ヒトリシズカ
さむがりなひと
第1話
この世界には、精霊と人間が存在する
精霊は伝承や噂を元に生まれ、どれだけの人間が認知しているかによってその力が強くなる
そしてこの地に存在するとある精霊は、世界で最も知られる存在であり、最も嫌われている精霊だ
「……そこは俺の席だ」
「…違う。ここは、私の場所」
青年が声をかけたのは、その世界一嫌われている精霊だ
愛想が悪く、大して人間に加護を与えない
その上近づけば雷に撃たれ、桜を燃やそうとすれば雨に消されるという曰くつき
全世界知らぬ者はいないとされる、最凶の精霊だ
「…まぁいい。お前は自分を見るために表に出ているのか?」
「…別に。暇なだけ」
少女の視線の先には、世界最大の桜がある
しかし花びらは鮮血のような赤で、幹は黒に近い色をしているものだ
これこそが少女の本体であり、呪いの木とされるものである
「…桜は綺麗だが、お前は相変わらずわけがわからん」
「こっちの台詞。私は、一人で静かに過ごしたい。なのにいつも貴方が邪魔をする」
「…そうかよ」
少女から人一人分離れたところに座る青年
少女は横目でチラッと青年を見たものの、すぐに目をそらして顔を伏せた
「……少年」
「そんな呼び方をされる歳じゃねぇよ、小娘が」
「…私こそ、小娘という歳じゃない」
ムッとして言い返すと、青年は小さく笑っていた
その微かな笑みに目を取られる少女
「ならいいだろ、お互い好きに呼べば。それとも今更名を知りたくなったか?」
「…知って損はない。人間は全員似ているから、個体識別に必要」
「俺は人間じゃねぇし、ここに人間がくることはない。良かったな、識別の必要はないぞ」
そう言って空を見上げる青年
少女は少し寂しげに青年を見つめるが、それに気づく様子はない
「ま、嫌われ者同士仲良くしようぜ。いつも通りな」
「…いつも仲良くしてるつもりはない」
「暇潰しにはなるだろ?」
「それは…否定しない」
ここにきて本日初の肯定を返し、顔を背ける少女
青年はそのまま後ろに倒れ込んでまた空を見上げた
「…空が好きなの?」
「桜が好きなんだよ。桜吹雪や葉桜とか色んな表情を見せる桜が」
「…私枯れないし葉桜にならないけど」
「お前にはお前の魅力があるんだ。それを誇ればいい」
「…人間の言うことはわからない。魅力がどこにあるの?こんな…人の血を吸って育った
少女はかつてただの桜の木だった
しかし一際目立つ大きさだったため、待ち合わせ場所になったこともある
その中でいわゆるデートスポットになることもあり、深夜にはここで結ばれるカップルもいた
しかしそれと同じだけ、少女の下に遺体を埋める者もいたのだ
結果その養分を吸って育ち、直径20mほどの大木となり、怨念などの感情から精霊となった
「それが魅力だ。他にはないぞ、人を糧に育った桜は。だからこそこれほど強く、鮮やかに花を咲かせるんだ」
「…そう。なら、一度だけ見せてあげる」
「んぁ?」
青年が間の抜けた声を上げて少女に目を向ける
少女は手を空高くあげて指を鳴らす
と同時に、赤い花びらが散り桜吹雪を作り上げた
「これは…」
「自然に散らないだけで、私がその気なら散らせることもできる。この桜吹雪、散らせるものなら散らせてみれば?」
少女はクスッと笑ってみせた
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