第7話 招集の理由
「皆、よく集まってくれた。これから東王国にて行われる一大行事、剣術祭についての大事な報告がある」
ラルディオスはそう言うと周囲を見渡した。
招集を聞きつけて教室に集まったのは二十八名。学校の敷地から出ていた者や、寮に戻ってしまった者などもいることを考えれば、よく集まった方だろう。
「剣術祭は皆も知っての通り、北帝国と東王国、それぞれの剣術大学校から四名ずつ選出して開催される伝統的な行事だ。各学年から代表者を一人選抜し、合計八人の魔剣術使で優勝者を決める」
剣術祭は八人で行われるトーナメント戦。優勝者には賞金もでるが、剣術祭で優勝することで得られる最も大きな報酬は、剣術祭で優勝したという功績そのものにある。
この東都剣術大学校では、一度でも剣術祭で優勝した実績を持っていると、卒業後に魔剣術使犯罪対策組織委員会から連絡が来ることになっている。
魔剣術使犯罪対策組織委員会とは、剣術大学校の上部組織の一つだ。
主な業務内容は、魔剣術使絡みの犯罪者を優秀な魔剣術使の手によって捕まえて世の中の安全を取り締まる事だと聞いている。
卒業後にくる連絡内容自体を詳しくは知らないが、何にしてもそんな組織と繋がりを得るということは、世界レベルの犯罪組織、もしくは指名手配犯についての情報が回ってくる機会が格段に増えるという事だ。
この東都剣術大学校に通う学生でそういった情報を探している者は少なくない。
最も、その恩恵にあずかれるのは学年ごとに一枠しかない代表者に選ばれ、強者ぞろいのトーナメントで三回勝った者だけだ。それに、この学年で本気で出場を狙っている奴は少ないだろう。なぜなら・・・・・・。
「つっても、どうせラルディオスがまた優勝すんだろ?」
「そうそう。あたしたちにとっては、ただのでっかいお祭りと大差ないわよね」
出てきた意見には俺も同意だ。ラルディオスは三年間連続で出場して連続で優勝している。理事長の話によると、剣術祭三連覇を成し遂げたものなど、前例が無いらしい。
ラルディオスの力は圧倒的ではあるが、それと同時に剣術祭に対してどこか諦めのような雰囲気が、この学年に漂っていることは否めない。
「そのことなんだが・・・・・・俺は、今回の剣術祭の出場を辞退することにした」
騒がしかった教室が一瞬にして重苦しい静寂に包まれる。
「じ、辞退って・・・・・・何で・・・・・・? 最後の学年なのに・・・・・・」
静寂を破ったのは栗色のおさげに可愛らしいそばかすがチャームポイントの女子学生、プルシェリカだった。彼女は今年の剣術祭委員長を任されている。
ラルディオスの発言には、他の学生と比べてもより思うところがあるのだろう。
「南共和国から朱印付きの手紙が届いてな。内容は南共和国内辺地にある剣術訓練学校の特別教官として強制参加の通達だ。出発日は剣術祭当日早朝で、それまでの準備は手伝えるが、四学年からの剣術祭出場者は俺以外の誰かから選ばないとならん」
「強制参加?」
ラルディオスの受け答えに、思わず反応してしまう。しまった、そう思った時にはすでに遅く、皆の視線が俺に集まる。
こうなってしまうと、嫌でも発言せざるを得ない。
「・・・・・・南共和国にも、東北合同で行われる剣術祭の重要性は十分に伝わっているはずだ。それなのに代表者の、それも最終学年で優勝候補でもあるラルディオスに強制参加はいくらなんでもこっちの事情を考えなさすぎじゃないのか? 理事長の許可が降りないはずだ」
「それに、剣術訓練学校の教官程度ならラルディオス以外の学生でも務まるものね」
ユアの付け加えてくれた発言に俺も頷く。
「全くもって二人の言うとおりだ。正直なところ、俺もこんな意味のわからん命令は無視して剣術祭に出たいが、理事長が昨晩から留守にしていてな。どこに行ったのかもわからん。理事長との連絡手段がない以上、俺は南共和国に出向く他ないのが現状だ」
理事長が行方をくらますのはよくあることだが、このタイミングでとなると少し妙だ。
剣術祭などの大きな行事を控えている場合、基本的に理事長は不測の事態に備えて学校を離れることはない。まぁ、普段からよく姿を消すことも、十分に問題ではあるが。
「それで、代表者の話に戻るが・・・・・・ギンジ、頼めるか?」
皆の視線がギンジに集中する。
ギンジは意外にもかなり動揺していて、自分の指名に心底驚いているようだった。
「お、俺が・・・・・・剣術祭に・・・・・・? いや、けどよ」
ギンジはすぐにユアの方へ視線を向けた。ギンジ自身、ユアが指名されるものだと思っていたのだろう。剣術祭に出場する代表者はどの学年も基本的に総合成績で決まる。それだけに動揺が隠せないらしい。
「わたしは、別に構わないわよ。目立ったりするの、あんまり好きじゃないし」
ユアは何の躊躇もなく、出場する意思がないことを示した。あまり功績や報酬に興味がないにしても、かなりあっさりしている。ユアらしいといえばらしいが。
「なんだギンジ、不満か? なら、他の奴に・・・・・・」
「いや、出る! 俺は剣術祭に出るぞ! ね、願ってもねぇ・・・・・・まさか、こんなチャンスが在学中にやってくるとは」
ギンジはそう言うと、拳を握りしめた。あのギンジが喧嘩以外でここまで感情を高ぶらせるのを見るのは初めてだ。ユアとは違い、よほどこの剣術祭に対する思いが強かったのだろう。正直、ユアには悪いが、ラルディオスが出場できないのなら、俺もギンジが剣術祭に出るべきだと思っていた。
俺はギンジのことが好きじゃない。だが、それはあくまで性格の話だ。
ギンジほど実力があり、三年間ほとんど表舞台に出れなかった者を俺は他に知らない。
教室中が拍手喝采に包まれる。ユアは腕を組んだままだったが、俺もさり気なく皆と混ざって拍手する。
「おめでとうギンジ、絶対優勝しろよ!」
「ギンジ君、おめでとう! いっぱい応援するからね!」
あいつは誰よりも努力していた。それはこの学年の奴なら誰もが知っていることだ。
「おい、お前らやめろ! ・・・・・・あーくそッ、俺はもう寮に戻るぞ!」
ギンジは照れ隠しなのか、拍手の中を通り抜けて教室を出ていった。
皆の注意が逸れている間に、俺はラルディオスの近くにこっそり近寄る。
「ラルディオス、ちょっといいか」
「構わん、俺も丁度お前に話があったところだ」
教室内はギンジや剣術祭の話で持ちきりだ。
俺たちが話しているところなど、気にする奴はいないだろう。
「南共和国からの件、どうにも引っ掛かる。まるでラルディオスを剣術祭・・・・・・いや、東王国から無理矢理引き離すかのような・・・・・・」
ラルディオスは真剣な顔つきのまま、壁に背を預ける。
「俺を引き離す、か。おそらく目的はそれで間違いないだろうな。剣術祭まで残り十日と少し・・・・・・直前期にこんな重要な手紙を送ってくるのもそうだが、理事長が消えたことも不可解だ。裏の情報ルートで俺も探ってみる、お前も、何かわかったら知らせてくれ」
「わかった。・・・・・・そういえば話は変わるけど、剣術祭に関する手続き諸々はどうするんだ? ギンジが出るなら、登録剣の使用許可申請とか」
ラルディオスは珍しくも少し慌てた様子で頭をガシガシとこする。
「しまった、失念していた! あいつには今日中に必要書類を書かせねばな」
そう言うとラルディオスはすぐにギンジを追いかけようと教室の引き戸に手をかけた。
自分で言っといてなんだが、そこまで慌てることでもないと思うが・・・・・・。
「まあ、明日でもいいんじゃないか? 何もそんな慌てなくても」
「〝普通の奴〟ならな。あいつの場合、気合が入りすぎて当日までどこかに籠って修行なんてことも考えられる。ユウガ、教室の戸締り頼んだぞ!」
「えっ、おわ、ちょっ」
ラルディオスは俺に鍵を投げると廊下を走っていった。
「まったく、忙しないな」
この東都剣術大学校には、他の三大国の剣術大学校には見られない特色が二つある。
一つは、在学生の名前だ。ユウガやユア、エリーナといった名前は登録名と呼ばれるもので、この学校に入学したと同時に与えられるものだ。本名は生徒同士での開示は禁止とされている。
この規則は本名によって過去や身分が不必要に漏洩するのを防ぐために存在するが、仲のいい者同士がこっそり教えあったところでばれるわけがないため、これはそこまで重要な規則ではない。それに、登録名といっても家名が伏せられているだけで、親から名づけもらった方の名前を登録名として同一言語表記にしただけに過ぎない。
とは言っても、俺はこの規則に助けられている部分が少しあるが。
そして、重要なのがもう一つの、登録剣の方だ。
これも登録名と同じように東都剣術大学校に入学したと同時に登録することが義務づけられているが、一つ全く異なる点がある。
それは勝手に決めることができない登録名とは違い、〝自分の所有物から登録する剣を選べる〟という点だ。入学前に鍛冶屋に自分の魔剣術に合った剣を用意してもらうも良し、元から所有していた愛剣を登録することだって可能だ。
もちろん、そんなものを普段から常備することはできない。日常的に使うことが許されているのは学校内で販売されている修練剣のみだ。修練剣は原材料のほとんどが安価で、本物の剣と比べると危険度も少ないが、中級の魔剣術を一度でも使うものなら一発で壊れてしまう。
ユアとギンジの決闘もかなりの制約を課せられた状態で行われていたが、登録剣を使っていたら、結果は違ったものになっていたかもしれない。
そして、剣術祭は公の場で登録剣を使える数少ない機会だ。それだけに毎年、白熱した試合が行われ、会場は大盛り上がりというわけだ。
教室の中から人が出ていくのを眺めていると、後ろから軽く肩を揉まれた。変な声が出そうになるのを抑えつつ振り向くと、少し笑みを浮かべたユアと目が合う。
「あははっ、変な顔! そろそろ、わたしたちも帰りましょ」
ユアはそう言いながら俺の背中を押し始める。
「じ、自分で歩けるよ。帰るついでに、夕飯の材料を買わないと・・・・・・」
「今日からエリーナは寮だから、晩ご飯は二人だけになるわね」
「あ、そうか」
しまった。俺としたことが、すっかり忘れていた。
とういことは、今日からエリーナの子供舌に合わせて味付けを調整することもないということか。あいつは好き嫌いも多いから献立を考えるのも一苦労だったな。今日から料理面に関しては、だいぶ楽になる気がする。
まあ、最近だとほとんど毎日三人で一緒の食卓を囲んでいただけに少し寂しくはあるが・・・・・・。
「エリーナの奴、栄養が偏らないような食生活ちゃんと送れるかな」
「今日の朝食はちゃんと食べてたじゃない」
「いや、今日は偶然あいつの嫌いな食べ物がなかったからなぁ。せっかく好き嫌いを克服しかけてるのに、これじゃあ逆戻りだ」
「もう、心配しすぎよ。ほら早くっ」
ユアが俺の背中を押しながら教室から出るのを急かす。周りを見ると、教室にはもう誰も残っていない。廊下に数人が残って話をしているくらいだ。
俺は最後に戸締りの確認をして、ユアと七号館を後にした。
買い物を済ませた俺とユアは、夕焼け色に染まった商店街大通りを抜けて帰路に就いていた。商店街では子供を連れた主婦や老夫婦、若者たちで賑わっていたが、今は静けさに満ちている。それもそのはず、この先に住宅街などはない。
あるのは都市から外れかけている丘上の、俺とユアの家の二軒のみだ。
「ん~、なーんか今日はいつもより疲れたぁ!」
ユアははそう言いながら伸びをした。確かに今日は色々あったから、疲れるのも仕方のないことだろう。
「ギンジとの決闘はもういいのか? 途中のまま流れちゃったけど」
「もういいわよ。あいつも剣術祭に向けた準備なんかで忙しいだろうし。本当は、ユウガの前で土下座でもさせてやりたかったけどね」
ご機嫌なユアに対し、俺は苦笑いで返した。
まさか本気でそこまでさせるつもりだったとは、恐れ入る。
「あっ、ごめんなさいユウガ。荷物、半分わたしも持つわ」
ユアは俺を見て何かに気づいた顔で、そんなことを言いだした。買った数日分の食材が入った袋を両手に下げているのを、申し訳なく思ったのだろう。
「いや、いいよ。もうすぐ家に着くし、大して重くもないしさ。それに、俺は今日あんまり疲れてないから」
「そ、そう・・・・・・ならいいけど」
ユアは思っていたより簡単に引き下がった。
嘘などはついていない。本当に疲れていないのだ。
実際、今日の俺はほとんど何もしていない。
だからこそ、食堂でギンジに言われた『二人に守ってもらって』という言葉がいつまでも引っかかっている。無自覚だった訳でもない、常に考えていたことだ。
俺が大変な思いをせずに済んでいるのはユアとエリーナが守ってくれているからだ。
今日だけじゃない、仲良くなってから三年近くが経過したが、その間ずっと俺のことを心配してくれている。
助けてくれているなんて言葉じゃ物足りない、守られているんだ。
返しきれない恩が、彼女たちにある。そんな気持ちが先行して、料理やその他のユアたちが苦手そうなことを率先してやるようにしていた。
俺はただ、少しでも二人の役に立って恩返しをしてあげたかった。
でも、そんな事をしたところで根本的な解決にはならない。
この関係は、いつかは終わらせなければいけないんだ。
そして、そのいつかは・・・・・・。
俺は意を決して、ユアに話しかけた。
「ユア・・・・・・少し話があるんだけど、いいかな」
「何よ、急に改まって」
ユアが歩みを止め、俺に真っ直ぐな視線を向けた。
俺たちの周辺に騒音は一切なく、重い空気が張りつめるような錯覚に陥る。
「今日の下級生の件や、ギンジの件。これから先、あんな場面があっても、何もしないでほしい」
何となく察していたのだろうか、ユアの口元がキュッと、固く結ばれたように見えた。
「・・・・・・それって、どういう意味・・・・・・?」
本当は、もっと早くに言うべきだった。
彼女を不安に追い込んだのは、この関係性を無自覚に強いたのは俺だ。
「俺も、いつまでもユアに守ってもらうわけにはいかない。今日みたいなのは、もうやめにしよう」
ユアは不安そうな顔で俺の顔を、瞳の奥を見つめてくる。
違う、俺は彼女にそんな顔をしてほしくてこんな事を言っている訳じゃない。
これからは俺が守る、そんな言葉は今の俺にはとても言えないけれど。
せめて、対等な関係になりたい。
そうならなければ、俺みたいな奴は彼女の傍にいる資格などないのだから。
この関係は、終わりにしなければならない。
「これからは嫌なことは嫌ってはっきり言うし、怒るべきところはちゃんと怒るように頑張るよ。だから、もう俺の代わりに怒るのはやめてほしいんだ」
ユアは俺にあまり見せたことがない、悲しい顔をしている。
「・・・・・・い、今まで迷惑だった・・・・・・?」
今にも消え入りそうな、か細い声が俺の心臓の鼓動を早くする。
俺は今にも抱きしめたい衝動を抑えながら、首を横に振った。
「そんなはずない、あるはずない。嬉しかった。俺なんかの代わりに本気で怒ってくれる人なんて、世界中を探したって・・・・・・もう、いないと思ってたから。でも、このままじゃいけないんだ。このままだと、俺はユアがいないと何もできない男になってしまうから。だから、この関係は今日で終わりにしよう」
そして、俺は彼女に似合わない弱弱しい表情をした顔に、自分の顔を少しだけ近づけた。
「それに、ユアには怒った顔よりも笑った顔の方がよく似合ってる・・・・・・なんてな」
ユアはぽかんとした表情で少しの間だけ固まっていたが、俺に背を向けてしばらくの間両手で頬を抑えると、さっきとは違った表情で俺の前に出てくれた。
ユアは笑っていた。少し紅潮した顔で照れくさそうに。
彼女の笑顔が好きだ。この笑顔を見るたびにユアのことがたまらなく愛おしく感じる。
「わかった。もうユウガのために怒ったりするのはやめる・・・・・・やめれるように、努力するわ。でも一つだけ、これだけは言わせて。ユウガの優しいところは絶対に悪いところなんかじゃないから、そこだけは間違えないでね」
「うん、ありがとう・・・・・・ユア」
ユアがそんな優しい言葉をくれる中、どうして俺のことをそんなに大事にしてくれるんだ、頭の中にそんな疑問が一瞬よぎったが、こんな事を聞くのはずるいと思った。
自分のことは何一つ話さないくせに、そんなことを口に出してはいけないと思った。
・・・・・・彼女にだけは、俺の過去は絶対に知られたくないと・・・・・・そう、思ったんだ。
夕焼け空も終わりが見え、辺りが暗くなりかけている。
俺たちはまた、家に向かって歩き始めた。
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