第11話 害悪、アイドル達と腹を括る
「……まあまあ、ね。あと、もう少し整理すればいいと思うわ」
莉緒から渡された紙の内容を読んだヤスミンは、片方の口角をくいっと上げる。その表情に莉緒は頭を下げた。
「ヤスミンさん、ありがとうございます! サザくん、やりました!」
「うん! 莉緒さんすごいです!」
喜ぶ二人に、ヤスミンはその口角を下げて、呆れたように見ていた。その様子をアイヴィは、思わずニヤニヤと笑う。
「アイヴィ」
咎めるようなヤスミンであるが、やはり長年共同戦線をしてきたアイヴィは動じることはない。勿論、長い付き合いのヤスミンにとって、アイヴィには効かないのはよくわかっていた。
しかし、次の一瞬、アイヴィとヤスミンの顔が強張った。サザと莉緒は喜び合っていたため、その変化には気づけなかった。
「……これは、夜も会議かしらね。アイヴィ、腹を
苦虫を噛み潰したようなヤスミンの声。そこで初めて、サザと莉緒は二人の様子がおかしい事に気づく。ヤスミンの顔はわかりやすく、歪められており、今までとは違った恐ろしさがある。柔和なアイヴィも、まるで幽霊を見たかのような青褪めた顔だ。
「ヤな括り方だなぁ」
いつも張りのあるアイヴィの声が、蚊が鳴く声よりも小さかった。
その日の夜、会議室。
全員ライブ終わりに、そのままこのかいぎしつへと移動してきた。勿論、ファイドも流石に衣装を着ている。ただ、何を話すのかわかってるのか、リーダー全員顔色が悪い。莉緒とサザだけが、何が起こっているのかわからなかった。
「急遽三日後に、外での仕事が決まったわよ。しかも、全組出演で」
ヤスミンの苛ついた声とは裏腹に、内容はむしろ喜ばしいことではないだろうか。莉緒はそう思って周りを見るが、リーダーたちの顔色は良くない。
「場所は、ラッティス。そう、うちの一番上の兄が今、橋を建設してた場所、ね」
一番上の兄、ヤスミンから以前の話を聞くに王太子のことだろう。随分の大口顧客ではと莉緒は思ったが、ヤスミンの苦しそうな発言のたびに、リーダーたちの顔がどんどんと曇っていく。
「要は、建設完了のセレモニーの一環として、パフォーマンスしてくれってことよ。うちの大道具製作部隊貸してるだけでも面倒なのに」
チッ、とヤスミンの舌打ちが響く。ここまで苛立ちを見せるのは意外であるが、以前聞いた話しとしても余り兄妹仲がよろしくないのだろうか。莉緒はそんなことを邪推してしまう。
かなり空気が重い中、一番最初に口を開いたのは、ファイドであった。
「王太子様……のところか……最悪だな。フレム置いてっちゃだめか? 最悪、俺がソロでやるぞ」
朝のテンションとは違い、随分控えめに提案してくる。どうやら、弟をよほど連れて行きたくないのが、目に見えてわかる。
「駄目に決まってるでしょ? 全員をご所望よ。なんなら、ジュエルの再結成ライブまで望まれてるんだから」
勿論、その要望は勿論却下されてしまい、ファイドは柄にもなく肩を落とした。ただ、ヤスミンも珍しく困ったような表情で、リーダーたちを見ていた。
「また、
次に大分震えた声で問い掛けたのは、ライボルトである。ただでさえ、朝もかなり自信なさそうな雰囲気だったのに、今はまるで怯える小動物のように縮こまっている。
莉緒とサザ以外は、「
「兄が言うには、お家で留守番だそうよ。近々遠方の国に嫁がせるって。しかし、そんなもの、
ヤスミンの表情が、段々と抜け落ちていく。そして、最後は頭が痛そうにこめかみを抑えている。
本当に会議の雰囲気が、朝会のギスギス感とは別の、メモを取ってるだけの莉緒ですらお腹が痛くなるような思い雰囲気だ。
隣りにいるサザも何事かわからず、キョロキョロと視線を彷徨わせている。
これは、ちゃんと事情を把握しておいたほうがいいのではないか。莉緒は勇気を出して、静かに挙手をする。莉緒の勇気ある挙手に、ヤスミンはすぐに気づいた。
「なに、莉緒さん」
「すみません、その
莉緒の質問に、ヤスミンの顔が少し引き攣る。そして、痛みが増しただろうこめかみを抑えながら、ヤスミンは口を開いた。
「……兄の娘、私の姪のことよ」
無理矢理にでも振り絞った声は、余程相手のことが心の底から嫌いなのがわかる。ヤスミンが昨日していた祖父や宮廷貴族の話をしてる時に比べても、姪のことの方が嫌いそうであった。
「姪さん、なんかやらかしたんですか?」
バタンッ!
「きゃっ! えっ、レイディさん?」
莉緒の勇気ある問い掛けに、一番最初に反応したのは急にテーブルを叩き、立ち上がったレイディであった。
「あ、あの
「え、それ不法侵入じゃないですか!?」
蠱毒と呼ばれるほどの姪のしでかした事に、莉緒は思わず叫ぶ。それって、もしやサザが言っていた逆さ吊りにされた女のことではないか。
「……あのゴミ、俺たちの楽屋入ってきて、『王太子の娘なのだから特別待遇にしろ!』と暴れた挙げ句、当時まだアイドル練習生なったばかりの
「や、やば……」
次に口を開いたのはファイドで、その内容もまた散々である。弟も怖かっただろう。
「サイン会参加してたファンたちのことを後ろから悪く言ってきて。凄かったんですよ。最終的には、『こんなイベントやらなくていい! わたしのだけサインしろ!』って暴れ始めて、ペン投げつけられました……」
「わぁ」
ライボルトもシュンッと萎れ、小さく小さく縮こまる。あまりの暴れ方が、本当に同じ人間なのか。尋常ではない。あまりの惨状に返す言葉が見つからない。
「あはは、僕の場合は皆と違うけど、いきなりライブステージ上がってきたと思ったら、『あんた、顔をあの混ざりものにやってもらったら?』って言ってきたよね〜」
アイヴィのエピソードも、違う方向で相当なものである。というか、ヤスミンにもアイヴィにも相当失礼な発言だ。
「言っとくけど、これ、あくまでもほんの一部よ。何度も叩き出したし、兄に損害賠償請求しても、まるで蛆虫のように現れるのよ……だから、今は物理的に遠い地方で軟禁してもらってるの」
軟禁。確実に理由はこれだけじゃない気がするが、余程ヤバい人なのは今の間だけで十分わかった。絶句している莉緒には気づかずに、ヤスミンは目を見開いて本心を吐露した。
「あのクズ、しかも、威張るだけ威張って、ポッと来ては、「私のものだ」っていうだけで、自分では時間も金も出さねぇ。暴れて文句言いたいなら、
ヤスミンより金も時間も出すのは、事実上不可能なのでは。莉緒は、引き攣った顔のまま、サザを見る。呆然としたまま、顔を真っ青にしたサザがいた。
サザくんに、こんな顔をさせてしまうなんて!
莉緒は、今初めて質問をしたことを激しく後悔した。
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