第6話

翌日。豪雨暴風の中、青年は数日ぶりに桜を見にきていた

少女の姿は見えないが、桜の花が雨を遮り幹が風を遮断してくれている



(珍しいな、表に出ていないとは)



少し湿った地面に腰を下ろし、幹へ背を預けて眠りにつく

目が覚めると青年は少女に膝枕をされていた



「…おはよう。起きたならどいて」


「…どういう風の吹き回しだ」


「別に…。こっちのほうが寝やすいでしょ、人間は」


「…そうかもな。ありがとう」



体を起こし、微かに残った温もりに意識を集中する

しばらくして少女が立ち上がる音で我に返り、自分も立ち上がった



「…あの嵐の中、なんできたの?」


「2日以上見ないというのが久しいからな。それと、お前と話していないと気が滅入る」


「そう…。なんで?」


「何故かと問われるとわからんが、ほぼ毎日話しているからな。寂しく思うのかもしれん」



気恥ずかしく思い目を逸らす青年

少女もまた、青年から顔を背けた



「そう」


「まぁ…お前にとっては来ないほうが良かったかもしれんが。ともかく、夕刻になってしまったようだ」



沈む太陽を見てようやく二人は時間を認識した

ゆっくりと山陰に消える太陽を待ちながら、青年は少女のことを考える



(…やはり、心身の負荷が消えている。こいつに会えば心も安らぐということか)



その事実を確認するために無理をして嵐の中を進んだのだ

傘もささず、濡れるのも気にせずに



「夜桜というものも、悪くないな」


「……」



太陽が沈み、辺りを見回しても何も見えない

しかし仄かに赤い光を放つ桜だけは見える



「今日はさして話せなかったか。まぁいい、明日また来る」


「…わかった。期待しないで待っておく」


「そうしてくれ。じゃあ、またな」


「うん」



青年はまた桜並木を進む

途中気配を感じて立ち止まり、幼子の名を呼んだ



「撫子」


「はい」


「何があった」


「…明後日みょうごにち、人里の人間が母の下で花見をする…という話を耳にしました」


「明後日…?里でなにかあるのか?」


「不明です。が、嫌な予感がします」


「ふむ…。まぁいい、花見くらいさせてやれ。どうせ大したことじゃない」


「はい」



それだけを伝えて幼子は消え、青年はまた何も見えない中道を進む



(見えなすぎるな。『暗視』起動)



青年の目が仄かに青く光を放ち、夜目が効くようになった

全く光がないにも関わらず、青年は迷いなく桜並木の街道中央を歩いていく



(…『聴音』起動)



なにか騒々しい家の中の音を聞くため、聴力を強化する

中では妹とは別の声が響いており、その声へ妹が反発して叫びを上げている



[何故兄様がそんな目に合わねばならないのですか!]


[里の取り決めだ。従わないのなら、お前のような子どもでも容赦なく道具にする]


[っ…!恥や外聞というものがないのですか!?]


[死神に従うものをここまで容認してきただけ良いと思え。選ばせてやろう、我々の決定を受け入れるか、それとも里の男たちに犯されるかを]


(何の話かは知らんが、妹に手を出そうとするのなら殺すまでだ。夜刀神)



手の中に現れた夜刀神が姿を変える

室内で取り回しの効かない刀よりナイフのほうが使い勝手がいい

青年の殺意を読み取っての変化だった



「そこまでだ」


「兄様!」


「チッ…。明日までに選ぶといい」



刃物を持った青年を恐れてか、男たちが家を出ていく

あとに残された妹は両膝をついて泣いていた



「何をされた」


「私は何も…けど、けど兄様が…!」


「俺がどうした」


「兄様を、明日処刑する…と…!」


「…ついにそうなったか」



予想はできていた

村長は自分の目的を遂行するためなら手段を問わない

故に、最も里で邪魔な青年を何らかの方法で殺すことはわかりきっていたのだ



「俺を殺されたくなければ、お前の体を売れということか」


「…はい」


「ふむ…あいつららしいことだな」


「けど…けどご安心ください兄様…。私は、兄様のためならこの体を如何様にされたとて…!」


「その必要はない。自害する手間が減っただけ良いだろう」



妹は兄たる青年を見上げた

普段は恥ずかしいからと見せない涙で酷く濡れた顔を見せる



「そう悲しげな顔をするな。元よりこのままではお前にも親父にも母親にも迷惑をかけることになるから、死ぬつもりではあった。お前を犠牲にする必要はない」


「でも…でも…!」


「構うな。せめて笑え」



無理やり笑おうとしてまた顔が歪む妹を抱きしめる

最後の抱擁を強く交わす



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