第2話 食堂騒動①

 東都剣術大学校とうとけんじゅつだいがっこう。この学校はいわゆる「普通の学校」ではない。

 東王国で魔剣術まけんじゅつについて研究できる唯一の機関であり、全校生徒が魔剣術使まけんじゅつしとしての資格を有している。


 四年制学校で各学年に約四十名ずつ在籍し、全校生徒の数は百六十二名と非常に少ない。

 教員などもおらず、学校運営も学生が率先して行う完全な自立性学校だ。

 この学校に通うためにはいくつかの条件がある。


 一つ目は、三年制の剣術訓練校に入学し卒業時に教官に推薦状を書いてもらう、あるいはそれなりの実績の証明書類を所有していること。

 つまり、東都剣術大学校に通うに相応しい人間であるかを、書類提出の段階で審査することになる。


 二つ目は実技テスト。書類審査はあくまで受験資格を得るための必要条件。

 魔剣術を使えるのは勿論のこと、魔剣術使としての基準を超えているかを魔力を測定するための精密機械で分析し、数値化することで合否を決めていく。


 書類審査の段階でかなりの数を絞るため毎年の入学志願者は減少傾向にあるが、今年も四十名ほどの新入生が入ってくる事が決まっている。


 始業式と同じ日に入学式をするこの学校は、今日は大忙しという訳だ。






 広大な敷地面積に並び立つ校舎はどこか歴史を感じさせ、施設は剣術修練場から多種多様な実験室、学生寮、食堂、剣術試合観戦用のドーム型試合会場まで存在している。


 三年間通ってきた俺から見ても、設備面に関しては文句の付け所がないと言わざるを得ない。


「あー、やっと着いた。お腹空いたぁ」


 エリーナはそう言うと、他のものには目もくれず食堂へ向かう。


 ユアとエリーナは学生寮に入寮していたが、半年ほど前から街外れに俺と同じような小さい空き家を借りて二人暮らしをしている。


「二人とも、学生寮に戻った方がいいんじゃないのか? 学校までそこそこ歩くし、何かと不便だろ」


 ユアが寮を出て一人暮らしをしてみたいと言い出したのは、俺の影響だろうか。


 東都剣術大学校に入学したからといって、必ずしも寮を活用しなければならないという訳でもない。少ないが、都市内で下宿している者もいる。


 入学した当初は俺も入寮しようか迷ったものだが、人目が多いことに慣れる気がせず、街外れの空き家を借りて一人暮らしを始めてから三年。


 今ではすっかり慣れたものだ。


「今日からエリーナは寮に戻るって言ってたわ。朝に弱いくせして、無理にわたしに合わせなくたっていいのに」


 ユアがため息をつきつつ、呟く。


 言われてみれば、エリーナは極端に朝に弱かったな。


 聞こえていたのか、エリーナはくるりとこちらに振り向き不満ありげな表情でユアを睨んだ。


「合わせてなんかないわ! それに、朝だって弱くない!」

「弱いわよ。今日だって起きなかったくせに」

「ユアが起こしてくれないからでしょ!」

「だから、何度も起こしたって言ってるじゃない!」


 エリーナとユアは、まるで姉妹のような喧嘩を始めた。


「まぁまぁ、二人共そのくらいにしてひとまず落ち着こう」

 俺は二人を引きはがし、なんとか場を穏便に収める。

「せっかく寮があるんだから、それを利用しない手はないさ」

「・・・・・・」


 ユアは黙ったまま、俺を見てくる。なんだか、顔が少し怖い気がする。


「で、ユアはどうするんだ?」

「・・・・・・ユウガが寂しがるから、わたしはもう戻らないわ。そんなことより早く食堂に行きましょ」


 そう言うと俺の制服の袖を指先で引っ張り、ついて来いと言わんばかりに食堂の方へ向かう。


 少しだけ早歩きになっていることから、彼女なりの精一杯の照れ隠しなのが伝わった。






 食堂に入るといつもより人が多く感じた。ここまで混むのはいつぶりだろうか。


 なんだか騒がしくすら感じる食堂の真ん中を、堂々と歩く二人についていく。


「はぁ・・・・・・ユア様、今日もお美しい・・・・・」

「いつもの凛々しいお姿とは違って今日のユア様も素敵・・・・・・」


 横から女生徒二人のユアに浴びせる最大限の賛辞の言葉が聞こえる。


 ファンクラブか何かだろうか。ユアと食堂に入るのは久しぶりだから少し驚いていると、エリーナがおかしなことを言い出す。


「ふんっ、あたしの美貌にみんなくぎ付けね!」


 エリーナは自慢のツインテールを自慢げに払う。


 辺りを見渡してみるとエリーナが近くを通り過ぎる度に、何人かの学生はまるで恐ろしいものでも見たかのような顔をして、体を震わせていた。


 その光景は、下級生がエリーナに対し、恐怖を抱いているようにしか見えない。

 こいつは一体、後輩相手に何をしでかしたというんだ。


 正直、エリーナも見た目だけならかなり可愛い部類に入ると思う。あの強烈すぎる性格を少し抑えれば普通に人気が出そうなものだが、俺がそんなことを考えても仕方がない。


 それに、中には例に当てはまらない奴もいることは知っている。


 俺が余計な心配をするだけ無駄というものだ。


 そんな思考を巡らせていると、ひそひそと小声で話す声が聞こえた。

 先ほどまでとは打って変わって、賛辞を述べるようなものではない。


「ねぇ、あれって」

「なんで、あんな奴が食堂に・・・・・・」

「・・・・・・」


 俺はなんとか目を合わせないよう、前を見ながら歩き、話し声に気が付かなかったふりをする。


 話題に上がっているのは、俺のことで間違いないだろう。やはり、学食のような他学年が多く集まる場所はまずかっただろうか。


 だが、こればかりは気にしたところで仕方のないことだ。


 全ての現況は、俺自身にあるのだから。




 そのまま、俺たち三人は注文を取るため列に並んだ。東都剣術大学校の食堂では、食事の配給は下級生が当番制によって行っている。


 金額はどれも一般と比べると安価だが、タダというわけではない。それでもここまで食堂に人が集まるのは、自炊をするのが面倒だから、後片付けをする必要がないから、などの様々な理由があることだろう。


 今日は長期休暇明けということもあってか、そこそこの行列ができている。

 俺は前に並ぶユアとエリーナの方に目を向けてみる。


 こうしてみると、普段はあまり意識していない三人の身長差がよくわかるものだ。ユアの背はかなり高く、男の俺よりほんの少し低いくらいだ。

 

 エリーナは東王国内の女性の平均身長くらいで、男女ともに体格の大きい学生が多いこの学校では、小さく見えてしまうのは仕方のないことだ。


 そんなことを考えていると、エリーナが唐突に話しかけてきた。


「ねぇ、ユアの様子がおかしいんだけど」

「え?」


 ユアを見てみると、エリーナの言う通り確かに様子が変だ。


 目を閉じ、腕を組んだままつま先を床に何度も当てては離しを繰り返す。


 なんだかとてもイラついてるように見える。そもそも、こんな退屈な時間にユアが黙っていることが異常なのだ。


 いつもなら何気ない会話を俺やエリーナに振ってくるはず。


「エリーナがまた余計なこと言ったんじゃないのか」

「言ってないわよ! ユウガこそ、心当たりはないの?」

「あるわけないだろ。さっきまで普通だったのに」

「・・・・・・ねぇ」


 俺たちが小声で醜い責任の擦り付け合いをしていると、ユアが話しかけてきた。


「エリーナ、わたしのもあんたと同じやつでいいから頼んどいて」

「え?」

「お願いね」


 そう言い紙幣をエリーナに渡すと列から外れ、ずかずかとある二人の生徒の元へ歩いて行き、手をテーブルの上に叩きつけながら言い放った。


「アンタたち、いい加減にしなさいよ!」


 にぎわっていた食堂が一瞬にして静まり返った。


 そのテーブルの一番近くに座っていた二人の男子学生のうち、一人はすっとぼけたような顔をしている。


「なんすか、先輩。なんか用すか?」

「おい、やめとけって」


 何とか声を振り絞るようにして片割れの一人が止めようとするが、ユアに対して萎縮してしまっているようで、とてもじゃないが止められそうにない。


「しらばっくれてんじゃないわよ! 黙って聞いてればユウガの方をチラチラ見ては男女だの、魔剣術使失格だの、挙句の果てには私たちのパシリ・・・・・・?」


 ガンッと、ユアがテーブルを膝で蹴ると男子生徒二人に顔を近づけ真顔で強烈な一言を言い放つ。


「次そういうこと言ってるの耳にしたら、あんた等二人共消すから」


 髪の毛をツンツンに逆立てた学生は、視線だけで周囲を伺うと目立つことは避けたいのか席を立ちあがった。


「・・・・・・チッ、行こうぜ」

「あっ、おい! まずいって・・・・・・す、すんません」

「何よその態度! 土下座の一つでもしっ、ユウガ!?」

 俺はユアの肩を後ろから掴み、止めに入る。


「ユア、落ち着いて。もういいから」


 俺は、視線を二人組に移す。


「お前たちも、早く行ってくれ」


 しかし、俺の言動に不満でもあったのか、それとも耳に届かなかったのか。ユアに対して、すごい剣幕で突っかかる。


「はぁ? 先に突っかかってきたのはそっちっすよね。それに、俺は黒髪の方に聞こえないように言ったんだ。あんたには関係な」

「聞こえなかったか。俺は〝行け〟と言ったんだ」

「ッ!?」


 ツンツン頭の学生は、吹き飛ばされたかのように後ろへ後退し、自身の腰に掛けた修練剣に手をかける。


「てっ、てめぇ!」

「・・・・・・?」


 俺は不思議そうにこちらを見てくるユアの腕を引っ張る。


「注目を集めすぎだ。一端、外に出よう」






 ユウガとユアが外へ出ていくのを確認してから、新入生と思わしき学生は、膝をつき呼吸を整え始めた。


「はぁっ、はぁっ、はっ」

「ど、どうしたんだよ急に」


 連れと思わしき学生が肩を貸し、立ち上がらせる。


「まさか聞こえてるとはなぁ。お前、上級生に対しても遠慮なしで突っかかっていくんだからビビったよ。怖いもの知らずというか、なんというか・・・・・・って、その汗どうした!?」


 肩を貸されている学生は、酷く消耗していた。

 そして、彼の身体が小刻みに震えてることに気づく。


「・・・・・・あっ、あいつ・・・・・・あいつの、あの目」

「目?」


 彼は震える声で、隣の学生にも聞こえるか怪しいか細い声で言った。


「・・・・・・なんて、冷たい目をしやがるんだ」






 俺は食堂裏へユアを連れていくと、周囲に人がいないことを確認する。


「ムカつく。ムカつくムカつくムカつく」


 ユアは怒りを発散するように、食堂裏で壁を蹴り始めていた。


「ユア、今のは流石にやりすぎだよ。たかが俺の悪口であんな」

「ユウガ!」

「は、はいっ」


 ユアが壁を蹴るのをやめかと思えば、突然、真剣な顔つきで俺の名を呼んだ。

 ユアは少し呆れたように、ため息をつく。


「あのねぇ、ユウガは優しすぎるから舐められちゃうの。こういう人が多いところにわたしかエリーナがいないときに来ちゃだめよ」

「・・・・・・はい」


 子供に言い聞かせるようなユアの優しいお説教を、俺は子供のような受け答えで応じる。


 それにしても、まさか悪口を言われているとは。そういうことは、本人のいない所でするのが当たり前だと思っていたが。


 さっきの二人は俺たちには聞こえないように話していたのだろうが、ユアの耳の良さが仇となったわけだ。


 それに、今のは間違いなく新入生だ。ならば、なぜ俺の悪口を的確に言えたのか。

 答えは一つ。新入生の入寮日が数日前だったからだ。


 下級生同士の噂がすでに新入生にまで回っているということだろう。


 ・・・・・・ある程度の覚悟はしていたが、少し面倒なことになったな。今日を最後に、もう食堂にも顔を出すことは控えた方がいいのかもしれない。


「はぁ~っ、もうっ!」


 相当頭にきているのか、まだ怒りが収まらない様子で壁を蹴る。


「そんなに怒らなくても、俺なら大丈夫だから」

「だって、ユウガは何も悪くないのに」

「えっ、ちょっ」


 ユアは俺に抱きつき、制服に顔を埋めてくる。


「なんで、ユウガばっかりこんな酷い目に合わなきゃならないの」

「・・・・・・ユア」


 俺はユアに抱き着かれた状態で、少し落ち着いて考えてみる。


 例えどんな仕打ちを受けようと、全ては自分で招いた結果であり、覚悟は出来ているつもりだ。


 でも、それは彼女を不安にさせていい理由にはならない。

 これからは、できるだけ新入生との接触は避けるようにして行動する必要が出てきた。


 それで今回みたいなことは、事前に回避できるだろう。

「ユア、ごめん。もうこんな事は起こらないようにするから」

「・・・・・・なんで、ユウガが謝るのよ」


 一先ずは落ち着いたのか、ユアが俺の身体から離れる。


「ほら、戻ろう。エリーナが待ってる」

「・・・・・・うん」






 俺たちが食堂の中へと再び戻ると、静まり返っていた食堂も騒がしさを取り戻していた。


「あっ、やっと戻ってきた! あんたたちの分、とっておいたわよ」


 そう言うと、エリーナはテーブルに置いた俺たちの食事を自慢げに指し示す。


「ごめん、エリーナ。待たせちゃったな」


 そして、ユアはある一点に注目していた。


「・・・・・・まさか、その大盛り一人で食べるつもり?」


 食器の上に溢れんばかりに盛られたおかずとサラダの量は、とてもその小さな体に収まりきるとは思えない。

 しかし、エリーナは当然のように鼻を指で擦りながら当然のように言う。


「もちろん! いっぱい食べて、大きくなるのよ!」


 エリーナはなぜか、得意げな顔で、その上自信ありげな顔だ。


「いっぱい食べるのは構わないけど、この後は始業式と入学式が控えてるんだからな。無理はするなよ」


 その直後、俺の忠告に返事をするかのように、エリーナのお腹の音が鳴った。

 俺とユアは顔を見合わせて、思わず笑ってしまう。


 エリーナからお盆を受け取り、俺たちは端の方の四学年専用のテーブルへと移動することにした。




 食堂内のテーブルは学年ごとに分けられているため、さっきの新入生二人組は二学年の席に紛れて勝手に食事していたのだと推測できる。

 

 いくら学生数が少ない学校とはいえ、規律の厳しさはこれから身をもって知っていくことになるのだろう。


 縦長のテーブルには両サイド八人ずつ座れるようになっており、一つのテーブルで対面になるようにして十六人が座れるようになっている。


 一番奥の席にユア、その右隣に俺が並んで座り、ユアの前の席にエリーナが座る。

 そして、俺の前の席には既に手を付けていない食事が置かれていた。


 その持ち主が水が入ったグラスとデザートを持ってこっちにやって来る。


「ギンジ、おはよう」

「・・・・・・」


 顔見知りだというのに、目を合わせてきただけで挨拶すら交わそうとしない。


 銀髪の少し伸びた髪が豪快に跳ね、目つきの悪さと相まって素行の悪さを際立てている四学年の学生、ギンジは俺の前に座ると挨拶もせず食事を始める。


 ギンジが座った瞬間、エリーナとユアが重苦しい空気をあからさまに醸し出す。

 空気が重い。重すぎる。今にでも喧嘩が始まりそうだ。


 食器の擦れる音と咀嚼音が静かに響く。食堂内は騒がしいがここだけはまるでお通夜だ。


「・・・・・・何よ、ここは私たちがいるんだから向こうの空いてる席に行きなさいよ」


 エリーナは隣に座ってきたギンジに対し突っかかる。

 ギンジはパンを一口分齧って飲み込むと、エリーナの方を見ずに応えた。


「この席を先に取ったのは俺だ。嫌ならお前らが消えろ」


 ギンジの言ってることは確かに正しい。だが、ものには言い方というものがある。

 俺はともかく、こんな言い方をされて黙っている二人ではない。


「どう考えてもあんたがこの空気の悪さを生んでる原因でしょ。そもそもぼっちのあんたがこんな場所で食事なんて何考えてるのよ」

「どこで食事しようが俺の勝手だ。お前に口出しする権利はねぇな」


 ユアの高圧的な文句にも怯まずにギンジは言い返す。


 ユアとエリーナの顔が見る見るうちに険しくなっていく。流石に男の俺がこのまま黙ったままというわけにはいかないだろう、意を決し言葉を発する。


「お、落ち着けよ三人とも。別に食事くらい普通にすればいいだろ?」

「うっせえな、パシリは喋んな」


 ギンジのその一言を聞いた瞬間、ユアとエリーナが凄まじい勢いで立ち上がり腰にさしている修練剣を抜こうとする。


「ハッ、お前らには正直がっかりだぜ。そんな奴の肩を持って、墜ちるところまで堕ちたって感じだな」


 ユア、エリーナと同じく、ギンジも修練剣を腰に下げている。


 ギンジだけではない。この学校にいる学生は、俺以外の全員が修練剣を身に付けている。


 そして、ギンジは俺に目を向けると珍しく饒舌に話し始める。


「てめえは恥ずかしくねえのか? さっきの事と言い、いつも女二人に守ってもらって。お前が修練剣を所持しないせいでこいつらまで奇異な目で見られるようになってんだぞ」


 その通りだ。ギンジの言い分は正しい。俺がこの学校にいる学生の大半に嫌われている理由は入学以来、一度も剣も刀も握りさえしたことがないからだ。


 東都剣術大学校の基本理念は、優秀な魔剣術使に魔剣術について研究させ、自身の魔剣術の能力向上を図ることにある。


 そんな学校に魔剣術使かどうかも怪しい俺のような奴がいたら、いい気分がしないのは当たり前の話だ。


 ユアとエリーナは、人目を気にしたのか冷静さを取り戻し、修練剣から手を放す。


「ユウガは療養中なのよ! 定期的にカウンセリングだって受けてるし、精神的な問題なんだから仕方ないでしょ!」


 まずい、この話題はこちらの分が悪い。

 ギンジは、そのことを馬鹿にしたように笑った。


「そういやそんな話もあったな。仮にそうだとしたら、一体どういう理由があってそんなことになったのか教えてくれよ」

「そ、それは・・・・・・」


 ギンジの問いに、ユアは言い返すことができない。


 確かに俺には剣や刀を握れない理由がある。

 だが、その理由を俺は誰かに話したことは一度たりともない。


 そして、それはユアやエリーナも例外ではない。


「ユウガ、俺はお前のことを絶対に認めねえ。そもそも、この学校の卒業後は魔剣術使として東王国の重要な地区に配属されることが決定事項だ。剣すら握れないてめえに一体、何ができるってんだ?」


 言い方には多少なりとも腹が立つが、ギンジの言ってることは正しい。


 だが、一つ引っかかる点がある。


 本当はこんなことは言わない方がいいのだろうが、いつまでもユアとエリーナに守ってもらうわけにもいかない。


 俺はギンジの言葉に入学以来初めて正面からぶつかることを決めた。


「ギンジ、確かにお前の俺に対する言い分は間違っていないかもしれない。だけど、それが一体お前と何の関係があるっていうんだ? 俺が卒業後にどうするかなんて、お前には全く関係のない話だろ」


 俺が放った問いに対し、ギンジは俺の胸ぐらを掴んで叫んだ。


「てめえのその態度が気に食わねえって言ってんだよ! いつも冷静ぶりやがって、てめえみたいな何もできねえ奴が配属された場所で事件が起きたらどうなる! てめえのせいで一般人が命を落としたらどうやって責任取んだ!? ああ!!」


 ユアが止めに入ろうとするが、俺は目線と左手で大丈夫の意を示し静止させる。


 なるほど、つまりこいつは・・・・・・ギンジは平和について真剣に考えているのだ。


 こんな風貌で誤解されがちだが、正義と平和を愛し、魔剣術使として世のため人のために生きていこうとする強い意志を感じる。


 だが、その思想はどんなに正しくはあれど、認めるわけにはいかない。


 かつて憧れ続けた人の姿が一瞬、脳裏にちらつく。


 気づいたときには、俺の口から言葉が出ていた。


「お前は何か勘違いをしている。見ず知らずの一般人がどこで死のうが、俺にとっては別に大した問題じゃない。所詮は赤の他人だ」

「な、何言ってんだ、てめえ・・・・・」

「ユ、ユウガ・・・・・・?」


 ギンジもユアも少し困惑していたようだったが、俺の口から出た言葉は止まらなかった。


「確かにお前の思想は立派だ。正義を愛し、平和を愛し、民を愛し・・・・・・だが、そんなものを追い求めた先にある結末はろくなものじゃない。お前の生き方が例え人として正しい在り方だとしても、それは間違っている」


 俺の言葉に珍しくも戸惑いを隠せずにいる様子のギンジ。


 その後ろから、俺たちの荒げた声に釣られて人混みをかき分けながら、大柄な男がやって来た。


「おい、何をしている」

「・・・・・・ちっ」


 互いに聞きなじみのある声を聴き、ギンジが俺の胸ぐらから雑に手を離す。


 ギンジが振り向いた方向には、同年代とは思えない風貌の大男が立っていた。

 緑色の髪は少し短めに切りそろえられ、鋭い目つきと鍛え抜かれた肉体が圧倒的な存在感を放っている。


 ラルディオスだ。

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