第11話 最悪の事態
剣術祭前日にも関わらず、一人で研究室に籠っていた俺はラルディオスから緊急招集をかけられ、急いで七号館に移動を始める。
機材を片付け終わってからすぐに研究室を出たが、学校敷地内の真逆方向に位置する七号館に行くにはどうやっても時間がかかるため、俺は遅刻を覚悟していた。
剣術祭前日に招集・・・・・・それも十日前のただの召集とは違い、今回は緊急召集だ。
なんだか、良くない胸騒ぎがした。
七号館の指定された、十日程前にも召集がかけられたときと同じ教室の引き戸を開けると、そこにはまだ十数人ほどしか集まっていなかった。
「来たか・・・・・・」
ラルディオスは、椅子から立ち上がると俺を一瞥した。
なんだか、酷くやつれていて疲弊しきっているように感じる。
どう見ても、普通の健康状態ではない。
「だ、大丈夫か・・・・・・? 流石にちょっと休んだほうがいいんじゃ・・・・・・」
「俺なら大丈夫だ、何も問題はない。そんなことより、ユアはどうした?」
「ああ、ユアは学年代表会議があるって言ってたから少し遅れると思う」
「なるほど・・・・・・つまりこれで全員揃ったということか」
ラルディオスの発言に教室中が僅かにざわめいた。俺にも、ラルディオスの言っていることの意味がわからなかった。
ユアを除いてまだ十九人しか教室に集まっていない。
「おい、そろそろ説明しろ。剣術祭前日にわざわざ呼び出すってことは、ただ事じゃねぇんだろが」
ギンジはラルディオスに詰め寄る。
ラルディオスは、ギンジの質問に答えるように丁寧に話し始めた。
「最初に言っておく。今ここにいないユア以外の二十名はつい先程に南共和国へ旅立ったため、明日の剣術祭には顔を出せない。南共和国から、手配中の犯罪集団の居場所を突き止めた報告が入ったため、その排除に向かわせた」
「なっ、何よそれ!?」
このことに驚いて一番に声を上げたのはエリーナだった。
「あ、あたし、今日の朝にシェリーと話したけど一言もそんなこと言ってなかったわよ!」
「他学年に情報が漏れて変な不安を抱えさせないよう、念のため黙秘するように言っておいたからな。それから、南共和国へ向かってもらった者たちの人選だが、シェリー、フラストマン、カルマネ、シリウス、ヴァルトの五人を主軸とした、実力のある者たちを選出したつもりだ」
エリーナは不安そうな顔で肩を落とす。
「だ、だからシェリー、今日元気なかったんだ・・・・・・」
ここにいない者たちを考えると、選出されたのは全員、文句なしの実力派魔剣術使たちだ。
だからと言って、安全とは考え難い。
これは模擬実習などではなく、紛れもない実戦なのだ。場合によっては、命を落とす危険性も・・・・・・いや、考えるのはよそう。今は、それよりも──
俺の思っていた疑問を、ニコリルが先に口にする。
「でも、少しおかしくないかな? なんで、わざわざ南共和国に・・・・・・? 言ってはなんだけど、それは南共和国の問題だよね? いくらここの学生が優秀だからといって、そんなことまでする義理はないんじゃないかな・・・・・・それも強制命令なら、僕らは従うほかないけど」
「当然の疑問だな。だが、今回のは強制ではない。理事長の留守により、これは俺の独断で決定したことだが、理事長でも俺と同じ判断をなさっていたはずだ。なぜなら」
ラルディオスは懐から一枚の指名手配写真を取り出し、俺たちに見せた。
「南共和国に出た犯罪集団のリーダー格が、こいつとの情報が入ったからだ」
「あーーー!! そいつ知ってる! なんか見たことある! えっと確か・・・・・・剣術祭でラルディオスにボコられてた奴!」
エリーナは頑張って記憶の蓋を開けようとしたが、出てきたのは本当に知っているのか怪しいくらいの情報だった。
確かラルディオスが二学年のとき、四学年の代表として剣術祭に出場して二回戦でラルディオスに瞬殺されてた奴だ。俺にも、そのくらいの記憶しかない。
「その通りだ。リーダー格が東都剣術大学校の卒業生であれば無視はできん」
「そんなの、この学校の卒業生にやらせればいいじゃない」
「あくまで指名は東都剣術大学校に在学中の学生だ。その理由は、大きく分けて二つある。一つは東王国内各地で賊による集団犯罪が多発していること。これもおそらくは同一の犯罪グループ、もしくは同盟下の組織だと考えられる」
「つまり、卒業生の先輩たちはその業務や後始末にかかりっきりで手が離せないってことか」
俺は納得し、さらに一言だけ付け加える。
「もう一つは、言うまでもないって感じだな」
「・・・・・・例年、魔剣術使の人数減少に伴ってその質も低下している。俺たちがこの学校に入学してから急激に犯罪比率が低下したからか、各地方では魔剣術使の勤務態度の悪さが目立つと噂もある」
ラルディオスを中心とした、今年の四学年が豊作であることは周知の事実だ。
南共和国側も不安の抱えた卒業生よりも、在学生に任せた方が安心だと考えたのだろう。
そして、ラルディオスは一呼吸おくと、続けてとんでもないことを言いだした。
「それでは今から本題に入る。まずギンジ、お前は明日の剣術祭に出ることができなくなった」
「・・・・・・あ?」
今まで興味のなさそうな顔で話半分に聞いていたギンジの目の色が変わった。ラルディオスにゆっくり歩み寄り、胸ぐらを掴む。
「おい、どういうこったよそれは! 俺が剣術祭に出られないだと!? 冗談でも許さねぇぞ、てめえ!!」
ラルディオスは抵抗することもなく、胸ぐらを掴まれたままの状態でギンジに話し始めた。
「ギンジ、お前は登録剣使用申請書を提出して東王国政府の登録剣管理部から使用許可を一週間前にもらったな。それは俺も一緒に確認したから間違いない・・・・・・だが、いつまでたってもお前の登録剣が学校に届くことはなかった。不審に思った俺は三日前に政府に問い合わせたが、そんな報告には覚えがないの一点張りだった。なら、今からもう一度申請書を提出させる、最悪、ギンジの登録剣が届くのは剣術祭当日の朝でも構わないと連絡しようとしたが・・・・・・それ以降、音信不通となった」
「なら、なんでそれを俺に言わねえ! 三日前には分かってたんだろ!? それならッ」
ギンジはラルディオスを責め立てようとするが、言葉は途中で途切れる。
ラルディオスの疲弊しきった様子に、衰弱した顔。
この状態を見たら、そしてラルディオスという男がどんな奴かを知っていれば、今まで何をしていたのかくらい予想がつく。
おそらく、飲まず食わずでギンジが剣術祭になんとか出場できる方法を模索していたはずだ。
ギンジに剣術祭に出れなくなったなど、とても言い出せなかったのだろう。
ラルディオスは力のない声でぼそりと呟いた。
「・・・・・・すまん」
虚しく教室に響く小さな声を聞き、ギンジはラルディオスを掴んでいた手を離した。
「・・・・・・クソがっ!!」
ガンッ、と大きな音をたててギンジに蹴られた椅子が倒れる。普段ならその乱暴な行動に注意する者も出てくるが、今回ばかりはそれどころではない。
「ね、ねぇ・・・・・・それって大問題じゃないの? 王国政府機関が滞るって、もう剣術祭どころの話じゃ収まらないけど・・・・・・」
剣術祭委員長のプルシェリカは流石に黙っていることができなかったのか、ラルディオスに疑問をぶつける。
「ああ、その通りだ。だから、この三日前からサヤにも協力してもらいながら情報収集を開始した。だが、東王国の政府機関に関する情報ともなると学生の身分である俺たちのみでは中々自由が利かなくてな。普段なら考えもしないことだが、緊急事態であるが故にやむを得ず、俺とサヤは理事長室に侵入した。登録剣管理部に関するデータなら理事長室にも何か残されている、そんな藁にも縋る思いで、俺とサヤは機密情報を漁った。・・・・・・だが、いくら探しても俺たちの知りたい情報は得ることができなかった」
ラルディオスの低い声音は、いつも以上に静まり返った教室に虚しく響く。
「気力と体力に限界を感じていたが、どうしても諦めることができなかった俺は、サヤを休ませた後も一人で理事長室を調べていた。・・・・・・そして、ある事実が発覚した」
ゴクリ、と誰かの生唾を飲む音が聞こえた。
俺も、ラルディオスの言葉の続きをわずかに緊張しながら待つ。
「──単刀直入に言う。今回の剣術祭で優勝者がここの学生でなかった場合、つまり、北帝国側に優勝を譲ってしまった場合・・・・・・俺たち東都剣術大学校の全学生、百六十二名は北帝国へ売られることになった。登録剣の使用申請許可が下りなかったのは、俺たちの中から出場できる学生の選択肢を減らすためだろう」
一瞬の沈黙の中、誰かが声を震わせながらラルディオスに質問した。
「う、売られる・・・・・・ってどういう意味?」
「そのままの意味だ。個人で勝手に想像してくれ」
売られる。つまり、人権がはく奪されて奴隷になる、もしくは・・・・・・。
ラルディオスのその一言に質問の嵐が押し寄せられる。
「ちょっと待ってよ、話の全貌が全く見えてこない・・・・・・私たちが売られる? なんで? そんなことしたって、この国になんのメリットもないじゃない!」
「そうだよ、僕たちは魔剣術使・・・・・・未来の東王国を担う重要な役職だろ! ただでさえ人手不足のこの学校の全学生を、よりによって北帝国に売り飛ばすなんて正気じゃない!」
「落ち着け、お前たち」
ラルディオスの声も聞かず、各々が声を荒げる。
「そもそも、そんなの誰が決めたんだ」
「話が飛躍しすぎてる」
「弁論の余地もないわけ? 決定事項ってこと?」
「これがホントだとしたら、俺らに決定権なんてあるはずないぜ・・・・・・だって」
「話が抽象的すぎて、口を挟む余地もないわね。私たちのことを物か何かと勘違いしてるんじゃないの? これだから、政府機関は」
ざわつき出す教室中を、ラルディオスはしばらくの間、無理に止めようとはしなかった。
それぞれが口に出しているのは、あくまでも疑問だ。
俺たちの扱いが雑で人権を無視したものであることには取り敢えず目をつぶるにしても、こんな事をする意味が考えられない。
「おい、少し落ち着け。お前たちの言いたいことはよくわかるが、まだ話は終わっていない。質問は俺の話を全て聞き終えてからにしてくれ」
質問が止むと、ラルディオスは一呼吸置いて話し始める。
「正直なところ、俺が見た電子文書は理事長が行方不明になってから届いたもので、既にウイルスに汚染されていてな。文字化けが酷く、解読できた箇所は残念ながら少ない。俺たちが北帝国になぜ売られるような事態に追い詰められているのか、それは俺にも分からない。北帝国と東王国の間で何らかの取引があったのか、依然として謎のままだ。だが、俺たちにはそんなことを考えている時間がない」
ラルディオスが教卓を強めに叩き、重い空気が一層の緊張間をもたせる。
「いいか、よく聞け。まだ、俺たちが売られると決まった訳ではない・・・・・・が、状況は最悪だ。まずは登録剣についてだが、これが一番まずい。使用許可が下りない以上、現在、個人で管理している者の中から剣術祭代表者を改めて選出しなければならない。ここに残っている者で登録剣を個人で管理している者は二名のみだ。他にも四人いたが、そいつらは南共和国に向かってもらった。南共和国に向かわせた二十名はこの事実が判明する直前に決めたことだが、相手が魔剣術使を含めた犯罪者たちである以上、手を抜いた選出はできない。どちらにせよその四名は南共和国に向かわせていたはずだ」
登録剣は個人の魔剣術を最大限に生かすために必要不可欠だ。
だから、定期的に本人が手入れをすることが認められている。それが運のいいことに六名いて、そのうちの手練れ四名を向かわせたということか。
下手をすれば死者が出る可能性もある状況下でその選択をしたのは、決して間違いではないだろう。
エリーナが手を挙げて、ラルディオスに質問する。
「他の学年は? 四学年以外でも優勝者が東都剣術大学校の学生であれば問題はないのよね」
「その通りだが、東都剣術大学校の四学年以外の各学年から選ばれた代表者三名は北帝国の諜報員であることが発覚した。剣術祭でその三名はなんの力にもならん」
「・・・・・・なによそれ・・・・・・無茶苦茶じゃない・・・・・・」
エリーナの言う通りだ。こんな事がまかり通っていいはずがない。
「入学前に提出する身分証明書類に厳密な審査が下されるのは周知の事実だ。本来なら諜報員の疑いがかけられるような不審人物はまず入学できない。だが、逆に言えば嘘がなければその審査は上手くくぐり抜けることが可能ということだ。俺が予想するに、ほとんどの経歴が事実で塗り固められ、諜報員と怪しまれそうな僅かな情報だけを都合よく改ざんしてな」
静まり返る教室内で、ラルディオスが話をまとめながら進める。
「先程も言った通り、南共和国に向かったあいつらもほとんどが登録剣を預けたままにしていたからな。使用申請許可が下りない以上、代わりのできるだけ上等な剣を持って出発してもらった。だが、剣術祭に限ってはそういうわけにはいかん。今いる登録剣が使用可能な二名から出場者を選び、そいつに優勝してもらう以外に打開策がないのが現状だ」
「で、その二名ってのは、誰なんだよ」
大人しく聞いていたギンジが、ラルディオスに皆が一番聞きたいであろう質問をする。
「・・・・・・エリーナと、ユウガだ」
教室中の視線が俺とエリーナに集まる。
ギンジも、妙に納得したような顔で舌打ちをした。
「事態は一刻を争う。今からこの二人から多数決で選んでもらうが、異論はないな」
一瞬、教室内の視線がエリーナではなく、俺のみに集められる。
「いや、異論って言うか・・・・・・」
「そもそも、ユウガって戦えるの・・・・・・?」
誰かが、ぼそりと呟いた。
だが、それ以上何かを発言する者は現れなかった。
挙手制によって行われた簡易的な多数決はすぐに決まった。
エリーナに手を挙げた者は十五名、手を挙げなかったのは当事者である俺とエリーナ、この場に居合わせていないユア、ラルディオス、そして意外にもギンジの五人だった。
「エリーナ、頼めるか?」
「・・・・・・う、うん。大丈夫、任せて・・・・・・」
普段は陽気なエリーナも、今回ばかりは顔が真っ青になっている。
とても大丈夫と言えるような状態ではないことは、誰が見ても明らかだ。
「なら、この出場名簿に登録名と登録剣の正式名称、それから拇印を頼む」
エリーナはペンを持ち、登録名を書こうとするが手が震えているのか上手く書けないようだ。
だが、エリーナも決して弱くはない。魔剣術を中心とした戦闘能力ならむしろ高いほうだ。
四学年の中でならいざ知らず、優秀な魔剣術使が軍人として引き抜かれている衰えた今の北帝国帝立剣術大学校の在学生なら十分に優勝を狙えるはずだ。
だから──俺の出る幕など、最初からない。
ラルディオスは傍観していた俺に一瞬だけ視線を向けた、そんな気がした。
そして、あろうことか耳を疑うような衝撃の情報を付け足した。
「一つ付け加えると、送られてきた情報から察するに北帝国帝立剣術大学校の学生は出場してこない。剣術祭に出てくる北の奴らはどれも軍人だ。俺の予想では・・・・・・おそらく、幹部の上位層だろうな」
ラルディオスからの情報を聞き、エリーナの身体が震えたように見えた。
それとほとんど同時に、その一言が俺の止まっていた足を動かしていた。
俺はエリーナの手首を掴み、名簿に記入する動作を止める。
「ユ、ユウガ・・・・・・?」
エリーナは俺の顔を見上げながら震えた声音で俺の名前を絞り出す。
だが、その言葉に反応する余裕もないほどに、俺の中に激しい怒りがこみ上げてくる。
「ラルディオス・・・・・・お前、エリーナを殺すつもりか」
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