生贄のいいわけ

冬野瞠

洞穴の奥で

 ひいっ、という鋭い悲鳴が、私とあるじがいる洞穴ほらあなの中に響いた。

 私が側仕そばづかえする主は、名の通った祟り神である。外見はけがらわしい色をした土饅頭といったところで、表面には人の手足に似た突起が常に十本以上ぼこぼこと現れては消える。大の男を丸飲みにできる口も時折がばりと体表に空き、そこから腐臭を撒き散らす。

 洞窟内で頼りない篝火かがりびの光に浮かび上がる主を見て、取り乱さない人間などいない。ここには生贄いけにえとして祟り神に捧げられた人間しか来ないのだから、元々冷静ではないのだろうが。


「人の子よ。神にいいわけを述べる事を許す」


 私はなるたけ厳めしい声を作り、腰を抜かしている贄の男に言い放つ。

 見窄みすぼらしいなりの男はここが生死の分かれ目と察したか、慌てて正座をして言い募る。


「お……俺は確かに、女房殺しをしでかしちまった男だ。しかし相手にも非がある! 子供ができたからってそっちにかかりきり、飯炊きもしない、俺が余所よそに女を作ったのだって寂しかったからだ。それを烈火のごとく怒って……俺だけが悪いわけじゃねえ、だから頼む! 命だけは助けてくれ!」


 聞くにえない言い訳に嘆息が漏れる。贄に選ばれる人間など、その性質も知れているから、今さらではあるものの。

 突然主が男におどりかかった。ぼかりと体にできた巨大な口で相手を頭から飲み込む。ぶちり、ごりごり、と骨肉を咀嚼する音が祟り神の体内から漏れ出る。

 今回も駄目だったな、と私は冷静に振り返る。

 いいわけをしろ、とは命乞いをしろという意味ではない。いいわけとは必ずしもではなく、別の解釈もある。を述べろ――つまり、自身が贄として適している理由を述べよ、という解釈だ。

 私はこの言葉を幾人もの人間にぶつけてきた。良い訳をきちんと説明できる者が現れれば、荒魂あらみたまの姿をした主は慰撫いぶされ和魂にぎみたまに変じ、麗しい男子おのこまたは女人にょにんかたちをとって、晴れて神と贄は夫婦めおととなる。

 しかし、この調子だと主は向こう何百年も土塊つちくれのままであろう。

 まだ人間を貪っている祟り神を見て微笑する。私は主のこの冒涜的な姿を愛している。だから未来永劫、いいわけのふたつの意味に気づく人間など現れなくていい。私はそう思うのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生贄のいいわけ 冬野瞠 @HARU_fuyuno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ