第7話
翌日朝。青年は桜の下で少女を呼んだ
「曙」
「…何?」
赤い桜吹雪の中から現れた少女に目を向けて笑う
「…なんなの?」
「いやなに、俺はいやがるお前を無視してここへ来て話をしてきたな」
「…まぁ」
「それも今日で最後だ。俺は遠方へと出向くこととなった」
「おめでたい話。それがなに?」
「発つのは今日の昼頃だ。その前に、最後の願いを叶えてほしい」
「…」
「昨日のように、少し膝枕をしてくれ」
目を見開き青年を見る
吹っ切れたような顔をした青年が笑ってそこにいた
「…どういう風の吹き回し?」
「なに、昨日してもらったときにいいものだと思ってな」
「…最後なら、してあげるけど」
「ありがとう」
少女が正座をしたところへと寝転び、膝へ頭を乗せる
四半刻(30分)ほど経過したところで、青年が口を開いた
「迷惑をかけたな」
「現在進行系だし、いつものこと」
「そら悪かった。お前と初めてあったのは半年かそこら前だったか?」
「182日前。そこからほとんど毎日、ここで話をしてる。たまに1日空いたりした。3日も姿を見せなかったのは、昨日が初めて」
「そんなに来てたんだったか。…すまんな」
「謝らなくていい。私も、人里の様子を聞けて楽しかった」
「俺は里に嫌われてたからあんな話だったけど、いつかもっと面白い話をしてくれる人が来るさ」
青年はそう言ってまた笑った
「違う。私は、貴方がする人里の話が好き。貴方がする家族の話も、友人の話も、撫子の話も…全部好き。そして、貴方のことも好き」
突然の告白に固まる青年を見て笑う
「人間は、愛情を行動で示すと聞いた。だから」
少女が自分の上で横になる青年の唇に自身のそれを重ね合わせる
すぐに離れて、顔を赤くしながら微笑んだ
「最初で最後の、恋だから」
「…そうか。俺は…」
死ぬんだ、と言いかけて口を閉ざす
想いを告げてくれたヒトの前でそれを伝えるのは酷だろう
「俺はお前といる時間が好きだ。この桜も、全て含めたお前が好きだ」
「…もっと早く伝えればよかった。こんなに幸せなら、もっと一緒にいたかった」
「……そうだな」
体を起こし、少女に向ける
そして抱き寄せた
「ん…」
青年を振り払うことはしない
それどころか少女も青年を抱きしめ、また四半刻を過ごす
「…俺は生涯お前を愛そう。生まれ変わっても、魂の髄に刻んだこの心を忘れない」
「私も。死ぬのは、貴方が先かもしれないけど…枯れて朽ちるそのときまで、貴方だけを愛してる」
少女が初めて使う言葉だ
今までは近づくものすらいなかったのだから、こんな感情を得ることはなかった
青年と過ごす間のすべてが初めてで、最大だったのだ
「…もう、行かなくてはならん」
「そう…」
かなりの時を過ごし、見つめ合った
離れたくはない。しかし、妹を犠牲にするわけにもいかない
自分より、妹を優先する。それが青年のやり方だ
「だからこそ、こう言おう。また会おう、と」
「…うん。また会って、今度はもっと長い時を…悠久の時を二人で…」
お互いに名残惜しく思いながら離れていく
青年は踵を返そうとしてふと思いつき、少女に歩み寄った
「女にだけやらせたのでは男が廃る」
「え…?っ…!?」
驚く少女を抱き寄せ、唇を奪う
一度離してもまた、何度も何度も。数え切れないほどに
「…ありがとう満足した。次は恋人らしいことをしたいものだ」
「んくっ…わ、わかった…。勉強しとく…はず」
「大丈夫だろうか…。じゃあ、またな」
「うん。元気でね」
「ああ」
離れていく青年の背中に向けて少女は聞こえない程度の声で呟いた
「一人、静かに…なっちゃった…」
青年は少女と別れ、また桜並木を進む
そして幼子に声をかけ、目の前に現れた幼子を抱きしめる
「撫子。これで最後だ」
「あるじ、さま…?」
「俺は今日里で処刑される。あいつには絶対に言うな。いいな?」
「そん、な…」
「俺の命令を果たせ。我が友を、妹を、友の妹を守ってくれ」
「かしこ、まり…ました…」
「ありがとう。じゃあ、また…な」
青年はゆっくり幼子から手を離し、また道を進んでいく
幼子は青年を追いかけようと手を伸ばしたが、すぐにその手をおろした
(覚悟を決めた人を止めるのは、侮辱です。またお会いしましょう、主様)
幼子に見送られて山を降り、人里の入口に着いた青年
目の前に立つ村長と、村長の腕の中で拘束された妹を見る
「妹に手を出すな。俺は、死神八雲はここにいる!」
「ついてきてもらおう。死神の命も、ここまでだ」
手を離された妹が青年に駆け寄り、涙を流す
青年は妹を抱きしめ撫でて、離れていった
それから一刻ほど経過した後、青年は
――拷問の末、殺されました
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