第2話

少女は心做しか明るい雰囲気となった青年の背を見送りながら小さく手を振った

青年が自身を見ていないとわかっていての行動だ



(…大手を振っては、言えない)



あるとき自分の系統樹こどもたちに言われたことを思い出す



【あの人間のこと、好きなの?】



系統樹は、少女の子孫であり仲間であり唯一の理解者だった

人里からここに来る道の両脇に立つ彼女らは、母たる少女をからかうようにそう言った

そのとき少女は自覚したのだ。今まで「人間の特権だ」と諦めていた恋をしていることを



(人間は、温かい心を持っている。けど、私にはない。そう思っていたのに)



自分の本体である桜を見上げると、柔らかい風が吹いた

はためく髪を手で押さえて、また笑う

青年が好きだと言ってくれた自分を、誇る





(あーくそ、帰るのが一番嫌になるつつあるぜ)



青年は桜並木を歩きながら舌打ちをした

人里に戻るのは家がそこにあるからというだけだ

家族がいなければ帰る意味などない



「撫子、少しいいか」


「はい」



立ち止まった青年が名を呼ぶと、青年の目の前に桜吹雪が起きた

それが収まり、中から現れた幼子が青年に膝をついて頭を垂れる



「顔を上げろ」


「ですが…」


「俺の命令だ」


「…失礼いたしました」



幼子が立ち上がり、青年を見上げる

膝をつこうがつきまいが、青年はどうやっても見下ろす形となってしまう

そのため青年は目線を合わせるため片膝をついた



「主様!?」


「構わん。圧を与えないための措置だ」


「そんな…主様から圧を感じたことなど…」


「話せ、撫子。あいつに村長の手は近づいているのか?」


「…はい」



青年が問うたのは、少女を殺そうとする者がいるかということだ

少女は先の通り、嫌われている

今まで彼女を殺すことはできておらず、殺せれば英雄と言われることだろう

青年が暮らす村は、少女に最も近い土地であるがために少女を殺そうとしているのだ



「あの狸親父め…。何か言っていたか?」


「…ここを通る際に話していたのは、村の男衆と共に斧で切り倒すと言っていました。ですが、あの方を殺すためにその程度で策が尽きるとは思えません」


「奇遇だな、俺もだ。つまり何か秘策があるはずだな」


「はい」



幼子はこの桜並木の精霊だ

青年を主と呼び、少女を母と呼ぶこの子は、母を手に掛けようとするものを許しはしない

しかし彼女に人間を退ける力はさして無いのだ



「なんとか…なりますか?」


「なんとかするのが俺の役目だ。核を壊されては世界が終わるからな」



青年と幼子以外は知らないことだ

少女は、世界を維持管理する核の役割を担っている

ただ存在するだけで核としての役割を果たし、時に気まぐれで空を操ることで調和を取っているのだ

村長がもしそれを知らずに切り倒せば、この世界は終焉を迎えることだろう



「撫子。また何かここで話していたら俺に伝えよ。些細なことでも構わん」


「かしこまりました、主様」


「そして俺以外に呼ばれても姿を現すな。いいな?」


「はい。私の人間の体は、貴方様だけのものです」


「ならば良し。また声をかける。悪いな、こんな重荷を背負わせてしまって」


「いえ、必要としていただけるのでしたらいくらでも。それが世界の守り手、死神様のお願いとあらば尚更です」


「そうか。頼んだぞ」



青年は幼子の頭を撫で、黒い霧とともに姿を消した

撫でられた頭に自分の手で触れ、笑う



「お慕いしております、主様」



幼子は桜吹雪に包まれて消えた

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