第17話 二人、能力を使う
ラッティスの街に到着した莉緒は、馬車から飛び出すように降り立つ。馬車をかなり飛ばしてもらったが、もう既に朝日は昇りきり、街の人達も店の準備をしている時間。メイン広場にはステージの設営スタッフたちが仕事を開始していた。
「す、すみません、神殿はどっちですか!?」
「このまま真っ直ぐだよ!」
「ありがとうございます!」
一刻の猶予もない莉緒は、街の人達に声を掛けながら、神殿へと駆け抜けていく。幸いあまり離れた場所にはなかったので、すぐに到着できた。ここまで慌てて走ってきたことで息が上がって苦しい。ハアハアと神殿の入口前で少し息を整える。
あと少しで、神殿の中に入れる。そう思いながら一歩を踏み出そうとした途端、自分の足がまるで石のように動かない。
「えっ」
身体が神殿を拒んでいる。直感でそれはわかった。今までのトラウマが、莉緒の身体を蝕んでいる。その時だった、その莉緒に駆け寄った女性がいた。
「何してるのよ、こんなところで」
「あっ」
それは、昨日ヤスミンに扇子を投げつけた女性だった。機能とは違い、白い服を着ており、まるで修道女のように見える。
「いえ、あのその……」
「『迷える子羊を救え』ってお告げで来てみれば、これが我が神の御意志なのね」
女性はぽつりと呟くと莉緒の腕を掴んだ。まさに強引に神殿の中へと引きずり込まれる。莉緒は思わず抵抗してしまうが、女性の力でズルズルと中に引き込まれ、気づけば莉緒は門を超えていた。入ってしまったと顔を青くする莉緒に、女性は意地悪そうに口を歪めた。
「成すべきことをしなさい、だそうよ」
女性の言葉に、莉緒は混乱で見失いかけていた本来の目的をはっと思い出した。
「ペルラさんに合わせてください!」
手に握りしめていた黄色のネクタイ。女性に見えるよう掲げれば、女性は誰に何があったのかわかったのか表情を引き締めた。
「ペルラ教皇の執務室へご案内致します」
神殿内。
「なるほど、貴方がヤスミンが言ってた転移者なんですね〜」
豪華な執務室に佇む白く豪華な聖職服を着た男こと教皇ペルラ本人は、莉緒を快く迎えてくれた。
「は、はい。あ、あの……」
「あの問題児がやらかしたんでしょ、お告げがありましたので」
「は、はぁ」
何とも悠長な男に、莉緒はいつ話を切り出そうと口を開いた瞬間だった。
ゴーンッ
鐘の音が響く。その音は、莉緒の脳を揺さぶった。
「神があなたをお待ちです」
ペルラ教皇の声がよく聞こえた。
次の瞬間、目の前には紺色スーツに七三分けの見たことのない男がいた。まるで役所の窓口のようなデスク挟んで座っている。莉緒は彼に対面する形で座っていた。
「遅かったですね。塩谷莉緒。普通はチートだ、スキルだって、我先にと来るものなのに」
「貴方は?」
「はじめまして、私は神です。で、もう一つの能力は何にしますか。決めたら、この紙に記入してください」
神と名乗った男は、一枚の紙を出す。まるで書類のような紙には、記入済みの自分の氏名、年齢、性別、誕生日、第一能力と、未記入の第二能力の項目が印字されている。
「なんですか、この第一能力の『神の子』って」
言葉の響きからして、莉緒にとっては最悪の言葉である。なにせ、母が入信していた宗教では、教祖は『現代に生まれし神の子』という肩書であった。かなり嫌そうな顔をする莉緒に、神は嬉しそうに頬を緩ませる。
「あなたが最も嫌がる能力を、この世界に来るときに、
思えば、ヤスミンが神様は性格悪いと言っていた。たしかに、これは性格が悪い。『神の声を聞く』というのも、あの教祖のやり口だったのを思いだす。
「早くこの中から能力を選んでください。時間は有限です」
ドン引きしている莉緒に、神様は能力一覧表という紙を渡しながら、
そうだった。莉緒はその一覧表から今最も必要な能力を選び、紙に記入した。
そして、時は戻り、ヤスミンと合流した今に戻る。
「神様から能力で『瞬間移動』と『神の子』をもらいました。ヤスミンさんの
「ああ、別にそれが目的なわけではなかったのだけど……助かったわ」
びしょびしょに濡れたヤスミンは、少し困惑しつつも莉緒にお礼を言う。
誰かがペルラに連絡してくれれば、私との関係も深い彼のこと、教皇権限で捜索するはず。それに、彼は
しかし、まさか莉緒が能力を取得し乗り込んでくるとは、少しも考えてなかったのだ。
現在セレンディアは、ペルラの『神の
「オイタが過ぎたようね、セレンディア」
「何よ。私は王位継承権があるの、貴方とは違って」
不貞腐れたように話すセレンディアに、ヤスミンは近づいた。カツカツと床を鳴らす靴の音が良く響く。
「兄からあと少しで、結婚して他所様になる貴方に伝言よ」
ヤスミンはそう言うと、セレンディアの頭をがっしり掴んだ。
「ぎゃっ」
「『隣国の公爵は、その綺麗な身一つあれば構わないそう。ジャスミンの
あまりにも不穏な言葉に、莉緒の顔も強ばる。
「必要なのは貴方の肉袋のみ。残念ね、貴方にこの
「や、やめて、ジャスミン叔母様……! ごめんなさい! もう二度としないから!」
「ごめんね。でも、もう許せる範囲を超えたわ。それに、
何をされるかわかったのか、慌てふためくセレンディアに対して、ヤスミンの声は悲しげに響いた。莉緒は何が起きるのかわからず、呆然と二人を見ていた。
「『記憶削除』」
ヤスミンのもう一つの能力が発動する。セレンディアの身体が青く光った後、がくりと気を失い崩れ落ちた。
「もう貴方は、ジュエルも私も、思い出せないわ」
ヤスミンの言葉は、もう彼女に届かないのだろう。その後、騒ぎを聞きつけた衛兵に、意識が戻らない彼女を引き渡す。ヤスミンの表情は暗かった。
お昼過ぎのラッティスのメイン広場では、アイドルたちによるライブが始まっていた。
ファンたちや、通りかかった人たち、お偉方などがそれぞれのブロックで大賑わいをしている。今も、特別なユニットたちが、ステージを披露していた。ファンたちの黄色い歓声が祭りを盛り上げていた。
「ヤスミンさん、はじまってますよ!」
「見ればわかるわよ」
莉緒の瞬間移動を使い、
そんな楽屋テントの外から聞こえる野外ライブの音に、莉緒は目をキラキラと輝かせた。
「うへぇ、俺が寝てる間にそんななってるとは」
「あんな状態で寝てる貴方が信じられません!」
「落ち着きなよレイディ、ファイドだから仕方ないよ」
「アイヴィ、そういう問題じゃ……」
リーダーたちが呑気に話している。 莉緒の力で解除されたため、皆調子が戻ってきたようだ。そんな彼らの目の前には、出番を丁度終えて楽屋に休んでいたフレムたち。
「うっうゔぅうにいぢゃぁあん!」
「おっ、フレムどうしたぁ? 泣き虫だなぁ」
一番最初に我に返ったフレム。朝の堂々と指揮していた彼はどこへやら、ファイドに抱き締め泣き始める。そんな、フレムにヤスミンが声を掛けた。
「フレム、貴方が指示出したんでしょ?」
「はっ、はぁいっ!」
「よくやったわ」
ヤスミンがフレムの頭を撫でる。フレムは鼻水を垂らしながら、「ヤズミンざぁん!」と更に泣き始め、もう喋るどころではない。
「で、ちなみに次は?」
ヤスミンは泣き続けるフレムの頭を撫でつつ、フレムと同じく楽屋に戻ってきたエリアスに尋ねた。プロデューサーの彼女にとって、セットリストの変更はすぐ確認したいのだろう。しかし、エリアスの顔は固まる。ヤスミンの確認を取らずに決めたことが、一つあったからだ。
「今の終わったら……ベイビークォーツのデビューで閉めようかと」
ベイビークォーツのデビュー。ヤスミンはそれを聞くと、何ふり構わず舞台袖へと走っていった。そして、何故か莉緒もその背中を衝動的に追って楽屋を出ていった。
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