第18話 ユウガの実力
一回戦を見事な勝利で収めたユウガが、観客席からの大歓声を背中に浴びながら控え室へと戻って行く。
「ねぇ、今の見た!? ユウガって人、めちゃくちゃカッコよくない?」
「ねっ! おまけにすっごい美形だし! 私、ファンになっちゃうかもっ!」
前の席にいた、わたしたちと歳の変わらなさそうな女性二人のそんな話し声が聞こえてきた。
普段なら、わたしもエリーナも何らかの反応を示すかもしれないが、今はそれどころではなかった。
歓声が鳴り止み始めた頃にエリーナが呆然とした顔で呟く。
「う、嘘でしょ・・・・・・? ユウガって、こんなに強かったの・・・・・・?」
エリーナが驚くのも無理はない。
それほどまでに、今の戦いは見事という他なかった。
あれが────あれが、今のユウガの実力。
文句の付け所がない程の完璧な剣術に、見たこともない魔剣術。
強い。圧倒的だ。
でも。でも、これは・・・・・・。
握りしめていた拳に思わず力が入る。
昔、わたしを守ってくれるユウガの姿を──剣術を見たことはあった。
その光景は、今でも記憶の底に焼き付いている。
まだ十歳の子供が、わたしと変わらない歳の子供が放つ美しい剣術に心底憧れ、惚れた。
だけど、今の彼の剣術には当時の面影は全くと言っていいほど感じられなかった。
成長した? 強くなった? 違う、そんな単純な話じゃない。
彼は捨てたのだ。
強さを追い求め、より強い者を殺すために。
洗練された剣術を捨てて騙しやすく、引っ掛けやすく、悪質で、相手が戦いにくいように、勝って生き残るためだけに磨き上げた剣術。
わたしは馬鹿だ。ユウガがどんな思いでこの剣術祭に出場することを決めたのかわかった気になって、一瞬でもあの美しい剣術がまた見られるなんて呑気なことを考えて。
恥ずかしい。自分が許せない。
わたしは、ユウガの気持ちを何もわかってあげられてなかった。
・・・・・・わたしは、大馬鹿者だ。
「おい、ユア! ・・・・・・聞いてんのか?」
ギンジの声で、我に返る。
「ご、ごめん、聞いてなかったわ」
「ユア、大丈夫?」
「大丈夫、なんでもない。・・・・・・それで、なんの話?」
わたしは取り繕うとするも、付き合いの長いエリーナはともかくギンジまで心配しているのかこっちに目を向けてくる。
ギンジは目を逸らしつつ、また話し始めた。
「・・・・・・さっきは戦いを見れば過去なんて知らなくてもいいと言ったが・・・・・・あいつは、ユウガは一体何者なんだ・・・・・・?」
あのギンジが、一度口に出したことを撤回するとは珍しい。どうやらギンジの観察眼を持ってしてもユウガの実力は計り知れなかったみたいだ。
素性を知りたがっているのは、少なくとも判断基準にはなると踏んでのことだろう。
「色々理由があって、四年前までは暗殺部隊って組織に所属してたらしいんだけど・・・・・・わたしも、そのことについて詳しくは知らないわ」
本人はみんなに必要なら過去のことを全て話してもいいとは言っていたけど、やっぱりあまりいい気はしない。
これでもし仮に、ユウガのことを悪く言うような奴がいたとしたら。
そのときは、わたしがそいつを絶対に許さないと決めている。
それに、暗殺部隊にいたことを知ったところでその組織のことがわからないのに実力がわかる訳もない。さらに謎が深まるだけだろうと思っていたわたしの思惑は大きく裏切られた。
「暗殺部隊・・・・・・だとッ!?」
ギンジが勢いよく立ち上がり、わたしに質問をぶつけてきた。
「その暗殺部隊ってのは、西公国の特殊暗殺部隊で間違いないか!?」
まるで知っているかのような意外な反応に、わたしは思わず目を丸くしながら言葉を返す。
「え、ええ。ユウガはそこの第四部隊?の隊長だったらしいけど・・・・・・」
「た、隊長・・・・・・? あいつが、あの」
目を見開き、とんでもないことを聞いたと言わんばかりの表情をしている。
ギンジがこんなに驚いているところを見たのは初めてかもしれない。
やはり、とてつもなく凄いことなのだろうか。
「な、なにそれ・・・・・・? 暗殺部隊? 隊長? 全く聞いたことすらないけど」
エリーナが疑問を並び立てる。
「実を言うと、わたしも詳しいことは知らないの。ねぇ、その暗殺部隊ってやっぱり強かったの?」
わたしは抱えていた疑問を投げかけると、ギンジは座り直しゆっくりと答え始めた。
「・・・・・・強いなんてもんじゃねえ。四年前まで、西公国があの北の大帝国軍と張り合えていたのは、間違いなくその特殊暗殺部隊がいたからだ。少数精鋭だが、構成員全員が北帝国軍の上位幹部以上の実力者だったなんて話も聞いたことがある。各小隊にいる隊長クラスにもなると、戦闘力は完全に未知す・・・・・・」
ギンジは、途中でふと何かを思い出したかのように話を切り替えた。
「そういや、一度だけ耳にしたことがある。十六の若さで特殊暗殺部隊の隊長を任された鬼才がいると・・・・・・当時は根も葉もない噂話だと信じていなかったが、まさかあいつが・・・・・・あの野郎・・・・・・ッ」
「ちょ、待った待った! なんでアンタがそんなに詳しいのよ!?」
エリーナの当然の問いに、ギンジは少し間を置き面倒くさそうに答える。
「俺にも色々事情があんだよ。その手の情報は訓練学校に入った後も、よく当時の人脈を使って収集してた。情報は時と状況次第じゃ剣や刀以上の武器になることもあるからな」
「ぬ、抜け目ないわね」
エリーナの言う通り、本当に抜け目のない男だ。
もしかしたら・・・・・・
「ゆ、ユウガのいたその組織について他にも何か知ってる!?」
わたしはつい身を乗り出して、ギンジにさらに詳しい情報を求める。
「なんだ、ユウガの野郎から直接聞いたんじゃねえのか」
「聞いたけど・・・・・・ユウガが話してくれたのはユウガ自身が歩んだきた人生の話っていうか、とにかく、その暗殺部隊がどういう組織なのか具体的には聞いてないわ。あと、ユウガの辛い過去をこれ以上聞くのは、その・・・・・・気が引けるっていうか・・・・・・」
本当は、剣術祭が終わってから聞くつもりだった。
それでも、今この場で本人以外の口から聞けるというのなら、聞いておきたい。
ギンジがため息をつきながら事情を説明する。
「俺が知ってるのは昔、裏で回っていた噂話をかき集めたものだ。情報の出処がどこかわからない以上、嘘も混じっているかもしれねえ」
「そ、それでいいわ! お願い、教えて!!」
ギンジはわたしの食いつき具合に少し引いていたようだが、大人しく話し始めた。
「いいか、西公国特殊暗殺部隊ってのは、政府直下の非軍事組織で存在自体が極秘の・・・・・・言わば、西公国の闇をそのまま体現したような奴らだ。魔剣術使としての経歴や、構成員の素性も不明。謎だらけの奴らにはいくつもの噂が付き纏っているが、稼いだ莫大な金を貧民層に寄付する変わり者集団だと奇妙な噂を耳にしたこともある」
「ひ、貧民層に寄付・・・・・・? なんで、そんなこと・・・・・・」
エリーナの質問に対し、ギンジは顔をしかめる。
「確かに、あまり聞かない話ではあるがな。だが、西公国なら有り得なくもない話だ。お前らも聞いたことくらいあるかもしれねえが、西公国の貧富の差は半端なもんじゃねぇ。奴隷制度こそないが、貧民の扱いは同等かそれ以上に悲惨なことになっているのが現状だ。政府もその問題には悩まされていたんだろう。元々独立していた裏社会の闇集団が、あるときから政府容認の組織に成り下がった。それが奴らだ。法じゃ裁けない善人の皮を被った富裕層の悪人なんて腐るほどいる。そんな世の中に不都合なゴミを抹殺するために、政府側も最強の殺し屋軍団として利用していたとか、そんなとこだろ」
「ユウガ・・・・・・」
様々な感情が、わたしの頭の中を駆け巡る。
今すぐユウガを抱きしめたい。
もう戦わないで済むように、わたしが守ってあげたい。
そんなわたしの思いとは関係なしに、ユウガが二回戦を戦うために試合上に出てきた。
先程の戦いで注目を集めているのか、盛大な歓声が会場中から湧き上がる。
「さて、こっからが見ものだ」
試合場に視線を戻したギンジは、僅かに口角を上げながらそう呟いた。
次の対戦相手は──
「・・・・・・え?」
思わず、声が出てしまった。
わたしには、ユウガの対戦相手に明らかに見覚えがあった。
そして、その記憶はつい最近のものだ。
「あいつが、ユウガの二回戦の相手・・・・・・?」
──同時刻──
東王国・東都剣術大学校の敷地内から出て、彼女たちは王都・タルムルクへと戻るために歩みを進めていた。
「バルハラ。先程の件について、後でお小言がありますからね」
ローブで全身を覆い隠しながら歩く、東王国第三王女・マーガレット・ルテリア・ラナフォードは、機嫌を損ねていた。
「そう怒らないでください。殿下の気持ちも分かりますが」
苦笑気味に、東都剣術大学校・現理事長、バルハラは隣を歩く孫娘と言っても差し支えないほどに歳の離れた彼女の機嫌を伺いながら応える。
「・・・・・・随分と信頼しているんですね。彼のことを」
彼というのは、ユウガのことである。
バルハラは、マーガレットに対して首を振った。
「信頼、ですか。それは面白い表現ですが、少し意味合いが違います」
「・・・・・・? どういう意味ですか?」
マーガレットは、ローブから少し顔を覗かしてバルハラの顔を見上げた。
「私は彼を信頼しているが、それは魔剣術使としてしての力のみ。実を言うと、ユウガという一人の人間に関して他のことは私もあまりよくわかっていないんです」
「よくわかっていない・・・・・・? そんな人に、あそこまで肩入れをしたと言うのですか!?」
「そう怒らず、少し落ちついてください」
バルハラはマーガレットの機嫌を損ねぬよう、それでいて客人を適当にあしらうかのように笑った。
「まったく、あなたはいつもそうやって・・・・・・聞いてますか、バルハ」
「ククッ、クククッ」
その笑い声は、先程までとは打って変わって、まるで身体の芯から寒気がするような。
そんな、おぞましい笑い声だった。
「
「・・・・・・バルハラ?」
マーガレットには、その言葉の意味が理解できるはずもなく。
ただ、隣に歩くバルハラの歪な笑みに、眉をひそめるだけだった。
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