始まりをいくつ数えた頃に

四谷軒

江戸幕府関東代官頭・伊奈忠次

 東の空が白白として来た。

 また、今日という一日の、始まりを迎える。

 伊奈いな忠次ただつぐは愛用のくわを手に取り、屋敷を出た。

「…………」

 いったん、鍬を地に置き、輝き出でた太陽に向かって、手を合わせた。

「お天道さま、今日こそ、水のみちを拓かせたまえ」

 祈りが終わり、鍬を手に取って歩き始めると、武蔵野の西の山々、おそらくは甲武信岳こぶしだけ雲取山くもとりやまが照らされて、その稜線をとさせる。

「春は、あけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎは、すこし明かりて、紫だちたる雲の、細くたなびきたる……か」

 清少納言の「枕草子」の始まりの有名な一節を口ずさみながら、忠次は元気よく鍬を担いで闊歩する。


 ここは、武蔵野。

 時代は、徳川家康が豊臣秀吉から関八州を譲り受けたあたり。

 そして忠次は家康から「関八州を己の物のごとく大切に致すべし」と言われ、関東代官頭として尽くしている。

 伊奈忠次。

 江戸幕府の関東における地方行政、すなわち民政において力を発揮し、検地、寺社の対策など、幕府の財政のもといとなる働きを為した、としてのちに知られる。

 中でも有名なのが――治水である。



「伊奈さま」

 忠次が現場に到着すると、工夫こうふかしらが、すぐに忠次を迎えに現れた。

かしら

 忠次は鍬を置いて、かしらの肩をぽんぽんと叩き、朝の挨拶を告げた。

「今日、あの水のみちに、水を通すんだっけな」

 空とぼけた口調は、実は忠次の期待のあらわれである。

 それは今朝の太陽への祈りの台詞でわかる。

 かしらもそれを察していた。

 今、忠次らが取りかかっている水路の開削は、そのが思わしくなく、おそらくは土地の高低がうまくつかめていないせいで、水の流れは最初こそ良いものの、だんだんと、その勢いが弱まり、ついには止まってしまうと言う有り様だった。

 何しろ、ここは武蔵野。

 土地は基本的に平坦で、その高低の差を読むことは、困難を極めた。

「また、始めよう」

 忠次はあきらめることなく、をつけては、自ら鍬を振るって、土を掘り出した。

 けれども。

「伊奈さま……もう、これで何度目になりますか」

 かしらは実際に何度目だという答えを聞いているわけではない。

 もう潮時だ、と言いたいのだ。

「このあたりでは、やはり無理でございます。土地の傾きが、高い低いが読めませぬ。木々も多いし……ちがうところで、水の路を」

「いかぬ」

 忠次は手を振った。そして周囲を見回す。

「このあたりは水が来ない。少なくとも、田んぼにる水が。ここで水のみちを通してやらねば」

「それは……」

「それならばかしら、賭けをしようではないか」

「賭け」

 かしらはぽかんとした顔で、忠次の言葉を反復した。

「そうよ、賭け、賭けよ……かしら、この水の路に水が通らねば、ワシが皆にメシを奢ろうではないか」

「それは」

 忠次は、両の手のひらを開いて、かしらにそれ以上言ってくれるなと示した。

かしらの言うとおり、たしかにもう何度目だ、始まりをいくつ数えた頃に終わるのだ、とささやかれておるのは、わかっておる」

 ならば、せめてものねぎらいだ、と忠次は笑った。

「むろん、賭けに負けにつもりはないがの」

 と、付け加えながら。



 鍬の上に、獲った野鳥をさばいて置いて、鍬の下に火をつける。

 味噌で作ったを適宜つけ、徐々に……次第に……鳥の肉が焼き上がっていくのを待つ。

 と、こんがりとしたがしてくれば、もう完成は間近だ。

「おい、あとは皆、適当に焼き加減を見て、食せよ」

 鍬焼くわやきである。

 今日では、フライパンなどに鶏肉や野菜を置いて、みりん、酒、砂糖や醤油をにしてかけて、焼く料理として知られる。

 農作業の合い間に、そして肉食禁止の世の中なので、こっそりと鍬で鳥を焼くこの料理は、農民たちの密かな楽しみだった。

 忠次はこの鍬焼きを得意としていた。

 そう、忠次は「賭け」に負け、工夫こうふたちの食事を用意していた。

「やれやれ、それにしても、してやられたわい」

 忠次は頭を掻きながら、かしらに出来上がった鍬焼きを差し出した。

 かしらは恐れ入ってそれを受け取り、一目散に食べた。

「うまいッ」

 この忠次の鍬焼きが目当てで工夫こうふたちは工事に従事していると、噂になるぐらいの、美味である。

 しかし、あまりにも熱々だったらしく、かしらは目をいた。

「アチッ」

「おいおい、落ち着け」

 忠次が竹筒をかしらの口に傾ける。

 頭は胸をとんとんと叩きながら、ふうと息をつく。

「すまねぇこってす」

「何の、何の」

 水路に水が通らなくて、すまないのはこっちの方だと忠次は頭を下げた。

 それを見た工夫こうふたちもまた、頭を下げた。

「オラたちは、伊奈さまとまた仕事ができるから、幸せだぁよ」

「給金もはずんでくれるしな」

「それを言ったら、台無しじゃろが」

 皆はどっと笑い、忠次も笑った。

 ひとしきり笑ったところで、忠次は、今日はもうこのまま宴としよう、たまには休もうと言って、また皆を沸かせるのだった。



 ……夢を見ていた。

 かつて、主・徳川家康が豊臣秀吉に臣従を決め、その後、その秀吉が小田原を攻めんと、四十万の大軍を率いて、東海道を突き進んでいる時の夢だ。

 その時、秀吉は増水した大井川を目の前にして「渡河せよ」と声高に叫んだ。

 疾風の如き進軍を見せ、小田原を威圧せんとしていた秀吉にとって、このような遅滞はあるまじき「失態」であると判じたのだ。

「お待ち下され」

 並みいる諸将、特に徳川軍の中から、兵站輸送を司る忠次が、敢然と声を上げた。

「こたびの小田原攻め、かの中国大返しのような速さよりも、むしろ堂々たる威容を知らしめることが肝要かと」

 そんなことはわかってる、と秀吉は怒鳴るように返した。

 彼としては、せっかく言うことを聞いてくれるようになった家康の手前、文字通りおくれを取るような真似はできなかった。

 ここまでの大軍を集結し、進めていく。

 それができるのは、この秀吉であるということを、家康に知らしめる。

 それこそが、この小田原攻めの秀吉の狙いであり、立ち往生など、もってのほかであった。

「かような増水した川、折からの風雨。きっと兵が損なわれます。そのが小田原に聞こえたら、なんとします」

「なんだと」

 秀吉が食いついた。

 彼とて、無謬むびゅうではない。

 いわんや、秀吉の軍兵においておや。

 強行渡河などすれば、それはいくらなんでも、少なくとも十騎ぐらいは脱落しよう。

「敵は小田原ですぞ。北条ですぞ。かの家の忍び、風魔が必ずや十を百に、百を千に、吹聴しましょう」

「…………」

 秀吉の目が静けさを帯びた。

 さすがに、天下盗りの男。

 ここまで来れば、もう忠次の言うとおりにした方がよい、というのが肌感覚でわかっているようである。

「どうか、あと三日ほどお待ちを。さすればこの伊奈忠次、大井川に舟橋を架けて、もって小田原へのをつなぎましょうぞ」

 忠次がそこで平伏すると、秀吉はその背を掻き抱いて、そなたの言うとおりだと激賞した。

「駿府左大将(家康のこと)にはかような有為の人がある。うらやましいことじゃの」

 どうじゃ、この秀吉に仕えぬかと例の人たらしを発揮するが、そこで家康が割って入って、忠次はことなきを得た。



「……いつの間にか、眠っていたのか」

 春眠暁を覚えず、という奴かなと忠次はひとつ伸びをして、起き上がった。

 見渡すと、かしらも含めて、工夫こうふたちは皆、その場に雑魚寝している。

 空を見上げるとと、星が。

 夜っぴて飲み食いしていたらしい。

 足下あしもとに目を落とすと、鍬焼きを作った時の焚火たきびが、そのまま埋火うずみびとなっている。

 ほのかな赤い光が、夜陰にはうつくしい。

「…………」

 忠次の胸中を去来するのは、あの時――秀吉に対して抗弁したことよりも、今のこの、水路が通らない方が困難だな、という思いだった。

「はは……」

 苦笑する。

 誰も聞いていないものの、己のみが聞いている苦笑だった。

「…………」

 相手のいない笑声など、すぐにむ。

 忠次は夜の闇の中の武蔵野に立つ。

 何も見えやしない。

 朝方には見えた、甲武信岳や雲取山のような山々など、なおのこと。

 ただ見えるのは、焚火たきびの残骸、埋火うずみびだ。

 さすがにこんな時間では、あの「枕草子」の始まりの一節のように……。

「あ」

 口をあんぐりと開けた忠次は、そのまま固まってしまう。

 火。

 山ぎは山際

 平坦な武蔵野。

 読みづらい高低差。

 しかし。

「火……火だ。何か、同じ高さの松明たいまつで」

 煌々と照らしてやれば。

 その火の高さを見てやれば。

「通る……通るぞ! 水の通り路が! 高きから低きへの流れる路が!」



 数日後。

 夜。

 工夫こうふたちが、手に松明を持って、水路開削の予定のに、ずらりとならぶ。

「……よし!」

 かしらが、自身も持った松明を高く掲げ、合図とする。

 すると、工夫こうふたちは一斉に、松明を、もう一方の手に持つ棒の上に持って来る。

 その棒は、それぞれ、同じ高さになるように、切りそろえられている。

「いいぞ」

 その松明の線を離れたところから見ていた忠次は、満足そうにうなずいた。

 そして矢立やたてから筆を取り出し、さらさらと、松明のを書き留めた。

「やうやうしろくなりゆく山ぎは、すこし明かりて……か」

 忠次はひとつ。

 始まりをいくつ数えた頃に。

 こういう思いつきがあったのだろうか。

 今となってはわからない。

 だが、これだけはいえる。

「始まりをいくつも数えたからこそ、思いつけた」

 何度も始まりを数え。

 終わりを重ね。

 それでも。

「あきらめないからこそ、先へ進めた」

 これで、この土地の水路は通るだろう。

 また、他の土地へ行って、同じことをせねば。

 そうして、この武蔵野を開拓し、人々の暮らしを安定させる。

 それが、伊奈忠次の使命であり、望みだ。

 そして。

「この忠次で終わらなくとも、またつづく誰かがいてくれれば――その誰かが始まりをいくつ数えた頃に、終わってくれれば」

 言うことはない。


 伊奈忠次。

 江戸幕府成立時の関東代官頭として、武蔵野開拓の先鞭をつける。

 忠次の次男の伊奈忠治や、玉川兄弟、小泉次大夫こいずみじだゆう井沢弥惣兵衛いざわやそべえなどが、それにつづいた。



【了】

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