親友はそれを受け取って、金銭の入った小さい麻袋を青年に手渡した



「いつも悪いな、我が親友よ」


「気にすんなよ相棒。俺たちの仲だろ?」



親友はこの付近を歩き回り物を売る行商人をしている

青年が術式によって作り上げた草履を買い取り、青年の父親へと色を付けて売り払うという仲介もしてくれているのだ

それにより青年は多少生活費を稼ぐことができている



(ま、それでも仕送りなくして生活は無理だな…)


「ほんと、質のいい商品を卸してくれて助かるぜ。倍の値段でも買い手がつくしよ」


「…そういうところ逞しいな」


「納品倍にしてくれるなら、一足あたり今までの5割増しで代金払うぜ?」


「術式を使ってるとはいえ隠れて作ってるからな、中々難しいところだ」



青年が草履を作るときには術式を多分に使っている

そのため、死神であることを隠している妹の前では手作業で作っているのだ



「ま、お前もあと200年生きれば過ごしやすくなるさ。俺がそうだったように」


「…世界最強の吸血鬼、真祖…か。懐かしいことだ」



親友は現存する唯一の吸血鬼だ

正確には彼の妹も半吸血鬼ハーフヴァンパイアである

が、純血の吸血鬼という意味では彼の他に吸血鬼はいない



「200年もあれば人はお前のことを忘れる。そうなれば、好きなように生きられるよ」


「…だと、いいがな」



青年は生まれてから1000年を超える歳月を親友と共に過ごしている

その中で死神であることがバレ、淘汰されたこともあったのだ

それがもう1000年続いている、ということになる



「じゃあ確かに品物は受け取ったぜ。また来月このくらいに取りに来る」


「ああ。…なぁ」


「ん?」



立ち去ろうとした親友を呼び止め、下を向いたまま問いかける



「…お前は、親友でいいんだよな」


「…?当然だろ。他に何があるんだ?」


「いや…。また来月会おう」


「ああ、またな」


「………撫子」



呼ばれた幼子が姿を現す

青年の背後で膝をつき、頭を下げたまま次の言葉を待った



「…もし。もし万が一俺が死んだら、あいつを守ってくれ。あいつの妹も、な」


「無論です。主様の妹様も、お守りいたします」


「頼んだぞ。当分死ぬ気はないが…」


「死神様も、死ぬことがあるのですか?」


「…死神はあくまで魂魄の話だ。肉体は死神の力で変質しただけに過ぎない人間のもの。不老不死ではあるが、病気や殺害による死はある。万が一殺されたときのために、お前を保険としておく」


「…主様を守れとは、仰らないのですね。守らせていただけないのですか?」


「…信用していないわけではない。だが、同時に俺と妹を守ることはできない。故に最優先は妹だ」


「…かしこまりました」



桜吹雪に包まれて姿を消した幼子に目を向けず、自宅へと歩く

その足取りは少し重いが、妹が起きる前に戻らなくてはならない



(…不完全な不老不死である以上、保険は多いに越したことはない)



青年の意思に応えて夜刀神が姿を見せる

いつもの剣の姿ではなく、淑女の姿だ



「夜刀神。もし俺が死んだときには、姿を隠し自身を封じろ。そして俺が転生したとき、友として支えてくれ」



首肯を返す夜刀神へ、さらに頼み事をする



「…あいつが…桜の精霊が俺を殺そうとしたのなら、止めるな。即座に自身を封印しろ」


――何故抵抗しないのですか?


「…あいつが俺を殺したいとするときには、俺はもう生きていたくはない」


――好きなのですか?


「…わからない。人間の言う好きという感情がもたらす症状に酷似している。おそらく、俺は死神として覚醒して以来初の恋をしたのかもしれない」


――…それがマスターの意思ならば、私は従います。別れの言葉はご入用ですか?


「…まだいい」


――では、後ほど



消えた夜刀神が自身の核へと戻ったのを確認してまた歩き出す

青年はようやく負の感情を拭い、妹が怪しまぬよう自身を取り繕った

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