第9話 北帝国の策略
レベッカと合流した俺とユアは、作動しなくなったロボットの熱が冷めていることを確認すると、比較的外傷が少なく見えたロボを一体、三人がかりで運びながら二階の情報処理室に向かった。
レベッカの話によると、灯りも消さず鍵も開けたままという話で、俺たちが到着するとまさにその通りのありさまだった。
「おかしいな、鍵も閉めずにどこ行ったんだ」
「まったく、不用心にもほどがあるわね。たった今、敵から襲撃を受けたばかりだっていうのに」
「襲撃って、そんな大袈裟・・・・・・っていう訳でもないんですよね」
レベッカは少し落ち込んだ顔を見せる。
「まぁ、そう気落ちすることないわよ。幸い、皆無事だったわけだし」
「でも・・・・・・ユウガ先輩、怪我しちゃって・・・・・・」
レベッカの不安気な表情につられたのか、ユアは棚の上に置いてあった救急箱に手を伸ばす。
情報処理室とは言っても、ここは他の教室と比べて圧倒的に出入りする頻度が高い。そのため、室内には実生活に必要な物が完備されていたりする。
「ユウガ、怪我したところ見せて」
「さっきも言ったけど、大した怪我じゃないよ」
「それでも、手当はしなきゃ」
本当に大した傷ではないが、おそらく制服内にはそれなりの傷跡が残っている。女性二人を前にして衣服を脱ぐというのも、それはそれで少し気恥ずかしさがある。
「帰ったら自分でするよ」
「ダメよ。今すぐ処置しなきゃ、もしものとき大変なんだから」
俺の制服を脱がそうとするユアを振りほどこうとして、身体が密着してしまう。そして、その状況を顔を赤くしながら両手で覆いつつも指の隙間から覗き見ているレベッカ。
こんなところを他の誰かに見られでもしたら、どうするつもりなのだろうか。
そう危惧した矢先に、教室のドアが開く。
「なんだ、騒がしいな。・・・・・・何をしているんだ、こんな所で」
俺とユアを見ながら、ラルディオスはあらぬ誤解をしたかのような目でこちらを見ていた。
「ち、ち、違うのよ? こ、これは」
「遅かったな。どこ行ってたんだよ」
咄嗟に話題を逸らす。俺の経験上、こういうときは慌てて訂正すると逆効果になることが多い。
「・・・・・・すまん、用を足していてな」
ラルディオスはそう言いつつ、室内に運び込んだ図体のやたらデカく目立つロボを凝視する。
「もうっ、ラルディオス先輩がいないせいで大変だったんですよ!」
二階には男性用トイレがないため、一階まで降りて行く必要がある。そこで入れ違いになってしまったのだろう。
「ほんっと、肝心なところで役に立たないわね」
「余計なお世話だ。それで、何があった?」
ラルディオスは椅子に腰を掛けると、俺たちに事態の説明を促した。
「なるほどな。状況は把握した」
「まだ運べてないのが二体あるんだ。お前も手伝ってくれ」
「ああ。となると・・・・・・レベッカ、悪いが寮まで行ってエリーナを連れて来てくれ」
「え? 別にいいですけど、こんな時間からこのロボの分析をするんですか?」
レベッカは疑問を浮かべた表情をする。
確かに、普通なら明日の早朝でも構わないが、下手をすれば事態は一刻を争うと判断したのだろう。
「あいつなら、そう時間はかからないだろうからな。俺たち三人はその間にロボを運ぶぞ」
ラルディオスの言葉を皮切りに、俺たちはそれぞれ移動を開始した。
「で、これがそのロボってわけね」
エリーナと合流した俺たちは、情報処理室よりも広く室内の物が少ない隣の空き教室に三体のロボを移動させた。
エリーナは、手慣れたように破損したロボを直に触れては何かを探しているようだった。
「どうだ?」
「どうだ、って言われてもねぇ。これだけ損傷が激しかったら、ロゴを探すのも一苦労よ」
「ロゴ? そんなのがあるんですか?」
俺も思った疑問を、レベッカが代わりに問いかける。
「これだけ高性能なロボットなら、試作段階にしろ量産されているにしろ、どこかにあるはずよ。あ、でもこれは他のと比べて・・・・・・」
エリーナは、唯一俺が破壊した戦闘用ではないロボの首元に顔を近づける。
「・・・・・・あったわ。皆、ここ見て」
俺たちはエリーナの指差すマークを見る。一見すると、ただの落書きのようにも見えなくはない。
「これは、北帝国で作られたロボットで間違いないわね」
「・・・・・・本当に、間違いないのか?」
北帝国、という言葉に、俺の表情はわずかに曇る。
「ええ、残念ながらね。この首裏のロゴから、北帝国北東部のレフルーズ工場産であることは間違いないわ」
レフルーズ工場、という聞きなれない単語に、ラルディオスを除いた俺たちは首をかしげる。
「レフルーズ工場と言うと、北帝国の発展都市に大きく貢献したところだな」
「あんた、よく知ってるわね・・・・・・って、それもそうか。この学校を牛耳ってるわけだし」
「アホか。冗談を言っている場合じゃないだろう」
ラルディオスは呆れつつも、ロゴを凝視する。
「誰かがロゴに細工を加えた可能性は?」
「ないわね。この学校に常備されてる勝敗判定装置だって、元はレフルーズ工場で作られた北帝国からの輸入品なんだから見間違えないわよ」
なるほど。それで、ラルディオスはレフルーズ工場という単語を、資料か何かで目を通したことがある訳か。
「レ、レフルーズ工場、ね。わたしも、なんか見たことあるかも。うん、そんな気してきたわ」
知ったかぶりも甚だしいユアに、ラルディオスはため息をつく。
「そもそも、ロゴがなくたってこんな高性能な自立型ロボットを開発できるのは北帝国くらいのものだろうしな」
エリーナは、ラルディオスの物言いに目を細めた。
「・・・・・・自立型じゃないわよ、これ。多分どこかで遠隔操作してる奴がいるわ」
その一言に、一瞬にして場が凍り付く。
「きょ、距離はどのくらいなんですか?」
「そこまではわからないけど、そんなに遠くはないと思うわ。少なくとも、学校の敷地内にはいたと考える方が自然ね」
それは即ち、この学校内であのロボットを操作していた輩は学生である可能性が高いということになる。
「それよりも、重要なのは何の情報を抜き取られたのかってことね。ユウガが逃がした球体型の小型ロボットがここにあれば違ったんだけど、ここにない以上は調べようがないわ」
「抜き取られたんだったら、情報管理室のデータを見ればわかるんじゃない?」
ユアの提案に、エリーナは首を振る。
「それもおそらく無理ね。この場合、情報を抜き取られたと言うよりも、コピーして盗まれてそうだし。こんな大掛かりなことをするくらいなら、その辺は細心の注意払ってるはずよ」
「あ、あの」
レベッカが、遠慮がちに小さく手を挙げた。
「こんな事態になってしまった以上、私たちだけで解決するのは無理なんじゃないでしょうか? 幸い、ロゴから犯行は北帝国によるものだとわかったわけですし、それを公表すれば・・・・・・」
「それは駄目ね」
「駄目だな」
「駄目よ。気持ちは分からなくはないけどね」
「えぇっ!? 何でですか?」
俺以外の三人の先輩から否定されたレベッカは、半分涙目で俺に視線を向ける。
少し面倒だが、答えてあげないわけにもいかないだろう。
「理由は二つある。まず一つに、北帝国のロゴが確認できるのは俺が壊した兵器を積んでいない非戦闘用のロボだけだ。これだけなら、北帝国からの輸入品が多いウチが例え公表したとしても、難癖を付けられたりしてごまかされるだけだ。下手をすると、この学校への輸入が今後はなくなるかもしれない」
「そして、二つ目」
俺の言葉から繋げるようにして、ユアが口を開く。
「この学校は、学生だけで運営することで成り立っているの。わざわざそんなことをする意味は、なんでか分かるわよね」
レベッカは、こめかみに指を押し当てながら考える。
「えっと、責任能力や自主性、柔軟な発想に基づく発想力や判断力、その他諸々の能力を養うため、でしたっけ?」
レベッカの完璧と言ってもいい回答に、ラルディオスは頷く。
「その通り、全てが魔剣術使として生きていくのに欠かせない能力だ。学校内で起きた問題を自分たちのみで解決する能力が足りていないと上が判断すれば、この学校の運営方針は変えざるを得ないだろう」
そうなってしまえば、もうこの学校は今までのような自由な活動はできなくなる。
「ただでさえ、学生のみで成り立たせているこの学校の運営に疑問をもつ一般人は少なくないからな」
「な、なるほどぉ」
レベッカは納得した様子で、何度も頷く。
「じゃ、あんたたち今日は帰っていいわよ」
エリーナは、俺たちの話を聞きながら既に作業を進めていた。
「帰っていいって、どうするんだ? 分析したって、もう何も出てこないだろ?」
「何言ってんのよ! 久しぶりにこんな面白そうなオモチャが手に入ったのよ? 隅から隅まで調べて、史上最強のロボを爆誕させてやるわよ! レベッカ、あんたも手伝いなさい!」
「えっ、私もやるんですかぁ!?」
エリーナは、拳を天井に向かって突き出し、いつの間にかレベッカの腕を掴んでいた。その瞳の奥には、何やら今までにないほどの熱が帯びているように感じる。
「おい、ユウガ。こいつは何を言ってるんだ?」
「要約すると、残って作業するってことだろ・・・・・・多分」
「まぁ、好きにすればいいんだがな。程々にしておくよう、お前からも言っておいてくれ」
ラルディオスは、寮へ戻るつもりなのか重そうな腰を上げた。
「あ、待ってくれ。このロボはどうするんだ?」
「少なくとも、剣術祭が終わるまではこの教室に隠していた方がいいだろうな。他学年にまで余計な不安を抱えさせる必要もない」
そう告げると、ラルディオスは鍵を俺に投げて教室を出ていった。
あいつも、相当疲れがたまっているようにも見えたが。大丈夫だろうか。
「さて、俺たちもそろそろ帰ろうか」
ようやく帰宅できる喜びから、俺は少し気の抜けた顔で振り向くと、ユアが険しい表情でこっちを見ていた。両手に、救急箱を抱えて。
「その前に、手・当・て!」
ユアに応急手当をしてもらった後、俺とユアは第二研究棟の前に面した周辺を歩き回っていた。辺りには、三階の割れた窓ガラスの破片が飛び散っていることが確認できる。
「あったわよ。これじゃない?」
俺の探していた場所から少し離れた茂みの中にユアが手を突っ込むと、中から修練剣が出てきた。
「ありがとう、ユア。助かったよ」
「べ、別にこれくらい普通でしょ。そんなことより、早く帰りましょ」
そう言いつつ、俺の制服の袖を引っ張りながら足早に歩き出す。
「そんなに急ぐことないだろ」
「だって、お腹すいたのよ」
「あー、言われてみれば俺も」
思い返してみれば、昼以降ほとんど何も口にしていなかった気がする。
そして、今まで空腹であることに気がつかないほど、無意識のうちに俺の頭の中は様々な思考で埋め尽くされていたことになる。
今回の出来事は、あまりにも気になる点が多すぎる。
学校の重要データを外部に持ち出すにしてもロボットだけでは不可能だ。どうやってあんな大きなロボを学内に持ち込めたのかも不可解な点だが、まず・・・・・・
「・・・・・・ユウガ?」
内部に工作員がいる可能性も十分考えられる。裏で何らかの非常事態が起きようとしてる? だが、そんなことを考えたところでわかるはずもない。
やはり、あの時に仕留めそこなった小型の球体ロボが悔やまれる。クソッ、何をやっているんだ、俺は──
「ユウガっ!」
「っ!?」
ユアの呼びかけに思わず声が出てしまいそうになると同時に、足早になっていた歩みが止まっていることに気づく。
「もうっ、考えたって答えなんてすぐには出ないわよ。警戒することに越したことはないけど、まずは一端落ち着いて、帰っておいしいご飯でも食べてよく睡眠をとってから! 考えるのはそれからでも遅くないはずでしょ?」
ユアの言う通り、ここで考えこんでも気が滅入るだけだ。
「そ、そうだな。ごめん、考えたって仕方ないよな」
「まったく、ほっといたらずっと考え込んでそうで心配になっちゃうんだから。休むときは、しっかり休まないと」
「もうほんと、おっしゃる通りで・・・・・・」
そんなやり取りで気を緩めつつ、俺とユアは暗い夜道を歩いていく。
どこか違和感の抜けきらない、そんな不安に目をつぶりながら──
──同時刻。
北帝国・中央区に聳え立つ巨大な軍指定管理施設。
通称──ハテリアの塔。創設八十九年の歴史を誇るこの建造物は、五十の階層から構成され、四十階層以上には北帝国領土内でも有数の権力者、及び関係者のみが立ち入ることを許されている。
一階層毎の施設内面積・設備共に充実しており、内装も清掃が行き届いて清潔さも保っているのは良心的だ。
一言で表すと、ここは北帝国軍に属するあらゆる分野で栄誉を手にしてきた者達が集う、帝国内屈指の軍事施設である。
「はぁ」
肩まで伸びる赤みがかった茶髪を手櫛でとかしながら、シエスタ・グレイリーはため息をついた。
彼女の乗る施設内のエレベーターの表示階層は22、23と、静かな上昇音と共に移り変わるが、それを確認することなくガラス越しの外の景色を眺める。
上から眺める外の世界は、いくつもの眩い光に照らされてとても美しい。瞬く間に光の景色は遠のき、エレベーターが指定階層へ到着したことを知らせる効果音が鳴った。
四十七階層。シエスタは、四十階層以上の高階層へ訪れるのは初めてのことだった。
「しっかりしろ! 大丈夫、大丈夫っ!」
両頬を叩き、自らに鼓舞すると一度深呼吸してから歩き始めた。
見たところ、施設内を徘徊している人物はいない。それもそのはず、四十五階層以上は北帝国軍の中でも選び抜かれたごく少数のエリートのみが立ち入ることを許されている。
自分がこのような場所に不釣り合いな人間だということは、彼女が一番分かっていた。それでも、シエスタはめげることなく資料の端にメモした番号を何度も確認しながらある部屋を探し始める。
「えっと・・・・・・あ、この部屋だ」
メモした番号と部屋番号が一致しているのを確認すると、もう一度だけ深呼吸してからドアをノックした。
「どうぞ」
部屋の中から自分よりも若い少年のような声が聞こえ、心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。
「失礼します」
ドアを開けて、一歩前へ踏み出すとその勢いのまま名乗りを上げた。
「本日よりクレアル・リヘルダル大佐の専属秘書を務めさせていただくよう仰せつかりました、シエスタ・グレイリーです! 至らぬ点もあると思いますが、精一杯頑張らせていただきます! よ、よろしくお願いしますっ!」
「これはご丁寧にどうも。クレアルです」
シエスタの挨拶にさして関心もないのか、クレアルは椅子に座ったままデスクで何かの資料に目を通しているようだった。
シエスタは、クレアルの顔を直接拝見することは初めてだったが、年齢やある程度の経歴は知っている。
クレアル・リヘルダル大佐。年齢、十五歳。一年前に史上最年少で北帝国軍大佐に就任した、我が軍が誇る正真正銘の天才魔剣術使。
「座っていいですよ」
クレアルは、シエスタに目先のソファーに腰を下ろすよう促してくる。
「し、失礼します」
取り敢えず、言われた通りに腰を掛けた。ソファーは今まで座ってきた中で一番の座り心地で、思わず声が出てしまいそうになるのを必死に抑える。
「ええと、シエスタ・グレイリーさん。年齢、二十二歳。・・・・・・ふむふむ、なるほど」
クレアルは、シエスタ・グレイリーについての資料に目を通す。まるで、これが初めてかとでも言うように。
「あの・・・・・・ご覧になってなかったんですか?」
「そうですね。中々忙しくて」
クレアルはマグカップに口をつけて液体を流し込むと、資料を置いた。
「まぁ、配置換えみたいなものですからね。僕が決めたわけでもないですし」
「そ、そうですか」
「何か飲みますか? 大したものはありませんが」
そう言い、席を立つとポッドにお湯が残っているかを確認する。
「あっ、あのっ」
シエスタは、クレアルに思い切って質問してみることにした。
「お言葉ですが、本当に私などに務まるのでしょうか? こんな、リヘルダル大佐の秘書なんて大任が、私に・・・・・・」
「そう悲観することないと思いますけどね。十分、優秀そうですし──あと、僕のことはクレアルでいいですよ」
「苦手なんです、堅苦しいのは」と、そう一言だけ付け加えてクレアルはシエスタに淹れたてのコーヒーを差し出す。
「あ、ありがとうございます・・・・・・あっ、おいしい」
「それで、こんな夜分遅くにわざわざここへ来たというには、何か用があったんじゃないですか?」
クレアルは何もかもを見通していそうな瞳で、シエスタを見た。
「は、はい。ワーモルト少将が、これをクレアル大佐にと」
ポケットから取り出した小型のメモリーチップをクレアルに渡すと、シエスタは安堵する。彼女にとって、これががワーモルト少将直々に言い渡された初指令だった。
「これは?」
「剣術祭のための参考データだそうです。おそらく、映像データかと」
「剣術祭?」
シエスタは見慣れたチップの形状から、映像データであることは見て取れた。
しかし、中身がどのようなものかは知らない。反応を見るからに、それはクレアルも同様のようだった。
「あ、あの。私はどうすれば・・・・・・」
クレアルが映像を映し出すために必要な機器を準備する間、手持ち無沙汰になったシエスタはこの部屋にいていいのか疑問に思う。
しかし、用を終えたシエスタを無理に追い出したりはしなかった。
「せっかくなので、一緒に見ましょう」
「よろしいのですか!?」
ソファーから立ち上がり、目を輝かせるシエスタにクレアルは怪訝な表情をする。
「・・・・・・凄い食いつきですね」
「あ、すみません」
シエスタは、無意識のうちに声量が大きくなってしまったことを心の中で反省する。
「剣術祭と言えば、三年連続で優勝してる人がいましたね。確か名前は」
「ラルディオスをご存知なんですか?」
クレアルが声に出す前に、シエスタはその名を口にした。
「まぁ、有名ですからね。いくら国外情勢に疎い僕でも、そのくらいは知ってますよ。聞くところによると、かなりの強さだとか」
そう話しつつ、クレアルは用意した映像出力機器から伸びる最後のコードをモニターに繋げる。
「そ、それはそうですよ! ラルディオスと言ったら長い歴史を誇る四大国の剣術大学校始まって以来の逸材ですから! いくらクレアル大佐でも・・・・・・あっ」
思わず余計なことを口走ってしまい、手で口元を覆い隠す。
しかし、それをするには既に遅く、クレアルはシエスタに微笑むように、それでいて瞳の中にぞっとするほどに冷たいものを宿した視線を向けていた。
「まるで、この僕が負けるとでも言いたげですね」
シエスタは、首がもげそうになるくらい必死に首を横に振った。
「と、とんでもないです! ただ、クレアル大佐はまだお若いので、その、体格的な面や戦闘面での経験を含めるとあちらに少し分があるかと思っただけであって」
「それは、遠回しに僕がチビだと言っているようにも聞こえますが」
シエスタの心臓の鼓動が僅かに早まる。
いくら見た目が少年でも、クレアルは北帝国軍で多大な権限を持った重役の1人であり、北帝国第二区域管轄の司令官も兼任している大佐である。
シエスタが同僚から聞いた話では、他の大佐と比べても一対一の戦いでは実力が頭一つ抜けているだとか。
「冗談はこの辺にして、さっさと映像を見てしまいましょう。あなたの好きなラルディオスが映っているかもしれませんし」
クレアルのからかうような物言いに、シエスタは頬を赤く染める。
そして、映像がモニターに映し出された。
モニターに映し出された映像は、クレアルとシエスタが見たことのない場所だった。
「音量を調節しますね」
クレアルがダイヤルを回すと、最初に聞こえてきたのはざわつき声。観客席から撮ったであろう映像から察するに、どこかの会場であることが窺える。
「なんでしょうか、これ。剣術の試合・・・・・・?」
「・・・・・・」
観客席の下には、二人の若い男女が剣を構えている。
「この制服、東都剣術大学校の学生たちですね」
「でも、残念ながらあなたの敬愛するラルディオスは映ってないように見えますが」
「べ、別に敬愛しているわけじゃ・・・・・・」
「あ、始まりましたよ」
ブザーが鳴り、赤髮の女性と銀髪の男性が剣を交える。
剣術の攻防から、この二人のレベルが高いことは一目でシエスタにも理解できた。
「見たところ、特殊な剣を使用しているみたいですね。あれでは魔剣術の強みを存分に生かせない」
クレアルは、冷静に分析を始める。
「なぜ、そんな剣を使用しているんでしょうか?」
「・・・・・・おそらく、魔剣術に頼り切った戦いよりも頭を使った戦略性をこの学校は重視しているんでしょう。これなら、単純な剣術を使った対人戦の戦闘技術も身につけることができますし、怪我の危険性も抑えることができる」
一本目の勝敗を判定するブザーが鳴り響いた。
「噂のラルディオスがこの二人よりも強いというのなら、ウチの剣術大学校の学生が毎年歯が立たないのも頷けますね」
クレアルは、ソファーから立ち上がった。
「僕はもう十分です。まだ見たいのなら、ご自由にどうぞ」
興味をなくしたのか、クレアルはシエスタにリモコンを渡した。
「いいのですか? もしかしたら、この先に何か重要な映像が映ってるかもしれませんよ?」
「その可能性もなくはないですが、この映像を見せるように言ったのがワーモルト少将というのが信用できません。彼は気分屋なところがありますから」
そう言い切り、デスクに戻ろうとする。
その直後、クレアルは視線だけ動かして映像を見ると、足を止めた。
それは、偶然だった。
「・・・・・・? 今のところ、もう一度再生してもらえますか」
「え? いいですけど、今は試合が止まっていますよ?」
シエスタはリモコンを操作して、映像を戻した。
「ここです! 止めてください!」
慌てて、シエスタは映像を止める。
しかし、映像には何ら変わったことのない、対面の観客席が映ったものだった。
「か、拡大してください! 端に移る、黒髪の学生です!」
「えっと、ここをこうして・・・・・・」
金髪の女学生と並んで座った、男にしては長い黒髪の学生を拡大する。画質が高解像度に整うまで、クレアルは目をひと時も離さなかった。
そして、画面に映し出された映像が整うと、クレアルは目を見開いた。
「・・・・・・な、なぜ、この人がこんな所に・・・・・・」
愕然とした表情で、クレアルは画面を見続ける。
シエスタには何のことかさっぱりわからず、眉をひそめた。
クレアルはよろめきながら、ソファーへ腰をつける。
「ふふふっ。なるほど、ワーモルト少将も人が悪い」
拳を強く握りしめるクレアルは、何かを決心した顔をする。
その表情は、どこか喜びを隠せずにいるようにシエスタの目には映った。
「決めました」
「・・・・・・? あの、ク、クレアル大佐・・・・・・?」
「この剣術祭とやらに、僕が出場できるようにしておいてください」
「え、ええっ!? クレアル大佐が出場なさるんですか!?」
剣術祭は、あくまで学生間で行われる催しだ。北帝国帝立剣術大学校の学生ではないクレアルが出場できるはずない。
そう考えを巡らせたシエスタを一蹴するかのように、クレアルが背筋を伸ばす。
「そうと決まれば、東王国行きの準備を始めなくては。ふふっ、面白くなってきましたね」
クレアルは不敵な笑みを浮かべながらその場を立ち去るために動き出す。
シエスタはしばらくの間その場を動けず呆然とした様子で立ち尽くしていたが、すぐに我に返りクレアルの後を追いかける。
「ま、待ってください、クレアル大佐っ?! そんなこと、勝手に決められても困りますよぉっ」
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