第3話 食堂騒動②

 周囲の視線をものともせずに、俺たちのいる席へと向かってくるラルディオス。


 そして、その後ろには、肩にかかった桃色の髪をなびかせながら歩く女学生。エリーナほどではないが、少し幼さを残した顔立ちをした三学年のサヤもいる。


 この二人がいるということは、朝から風紀の見回りだろう。


 状況が悪くなりそうなことに感づいたか、ギンジはラルディオスに対して僅かに舌打ちしつつも、これ以上は事を荒げるつもりはない意思を示すかのように視線を切った。


「・・・・・・なんでもねえよ」


 ラルディオスの後ろを通り抜けてこの場を後にしようとするギンジだったが、ラルディオスが呼び止める。


「待て、ギンジ。詳しい事情はわからんが、揉め事なら決闘でもして決着をつければいい」


 ラルディオスは不敵に笑うと、それがここでのルールだとでも言わんばかりの笑みを浮かべる。


 こいつはいつもそうだ。喧嘩騒動ですら魔剣術使としての在り方を優先して考えている。


「そいつはいい案だな。こいつは剣を握れないらしいが、この場合は俺の不戦敗にでもなんのか?」


 ラルディオスは俺を一瞥すると、ようやく状況が呑み込めたらしい。


「ふむ、そうだな。となると、代理の誰かを」

「わたしが相手になるわ」


 待ってました、とでも言わんばかりにユアが名乗りをあげた。

 まずいな、ラルディオスのせいで話が余計にややこしくなった。


「・・・・・・上等だ。ただし、条件がある」


 ギンジはそう言うと俺の方を向く。


「俺が勝ったらユウガ・・・・・・次はてめえが俺と戦え」


 予想通りというか何というか。俺が言葉を発する前にユアが俺に言う。


「大丈夫よユウガ、わたし負けないから!」


 ユアは自信たっぷりにそう言うと、ギンジが俺たちに背を向けた。


「入学式が終わったら修練場に来い」


 そう言い放つとギンジは食堂から出ていった。


 つまり、一言も発する事なく俺は景品となったわけだ。ユアが負けるとも思えないが、万が一のことも考えていたほうがいいのかもしれない。


 考えたところでどうすることもできないのだが。


 俺とユアは元いた席に座り、ラルディオスも深いため息をつくとエリーナの隣のギンジがいた席に腰を掛ける。


 そこで、俺は少し妙な点に気づく。エリーナだ。


 先ほどから静かに食事を続けるだけで、俺やギンジの言い争いには全く口をはさんでこなかった。


 ユアも疑問に思ったのか、エリーナに問いかける。


「エリーナはなんとも思わないの? あんなこと言われて、黙ってるなんて」


 かちゃりと、エリーナは両手に持っていた食器を置いて食事を中断した。


「あのね」


 いつもは明るいエリーナの声とは異なる、低い声が静かに響く。

 怒ってる。間違いなく怒ってる。


「確かに、あのバカの言い方には問題があるし、最初はムカついたわよ。でも、あいつの言い分にも理解ができるところはあるわ」


 エリーナはユアから俺に視線を移し、鋭い目を向けてくる。


「ユウガ、なんで修練剣を所持すらしないの?」

「確かにそうだな。俺も前から気にはなっていた」


 ラルディオスもそのことには賛同するように頷く。

 口には出さないが、きっとユアもそのことには同じことを思っているはずだ。


「はい、これ」


 そう言うと、エリーナは自身が身に着けていた修練剣を俺に差し出してきた。


「あたしは寮に戻れば予備があるから、今日からこれだけは身につけておいて」


 エリーナは俺に詮索をすることもなく、ただ淡々と述べる。

 これを受け取ることは簡単だ。


 だが、仮にこの修練剣を抜かなければならない状況になった場合。

 ・・・・・・そのとき、俺は。


「エリーナ・・・・・・気持ちはありがたいんだけど、俺は・・・・・・」


「剣を抜く必要なんてないわよ。身に着けてるだけで今回みたいなことは言われなくて済むかもしれないし、今日の入学式で一人だけ剣を身に着けてなかったら新入生に変な目で見られちゃうわ」


 確かに、その通りだ。いくら俺の噂が出回っているとはいえ、所詮は噂話にすぎない。


 修練剣を身に着けてさえいれば、俺と噂の人物を結びつけることは新入生にとって容易ではなくなるはずだ。


 心配そうに見つめてくるユアの視線を感じる。

 一体、何をやっているんだ俺は。


「・・・・・・わかった。ありがとう、エリーナ」


 俺は渋々承諾し、修練剣を受け取る。ここで拒んだらまたユアとエリーナに迷惑をかけてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。


 エリーナは手をたたき、いつも通りの笑顔に戻る。


「はいっ、真面目な話はこれでおしまい! ここからはみんなで楽しいお食事といきましょう!」

「・・・・・・まったく、調子がいいんだから」


 呆れるユアを尻目に、すっかり調子を取り戻したエリーナは食事を再開し始める。


「さてと、これをどうするかだな」

 ギンジは結局パンしか食べなかったため、手つかずの食事がそこには残っていた。


「流石に捨てるのはもったいないな。ユウガ、食べるか?」

「じゃあ、デザートだけ。ラルディオスは食べないのか?」

「俺とサヤはもう済ませた」

「じゃあ、あたしもーらいっ!」

「エリーナ、行儀悪いわよ」


 賑やかになってきたところで、ラルディオスは後ろへ振り向いた。


「サヤもずっと立ったままでは疲れるだろう。遠慮などせずとも、好きなところに座っていいぞ」


 そう言うとラルディオスは後ろに礼儀正しく立っているサヤに対し着席を施す。


 さっきからずっとラルディオスの斜め後ろにいるが、なぜか座ろうとはしない。


「お言葉ですが、ラルディオス様。三学年の私が先輩方と同じ席に座るなんて恐れ多くてとてもできません。私はここで結構ですので皆さんはお食事を楽しんで下さい」


 サヤは確かに三学年でラルディオスの補佐的なな役割を担っているが、俺たちに対してそこまで遠慮する事もないだろう。


「別に混んでるわけでもないし、座っても問題ないと思うぞ」

「そうそう、サヤならわたしたちも大歓迎よ」

「で、ですが・・・・・・」


 迷っているのか、サヤが決めかねていると自分の食器を空にしたエリーナがラルディオスのお盆を自分の前に持ってくる。


「って、あれだけ盛ってた皿を空にしたのにまだ食べる気か!? そんなに食べたら太るぞ?」

「うるさいわね! あたしはいっぱい食べて、将来はラルディオスよりでかくなるんだから! 今に見てなさいよ!」


 大きすぎる夢を胸に抱くエリーナは、ラルディオスの背中をバシバシと叩くが、それを見たサヤが止めに入る。


「お、おやめ下さい、エリーナ先輩! ラルディオス様は今、とてもお疲れなんです。現にもう何日も寝てらっしゃらなくて・・・・・・」

「え? そんなことないでしょ! 大丈夫よね、ラルディオス!」

「あ、ああ。お前はいつにも増して元気そうだな・・・・・・」


 確認のためなのか、エリーナはラルディオスの背中を何度も叩いているが、どうやら本当に体調がすぐれない様子だ。


 言われてみると、確かに顔色があまり良くない。元々齢三十近くの歴戦の戦士を思わせるような顔つきだが、今日は何というか全身からいつものような覇気がないように感じる。


「も、もしかしてそれって、ユアの本来受け持つ仕事をラルディオスが全部やってるから・・・・・・とか?」


 俺が恐る恐る聞くとユアが体をビクリと震わせる。


 どうやら、悪い予感は的中したようだ。


「・・・・・・まあ、そうだな。そこの仕事のできない赤女のせいで俺の体はボロボロだ」

「だっ、誰が赤女よ!」


 俺の予想は完全に的中していた。俺はちらりとユアのほうを見る。


「ち、違うのユウガ。これには理由があって・・・・・・」


 ユアはまるで怒られる前に言い訳をする子供のようにそんなことを言い始めた。


 まるでさっきまでとは立場が逆転したような錯覚に陥る。

 

 もちろん、こんなことで怒ったりはしない。多分だが本当に何かしらの事情があったのだろう。こういう時は俺の出番だ。


「悪いなラルディオス。俺で良ければ何か手伝うぞ」

「助かるが、気持ちだけ受け取っておく。お前には一学年の頃から数え切れん程の面倒ごとを押し付けてきたからな。そろそろ何か見返りを要求されかねん」


 あっさりと却下されてしまった。


 確かに一学年の頃から学校行事の裏方だったり、学則を改正するための雑務だったり、挙句の果てには学校の存続にも関わる割と重要な書類を期限ギリギリで俺にぶん投げたり。


 特に、サヤが入学してくる前は俺の扱いがとんでもなかったことは事実だ。

 見返りの一つ位は、あってもいいだろう。


「見返りかぁ・・・・・・そういえば今度の休日にユアとパルクレイア北西区域に新しくできたっていう剣の美術館に行きたいんだけどさ。その入場料諸々の費用が欲しいな~なんて」


 東都剣術大学校の学生には、国から給料が支払われる。これは言わば、魔剣術使のこれからの活躍に期待を込めた生活費支援のようなものだ。


 将来的に国の安全を任す役職に就かせるのだから、研究や鍛錬以外に余計な負担を強いられないようにするための最低限の配慮だと入学要項に記載されている。


 だが、その給料は決して多くない。生活するのに困らない程度の額で、貯金などを貯める余裕はない。もちろん、俺も例に漏れず毎日カツカツだ。


「本当!? 前に行きたいって言ったこと、覚えてくれてたの? 嬉しいっ!」


 ラルディオスの言葉を聞く前にユアが目をキラキラと輝かせながら反応を示す。


 こんなに喜んでくれるのなら、たとえ俺が全額負担することになったとしても連れて行きたくなるものだ。


 そんな決意を固めていると、ラルディオスから意外な反応が返ってくる。


「うむ、いいだろう。そのくらいならば用意してやる」


 おお、まさかあのラルディオスが首を縦に振るとは。

 それにしてもあっさりと要求が通った。これは・・・・・・。


「なんか、もう一押しいけそうだな」

「・・・・・勘弁してくれ」


 ラルディオスは、お手上げといった感じで苦笑を浮かべる。

 とりあえずは、冗談もこの辺で一区切りつけることにした。


 まぁ、俺は半分くらい本気ではあったが。


 話を戻すと、ユアが腕章を着けているとはいえ約三年間もの間この学校の代表だったラルディオスの仕事をそのまま引き継ぐというのは流石に無理がある。


 この一年もまたラルディオスが仕事に追い込まれる姿が容易に想像できた。


「ユア、俺はお前の今日の答辞だけが不安だ。あれだけは俺が代わりにやるわけにはいかないからな」

「それは確かに俺もちょっと心配だ・・・・・・」


 ラルディオスと俺がそう言うと、ユアは憂鬱そうな顔で頭を抱える。


「その話、今はしないで! 本当に嫌なんだから!」


 そんなやり取りをしている内にエリーナは食器に大盛りに盛られていた料理を全て平らげ、ラルディオスに「食べないならもらっていい?」と聞きながら食器を自分のお盆へ移している。


 これだけ食べて全く太らないのは一体どういう原理なのだろうか・・・・・・。


「あれ、てかさ。サヤは何で座らないの? 遠慮せず座っていいわよ」


 エリーナは食事に夢中で気が付いていなかったのか、先程の俺たちと同じことを言う。


「サヤ、先輩たちがここまで勧めてくれているのに座らないというのは、逆に失礼だぞ」

「・・・・・・で、では、お言葉に甘えて・・・・・・し、失礼しますっ」


 ラルディオスの半ば強制に近い言葉を聞き、サヤがようやくラルディオスの左隣に座る。


 緊張しているのだろうか、肩を縮こませ目の焦点が合っていない。


「ところでさぁ。あんた達ってどこまで進んでるの?」


 エリーナの急な発言に、思わずドキリとしてしまう。

 だが、その問いかけは俺に向けたものではなかった。


「・・・・・・待て、急に何の話だ?」


「隠さなくったっていいってば。キスくらいしたの?」

「あら、サヤってば、まだラルディオスのこと・・・・・・?」


 エリーナが言っている事の意味を理解したのか、ユアもわざとらしく口元を覆うように手のひらで抑える。


「・・・・・・どういう意味だ?」


 ラルディオスは、心の底から意味を理解できていないようで、俺に説明を求めるように視線を向けてくる。


「この調子じゃ、本当になんにもなさそうね。あーあ、つまんない」

「はぁっ、ほんっと鈍感」


 エリーナとユアは呆れた素振りで、悪態をつく。


「やめておきなさい、サヤ。こんな硬っ苦しい男と付き合っても何も面白くないわよ」

「・・・・・・っ」


 ユアは冗談交じりに言うが、サヤがわかりやすく悲しい表情をする。それを察知したのか、エリーナは慌ててフォローに回った。


「サヤ、ラルディオスみたいな鈍感な男は積極的にいかなきゃいつまでたっても気づかないわよ」

「あ、え、う・・・・・・うぅ・・・・・・」


 そんなことにもまるで気づく様子のないラルディオスはサヤの背を軽くさする。


「サヤ、大丈夫か? 様子が変だぞ。体調でも悪いのか?」

「うぅ、ううぅぅ・・・・・・」

「・・・・・・お前のそれ、逆効果なんじゃないか?」


 プスプスと湯気を頭から出しそうなほどに、サヤの顔が赤く染まっている。


 それを見たユアは、思うところがあったのか、不機嫌そうな様子でラルディオスを睨む。


「そもそもなんなのよ、後輩の女の子相手に様付けとかさせて。まるで変態ね」


 ユアの馬鹿にするような、侮辱的な発言が癇に障ったのか、ラルディオスは、鋭い眼光をユアに向ける。


「呼ばせているわけじゃない。サヤが勝手にそう呼ぶことを決めただけだ」

「だったらやめさせなさいよ」

「それを決めるのは俺でもお前でもなく、サヤ自身だ。別に俺はどう呼ばれようと構わん」

「なっ・・・・・・くっ、この・・・・・・」


 ユアはお世辞にも口喧嘩が強い方ではない。どちらかと言うと、口よりも先に手が出るタイプだ。言い合いになったところで、勝ち目は薄いだろう。


「変態ってなんですか・・・・・・なんでそんな酷いこと言うんですか・・・・・・」

「え?」

「さ、サヤ?」


 サヤを見ると、俯き、体を震わせていた。

 そして、我慢が限界を迎えたのか、立ち上がった。


「ラルディオス様のことを悪く言わないでください! 私がラルディオス様のこと好きだって、ユア先輩は知ってる癖に! 酷いです! あんまりです!」

「え、えええええ!? ちょっ、まっ」


 ユアが引き留める間もなく、駆け足でこの場を去って行くサヤ。


 サヤが食堂の出口から姿を消し、暫く場の空気が固まる。


 我に返って俺はラルディオスへと視線を移した。

 ラルディオスは、完全に固まっていた。


「・・・・・・サヤが、俺のことを・・・・・・? か、考えたこともなかった・・・・・・」


 場に居合わせただけの俺でさえ驚いているのだ。ラルディオスの驚きはそれを遥かに上回っていることだろう。


 しかし、サヤの気持ちに関してのみいえば、当人なら気づけそうなものだが。

 俺はそんな考えを巡らせていると、ラルディオスが神妙な面持ちで口を開いた。


 「まさか、こ、これが俗に言う〝モテ期〟というやつか・・・・・・?」

「ゲホッゲホ・・・ッ」


 ラルディオスの口から出たあまりにも突然すぎる発言に、俺は思わずむせ返してしまう。


「冗談言ってる場合じゃないわよ! ほら、早く! 追いかけなきゃ!」


 エリーナの一言でラルディオスが我に返る。


「・・・・・・すまんが、後片付けは頼んだ」


 そう言い残し、ラルディオスはサヤが去っていった食堂の出口へと消えていった。

 あいつのあんな姿は、初めて目にしたかもしれない。


 すると、俺の左隣からため息が聞こえてきた。


「はぁ・・・・・・こんなつもりじゃなかったのに・・・・・・あとでサヤに謝りに行かなきゃ」


 落ち込むユアに対し、エリーナは苦笑する。


「今のは怒るのも無理ないわね。好き嫌い以前に、サヤはいつもラルディオスのことを一人の魔剣術使として尊敬の眼差しを向けてたわけだし」


 エリーナには、それがわかっていたからこそ踏み込み過ぎないようにしたのだろう。


「尊敬、か」


 確かに、ラルディオスはこの学校に通う者であれば、誰もが憧れる魔剣術使だ。


 だからこそ、近寄りがたく、恋愛対象として見るには敷居が高い部類に入ってしまうのではないだろうか。


「でも、あのサヤがなぁ。俺もまったく知らなかったよ」

「あたしたちも、サヤに相談されるまでは気が付かなかったけどね。よく見てみると、あんなわかりやすい子、今どき中々いないわよ」


 なるほど。恋愛相談みたいなものを受けていたのか。確かに、相手があのラルディオスであれば、同学年の友人にも相談しにくいことだろう。


「あーもうっ! わたしのばかばかばかッ!」

「そ、そんなに落ち込まなくても」

「まっ、結果的は良かったんじゃない? ずっとあの調子でやってたら、いつまでたっても埒が明かないし」


 エリーナの言う通りかもしれない。


 卒業まであと一年。俺たちだって、ずっと一緒にいられる訳じゃない。


「・・・・・・そうよね、もう終わっちゃったことだし。切り替えなきゃ」


 ユアは落ち込んだ気持ちを切り替えようと深呼吸するが、人間、すぐに切り替えることは難しい。


 この後の入学式に全校生徒前でする答辞のこともある。

 不安は募るばかりだ。


「ってことで、いぇーい!」

「何の『いぇーい』よ。まったく、人の気も知らないで」


 ユアが気乗りしない様子で、エリーナと手を合わせた。


 エリーナなりに、ユアを励まし、元気づけようとしていることが窺える。


 こうして無邪気に喜ぶ姿だけを見ていると、二人はどこにでもいる仲のいい姉妹のようにも見えてなんだか微笑ましく思う。


 二人を眺めながら、そんな思いを抱いていると、思ってもいない掛け声がエリーナから俺に飛んできた。


「ユウガもいえ~い!」


 エリーナの俺に向けられ小さな手のひらを見て、一瞬、硬直する。


「・・・・・・え? お、俺も?」

「いいじゃない、たまにはユウガも一緒にやりましょうよ」


 意外にも、ユアまで乗り気に誘ってくる。


「そうそう、それになんか仲間外れになってるみたいでこっちも嫌だし」」

「いや、俺は別に・・・・・・」


 エリーナの気遣いはありがたいが、気持ちだけで十分だ。


 仲間外れなど、そんなこと微塵も思っていないし、気にもしない。


 しかし、声を重ねながら、二人は無垢な笑顔をこちらに向けてくる。


 こう言っては何だが、俺はこういうテンションで盛り上がったりすることが苦手だ。


 何より、単純に男としての気恥ずかしさがある。


 でも、二人が望んでいるのに拒むのは感じが悪いとも思う。


 それに加えて、彼女たちの俺を心の底から清々しいまでに信じ切った目はなんだろうか。


 まるで、『ユウガなら絶対に自分たちを裏切らない』と信じきっている目だ。


「・・・・・・くっ」


 俺は羞恥心と彼女たちからの期待を天秤にかけた結果、両手を前に出した。


「い、いえーい」

「あはは、ユウガってば、可愛い~」


 気恥ずかしさの抜けきらない、情けない俺の声が脳内でこだまする。


 同時に周囲から微かに笑い声が聞こえてきたときの気まずさを、俺は生涯忘れることはないだろう。






 朝食を終えた俺たちは食堂を後にした。これから始業式が行われる会場に三人で向かう前に、エリーナが寮へ修練剣を取りに行った。


 必然的に、俺とユアは、エリーナが戻ってくるまで寮棟の外で待つことになる。


 会場といっても、行われるのはもちろん学校の敷地内だ。歩けば数分で着く。


 ユアにはこの後の入学式で、代表挨拶などの重大な役目も控えている。


 そのため先に行っておくことに越したことはないのだが、近いしまだ時間に余裕があるからと、俺と一緒に待つことにした。


 そんなときだった。


 ユアと何気ない会話で時間を潰していると、不意にユアが話題を変えてきたのだ。


「そ、そういえば・・・・・・さっきのギンジに言ってたことなんだけど・・・・・・」


 ユアは少し言いづらそうだったが、なんとなく察しはつく。

 俺がさっき口にした『赤の他人への価値観』に違和感を覚えたのだろう。


 俺は誤解を解くために口を開く。


「所詮は赤の他人・・・・・・て、やつか? まぁ、あれは少し表現が大袈裟だったかもしれないな。流石に見ず知らずの誰かのために命まではかけられないってだけで、目の前で誰かが困っていたら普通に助けるさ」


「う、うん。そうよね。それも聞きたかったんだけど・・・・・・その後に話してた、正義や平和を追い求めた先にあるのはって話、あれってどういう」

「おっまたせ~」


 俺がユアの質問に答える間もなくエリーナが戻ってきた。


 俺たち三人は会場へ向けて歩き出す。

 ユアもタイミングを逃した為か、それ以上は聞いてこなかった。

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