第6話 変わり者たち

 七号館は、東都剣術大学校の敷地内西側に位置する建物の名称だ。敷地内にはいくつもの校舎や研究棟があり、それそれ番号が振られている。


 七号館の内装自体は他の校舎とそれほど変わらないが、いくつか異なる点がある。


 まず、建物の老朽化が著しい。敷地内にある他の建物が改装工事を重ねているのに対し、七号館は建築されてからほとんど手を加えられていない。


 よく言えば歴史ある構造物、悪く言えば古びた撤廃寸前のボロ校舎。


 掃除自体はこまめにやっているとは言え、建物自体の古さは変わらない。


 だが、そんな七号館にもメリットがある。


 東都剣術大学校の学生が掃除以外の目的で七号館を訪れることはまずない。

 ただでさえ学生数が少ないこの学校で人が寄り付かないとなると、学校内とは信じられないほどに静かだ。


 この校舎での招集とういことは、他の学年に知られたくない用件である可能性が高い。


 放送を聞きつけた下級生が聞き耳を立てに来る可能性もない訳ではないが、わざわざ四学年全員を敵に回すような行動をとる輩はいないだろう。


 とにかく、この招集が面倒ごとではない事を祈るばかりだ。





 俺、ユア、エリーナの三人は七号館の四階にある指定された集合場所の教室前に到着した。


 引き戸を開けると、既に何人もの学生が入室していることが確認できる。


 教室内に机や椅子の類はいくつかあるものの、数が少ないため、自然と壁際に寄る形になって全員が集まるのを待っている状態だった。


 招集とは言っても、緊張感があるようには感じられない。各々が世間話やこの後の予定などの雑談に花を咲かせていた。


 呼び出した張本人のラルディオスはまだ来ていない。


 俺たちに続き、少しずつ教室に人が集まりだすが、その中の一人が俺に勢い良く肩を組んできた。


「おっすおっすユウガ~、元気してたか?」


 男にしては少し長い焦げ茶色の髪に黒のメッシュが入り交り、耳にはピアス、ボタンが二つ大きく開けられたシャツから見える胸元には首まで続く黒い刺青が入っている。


 声をかけてきたのは四学年で最も問題視されている男、ヴァルトだ。


「『おっすおっす』じゃないだろ。入学式にも顔出さないで、どこほっつき歩いてたんだよ。それに、なんか酒臭いし」


 俺はヴァルトを引きはがそうとすると、深い溜息交じりに不満をぶつけ始めた。


「いやぁ~、それがさぁ聞いてくれよ! 昨日の夜ひっかけた女と飲んでたらそのまま泥酔しちまったみたいでよぉ! 起きたらもう昼過ぎで、有り金全部すられてたんだぜ・・・・・・やってらんねえよまったくよぉ」


 相変わらずというか、何というか。ヴァルトのこの感じを見ると、四学年になった実感が全く湧かない。それに、こいつに至っては休暇が明ける度に同じことを繰り返してる気もする。


「ユウガ、今晩飲みに行かねぇか? ナンパしようぜナンパ! 進級祝いにパーッとよ! お前がいてくれると女たちの食いつきもいいんだよ! な、頼む!」


 パンッ、と両手を目の前で合わされるが、悩む暇もなくユアの拳がヴァルトの脳天に叩き込まれた。


「いっっってええぇぇ!? なにすんだこの怪力女!?」

「それはこっちのセリフよ。ユウガを変な遊びに付き合わせようとするの、やめなさいよね」


 周囲にいる何人かの視線が一瞬だけ二人に集まるが、見飽きた光景なのだろう。それほど興味を示そうともせずに、それぞれの会話へと戻っていく。


「お、おいおい・・・・・・たかがナンパだぜ? ユウガだって女遊びの一つや二つ経験して成長すんだよ! 今日くらいいいだろ? な?」

「ダメに決まってんでしょ! ユウガは優しいから断らないかもしれないけど、その優しさに付け込んでいいように利用しようとしてるあんたみたいな女たらしには虫唾が走るわ!」

「そ、そんなこと言わねぇでさぁ、頼む! 今日で最後にするからよぉ!」

「絶対に駄目」


 ユアの断固拒否宣言を聞いたヴァルトは、何かを怪しむような表情で俺とユアを交互に見る。


「今日はやけにガードがたけぇな。ひょっとして、お前ら休暇中に・・・・・・」


 ヴァルトの意味深な発言を聞いたユアが、それを否定する。


「わ、わたしとユウガはただの・・・・・・とっ、友達よ! 変な勘繰りしないで!」

「ふ~ん、へぇ~そーかそーか、ただの友達かぁ~、ほ~ん」


 ヴァルトのわかりやすい挑発に、透かさず顔面へ目掛けたユアの拳が飛んでくるが、ヴァルトはしゃがんで回避する。


「あっぶねぇ! 人に向けていい拳の速度じゃねえだろそれ!」

「うっさいわね。あんたが余計なこと言ってくるのが悪いんでしょ!」

「んだとっこの・・・・・・ッ」

「はーい、そこまで」


 完全に油断していたヴァルトの背後から閃光にも似た手刀が飛んできた。


「あ・・・・・・が・・・・・・っ」


 ドシャリ、と音を立てて床に倒れ込むとヴァルトはそのまま動かなくなる。


 いや、よく見ると微かにピクピクと動いている。いつもなら全く動かなくなっていることを考えると、耐性がついてきているのか、それともただ痙攣しているだけか。


 後者なら次回に期待だ。


 艶やかな淡い水色の髪をなびかせながら、シェリーが申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「ごめんなさいね。ヴァルト君がまた馬鹿な真似しちゃって」

「・・・・・・あなたも大変そうね、シェリー」


 慣れたようにヴァルトをそのままズルズルと引きずっていく彼女の名は、シェリー。

 長い髪をなびかせ、貴族のように気品ある仕草から近寄りがたいというのが俺の初めて会ったときの印象だった。


 今ではしっかり者のお姉さんという印象が強く、学年を問わず人望が厚い。


 彼女は東都剣術大学校の風紀委員長でもあるため、ヴァルトなどの問題児を監視しておく必要があるのだろう。


 そういえば、さっきから大人しくしているエリーナはどうしたのだろうか。

 そう思い、俺はこの教室に入ったときには、隣りにいたはずのエリーナを探す。


 すると、教室の端で目を見張るような光景がそこにはあった。


 片膝を付き、エリーナと向き合っている美しい容姿をした白髪の青年は、両手で抱えなければ持てないほどに大きな花束を、エリーナに差し出している。


「エリーナ・・・・・・これを、受け取ってくれるかい?」

「・・・・・・? どういうつもり?」


 目に見えるように困惑した表情のエリーナに対し、臆すことなくシリウスは言葉を続ける。


「美しい君に出会えた日は、いつでも僕にとっての記念日なのさ」

「・・・・・・まぁ、くれるって言うなら、ありがたく頂戴しておくわ」


 呆れた様子のエリーナに対し、花束を渡すと満足げな表情で立ち上がる。


「では、僕はこれで失礼するよ。エリーナ、また今度ゆっくり話そうね」


 屈託のない笑みを浮かべ、シリウスは戸を開けて廊下へ出ようとする。


「お、おいシリウス? まさか、寮に戻る気か?」

 思わず引き留めようとするが、こんなことに意味はないと、初めから分かっている。

 なぜなら、この男もヴァルトには及ばないものの、問題視されている学生の一人なのだから。

 

「ははっ、当たり前さ。そもそもこんなつまらなそうな会議に僕が出席する義務なんてどこにもないのだからね。エリーナの美しい顔を見に出向いたまでさ」


「お、俺も今日は寮戻って薬飲んで大人しく寝るわ・・・・・・頭いてぇんだ」


 いつの間に目覚めたのか、ヴァルトは後頭部を叩きながらおぼつかない足取りで歩いている、

「ヴァルト。お前、大丈夫か」


 流石に心配になった俺は、ヴァルトに声を掛けると肩を組まれた。


「ユウガ・・・・・・お前、よくあんな凶暴な女とつるんでられるよな。尊敬するぜマジで」

 記憶の混濁が見られる。さっきのシェリーからの手刀で気絶したことを覚えていないみたいだ。もしかしたら、ユアに意識を刈り取られたとでも思っているのかもしれない。


「そうか? 俺といるときは普通だし、ヴァルトには当たりがキツいだけじゃないのか」

「・・・・・・」


 説明するのも面倒だから、適当に話を流す。

 ヴァルトはかなり渋めの表情で肩を落とし、辛そうな蒼白した顔色で頭を抑えながら、ヨロヨロとした足取りでシリウスに続く。


 自業自得と言えばそれまでだが、流石に不憫に見える。


「シリウス、わりぃけど、寮の前まででいいから肩貸してくんねぇかぁ」

「うわっ、酒臭いな!」


 シリウスはあからさまに嫌そうな顔でヴァルトを見る。


「まったく君は、仕方ない奴だなぁ・・・・・・ほら」


 シリウスが人助けをしている。しかも、相手は酒臭いヴァルト。シリウスは臭いのとか汚いものが大の苦手だったはずなのに、あいつにも優しいところがあったのか。


 俺はてっきり、シリウスはエリーナ以外の人に対して無情なほどに興味がなく、友情や馴れ合いなどとは無縁の男だと思っていた。


 しかし、今の彼はどうだろう。あのシリウスがヴァルトに肩を貸している。

 これが友情と言わずしてなんと言うのだ。


 シリウスがヴァルトの腕を肩に回している姿を、どこか温かいまなざしで見守っていると、隣からユアの厳しい一声がかかった。


「違うわね、あれは」

「え?」


 シリウスはチラチラと何度もこちらを見てくる。

 俺やユアをみているのではない、さらに奥の。


「ま、まさかっ!」


 そのまさかだった。

 こちらを、厳密には〝エリーナを〟見ている。


 つまり、シリウスはヴァルトのためとかそんなことのためではなく、エリーナへの点数稼ぎのために優しさを演出しているのだ。


 なんてずる賢い男なのだろうか。


 しかし、そんな計算めいた策略が彼女に通じるはずもない。


 その猛烈なアピールに対してエリーナは、シリウスから貰った花束に顔を近づけて匂いを確認している。


「ねぇ、ユウガ! これすっごくいい匂いする! ちょっと嗅いでみてよ!」


 シリウスとヴァルトを意にも介さず、俺に向けて満面の笑みを向けてくるエリーナに思わず苦笑してしまう。シリウス、無念。


 そして、二人が廊下に出てからほとんど間を置かず、とんでもない声が聞こえてきた。


「ふぐっ」

「ごばっ」


 ガラガラと古びた引き戸の音を鳴らしながら、入室してきたのはラルディオス。


 その両手には、首根っこを掴まれた問題児二人の姿があった。


「抜け出そうとしたバカと酔っ払いが1匹ずつか。おい、誰かこの二人を縛っておけ」


 そう言い放ち、二人をその場に放り投げる。


「皆、待たせてすまなかったな。これより会議を始める」


 まるで、自分は正義の執行人とでも言うような堂々とした振る舞いに、教室にいた一同はドン引きしていた。


 酷い。あまりにも酷すぎる。これが人間のやることなのだろうか。


 そんなことには、まるで興味のない様子で教室内を見回すラルディオス。


「集まりが悪いな・・・・・・ギンジはどうした?」

「わりぃ、遅れた」


 ラルディオスの後ろからほとんど同時に、ギンジが入室してきた。


 顔や手の甲にいくつか手当てをした形跡が見られる。おそらく、先程負った火傷の傷などの処置をしていてここに来るのが遅くなったのだろう。


 そして、教室に入ってきたギンジも、異質な光景に思うところがあったのか。

 ヴァルトとシリウスを見て、一言だけ呟いた。


「・・・・・・な、何してんだ、こいつら」

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