機械仕掛けの筋繊維①
柊
生まれました、はじめまして
「おめでとう」
最初に言われた言葉は、至極単純なものだった。
当時、私のプログラムはまだ完璧ではなく、日常生活に差し支えない程度の言語のみだ。
まあ、そのお陰で、最初は「おめでとう」という単語は理解できても、その真意は理解出来ていなかった。
「おめでとう、今日が君の誕生日だ」
そう言って、博士は診察台の上で何もできないまま次の動作の指示を待つ私に、用意していたケーキを差し出した。生まれて最初のプレゼントだと言って。
私は食べられもしないのに、だ。
後で聞いたら、博士がホールケーキを食べる都合が欲しかったのだと白状した。ショートケーキの気分だったのだと。
受け取ったケーキの上では、蝋燭が一本だけ火が灯されてゆらゆらと揺れている。
私はケーキが何かがわからない状況の中、「おめでとう」と「プレゼント」の言葉を繋げる事も出来なくて、その中で唯一プログラムの中にあった『火』に手を伸ばした。
「ああっ!」
あの時の博士の慌てようと言ったら。
博士は慌てふためいて私を止めようとするあまり、そこら中に伸び散らかしたコードの群に足を引っ掛けて派手に転んでしまったのだ。
因みにその時の様子は、しっかりとメモリーの面白動画のフォルダに保存されており、博士の嫌がらせのネタ用にしている。
まあ、新品の外皮部分が熱でドロっと溶けたのだから、私を自費で造った博士にとってはたまったものではなかったのだろう。
溶けた掌中央の外皮の中は特殊樹脂が詰まっていた。そして、博士がすっ転んでいる間に痛みが存在しない私は火に炙られたまま樹脂も溶けてしまい、伝導性の伸縮金属までもが顔を出していた。
「出費が……」
博士は診察台に縋りつきウジウジと嘆く。そこで漸く、私は自分が『何かした』事に気がつき、腕を自らに引き戻し掌を見つめていた。
今ならば、博士が泣き真似でもしようものなら腹を抱えて笑ってやるのだが、その時の私には博士が何を意味して泣いているのか、そもそも『嘆く』という動作自体を理解していなかった。
そして、それ以前の問題として、その時の私の視覚には博士は認識外とされており、外傷に視野が集中されていた。
伝導性の伸縮金属――人で言えば、筋肉に当たる部位。
人の筋繊維と違って生々しさはなく金属独特の鈍色に光る。それだけは、火が当たっても焦げ付き一つなかった。
「金属繊維にしといて良かったよ、じゃなかったら、誕生日初日で君は手を取り替える羽目になってた……いや、暫く右手無しで生活を余儀なくされてたな」
ははは、と嘆いていた時とは打って変わってあっけらかんとした様子で笑う。
博士のジョークが理解出来たなら一緒に笑ってあげたのだが、正直私に右手が無くても大して困らないので、まあ白けていたかもしれない。
今でこそ、人と大差ない程に改良されはしたが、当時の低予算で構築された私は、ロボット三原則と日常生活を必要最低限で送れる程度の動く人形だった。
白けるという言葉を言えば、何が白いのかとすら返す事も出来ない。
単純な言語は理解出来ても、二語三語が限界。
そんな私が、初めて興味を持った火。そして、その火が破壊した私の一部。
私はまだ自分がガイノイド(女性型のロボット)である事も理解出来ないまま、ただ己の中にある金属を見つめていた。
私が指先を動かせば、脳から腕、掌を伝って電気信号が流れていく。電気信号が流れる度に、金属繊維の一本一本が虹色に光ったような気がして、私はそれに夢中になっていた。
「それが面白いのかい?」
「プログラム範囲外です」
『それ』という曖昧な言語に対応できず、私はプログラム通りの返事をしていたが、博士は私の反応に、ニコニコと笑うだけだった。
そう、その顔の動き。
表情筋のその動きが、私が生まれて三番目に興味を持ったものだった。
機械仕掛けの筋繊維① 柊 @Hi-ragi_000
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます