第3話

里の端にある神社の境内に生じた黒い霧の中から青年が現れた

そして大きくため息をつき、石段に腰を下ろす



「相変わらず凄まじい荒れようだな」



神社を見上げて嘲るように笑う

廃虚と化した神社の中には何もない

供物もなければ御神体すらも腐り落ちている



「あいつも、こんなんじゃ離れたくもなるか」



ここには元々神が住んでいた

しかし、神は信仰を得られない土地からはすぐに離れ、別の地へと移り住んでしまう

そして空いてしまったこの神社に住み着いたのが青年だ



(そろそろ人間を騙して家族のふりをするのも無理があるか)



今の家族の長男ということになっている青年は、いつからか死神と呼ばれるようになっていた

そのせいで実の親を含む全ての村の人から迫害を受け、石を投げられる毎日を送っている

唯一妹は青年のことを慕ってくれているのだから帰らなければならない



(…全く世も末だな)



目の前に現れた輪郭がぼやけた人影を見てまた笑う

いつの間にか手の中に現れた真っ黒な刀を握り立ち上がった



「妖怪を殺すのも死神の役目だ。相手してやる」



言葉として認識できない叫びを上げるその人影を睨みつけ、左手に刀を持ち替えて構える



「顕現せよ、夜の闇を斬り裂く剣神。万象一切尽くを穿て。夜刀神」



刀身の中央に赤い線が浮かび上がり、神機と呼ばれる死神の鎌が起動する



「さぁ付き合ってもらうぞ。憂さ晴らしになぁ!」



青年は力強く地面を蹴り、人影を斬り裂いた



「起動終了。夜刀神、戻れ



白い靄となって消えた人影の行く末を見ることすらせずに神社を離れる

家に帰れば妹が手料理を前に待っているのだ。早く帰るに越したことはない



「ただいまー」


「おかえりなさい兄様!」



バタバタと走りながら青年に飛び込んできた妹の頭を撫でながら靴を脱ぐ

家へと上がり、妹に手を引かれて炬燵机の前に座った



「親父はなんか言ってたか?」


「…いつもどおり、です。早く兄様から離れてこっちにこい、と」


「親不孝者にはなるなよ。あの人らも、実の娘に嫌われちゃ心を病む」


「実の息子を死神扱いするような人を親と思いたくありません!兄様といたほうが幸せです!」


「そうか。まぁ、それも良かろう。虐められていないか?」


「死神の妹と陰で言われてますけど、手出しはありませんね。なにかすれば死神に殺されると噂みたいですよ?」


「…俺は何もしてない。が、お前に何かあれば村を滅ぼすことくらいはするかもな」


「もうっ…」



妹にすら死神であることは隠しているため、妹は冗談と受け取ったようだ

しかし青年は本気だ。万が一妹に手を出した場合は、夜刀神を使って村を滅ぼすと決めている



「相変わらず旨いな。店を出すといい」


「兄様いつもそればっかり!他の感想はないんですか?」


「旨いものは旨いと言うしかあるまい。それとも不味いと言われたいか?」


「そうじゃなくてどう美味しいとかあるじゃないですか!」


「そうだな…愛がこもっていて旨い、だ」



照れ隠しでそっぽを向く妹を愛おしく思いながら、用意された夕飯を食べ進めていく



(人間として生きるのも、悪くないな)



青年は自然と笑みをこぼし、舌鼓を打ちながらゆっくりと団欒を過ごした

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