害悪アイドルヲタクが異世界に来た結果
木曜日御膳
第1話 少女、異世界転移する
「
「は、はい」
どこか西洋の城の内装みたいな部屋の中。
向かい合うソファに、一人の女性と「無銭のお嬢さん」と呼ばれた少女が座っていた。
入り口から見て部屋の奥側に座るのは、金髪黒スーツで黄色いネクタイをつけた女性。入口側に座るのがブレザーの制服を着た黒髪の少女。不安そうにトートバッグを抱きしめたまま、腕にはキングブレードと呼ばれるペンライトをぶら下げている。
「まあ、そうだよね。缶バッチ一枚の痛バ持ってるくらいだし。無銭でレアな流れ弾おめでとう」
「こ、この缶バッチしか、持ってるグッズ無くて」
「缶バッチしかないとか。で、ペンライトは市販キンブレ。売れてないの、そのグループ?アクリルペンラも作れないの?」
「う、売り出したばっかなんです!」
キングブレードと言われるのは、ボタン一つで何色にも光る便利な市販ペンライト。しかし、それしかないというのは、独自のペンライトすら作る余力がないということだ。
正直すべて失礼極まりない女性だが、どうやらさっきのあの光景を覗いてしまったせい。少女は不可抗力にも関わらず、こうして精神的に詰められていた。
ああ、なんでこんなことになったのか。少女は今自分に降り掛かった出来事を思い返した。
少女こと
手元にあるスマートフォンは圏外。この場所は一体どこなのだろうか、皆目検討がつかなかった。
周辺はまるでヨーロッパのような町並み。
私はさっきまで後楽園のライブ会場にいたはずだ。制服のまま、腕にはキングブレードと、ポケットにはスマートフォン。そして、缶バッチの着いたトートバッグのみ。
「どうしよう、日本にいたよね? ここどこだよー! こんな夢ならライオンちゃんたち見たかったよー!」
莉緒はトートバッグに着けた大きな缶バッチを見る。缶バッチには、ライオンと彼女が呼んでいた日本のアイドルグループ「ライオンソウル」のメンバー全員。あと、十数分待っていれば、初めて生で見れるはずだった。推したちだ。
「夢なら早く醒めて……ライオンちゃんたち出てきてよ……」
ライオンソウルにハマって、まだ二ヶ月。今まではテレビの前でしか応援できず、所謂『茶の間』と呼ばれているファンをしていた。この缶バッチもコンビニのコラボで手に入れたもので、家で宝箱にしまっていたものを、満を持して着けてきたのに。
この『ライオンソウル』は、伝説のアイドルが伝説のアイドルグループをプロデュースという肩書きで、今話題沸騰中のアイドルだ。
全員、莉緒より年上達だが、やはり顔とちょっと少年みを感じるのが、莉緒にとっては好きなポイントである。
メンバー5人、全員大好き。莉緒はアイドルオタク用語で言う箱推しだ。
今日はライオンソウルの初冠番組『直撃ライオンソウル』の初回生ライブ日。莉緒はたまたまこの番組観覧に当たり、うきうきで後楽園まで来ていたのだ。
「熱きチシオの〜夢に〜ススメ〜」
見知らぬ土地にいるというあまりの心細さに、頭の中でライオンソウルのMVを流し歌いながら、人通りの少ない道をとぼとぼと歩いていく。
ライオンソウルちゃんたちの、熱きソウルが心細い自分をなんとか支えていると、莉緒は感じた。
「うー、本当にここどこだよ〜 自分にエイエイエイオー……ん、あれなんだ?」
ライオンソウルの歌の一節を口に出しながら進んでいくと、ふと視界に妙な集まりが目に飛び込んできた。
莉緒はそろりそろりと近づいて建物の影から、その道を横から見るように覗く。眼の前の道沿いにある大きな洋館。その洋館の大きな扉から壁に沿って、色々な格好を彩り豊かな女性たちが大きなパラソルの下に扇子を持って並んでいた。
「え、なんだろう、え?」
女性たちの格好は基本は美しいドレスや、くるぶし丈のワンピースを着ている。しかし、何人かはスーツらしきものも着ている人もいた。
皆ヒソヒソと会話をしあっているが、思ったよりも静かであり、なんとも品がある光景だ。
現代日本ですらも、もっとうるさいだろう。
「な、なんだ?」
莉緒にとっては色々気にな部分はあるが、一番気になるのは彼女たちの扇子だ。扇子も色や形はそれぞれだが、よく見ると正直身分差ありそうな人たちが、みな共通して同じ扇子を持っている。
そして、何人かの女子はなにか冊子を見ながら、くすくすと笑い合っていたり、様々である。
なんだか、似ている光景を見たことある気がする。しかし、それが何なのかは思い出せそうで出せない。
すると、暫くして屋敷の道の手前に一台の馬車が止まった。すると、入口側にいた緑色のドレスを着た女性が一歩前に出る。それに合わせて、緑の服の人たちも、他の人よりも一歩前にでた。
馬車から何人かの人たちが降りていく。
「わあ、イケメン!」
そこには柔和な笑みを浮かべたイケメンたち5人が、緑色の洋装を着ている。ちょっと耳長めではあるが、異次元のイケメンさで、目が眩しくて焼けそう。
ドンドコドコドコドコッ
とんでもなくぶっ飛んだイケメンたちに、私の鼓動は鰻登りだ。
「おまたせしました。私たちの愛、さあ行きましょう!」
イケメンたちはそんな歯が浮くようなセリフをサラリと熟す。しかし、それがもう王子様のようで、流れ弾に当たった莉緒は顔を真っ赤にしながら、その場に崩れ落ちた。
「やっば、ひゃあ、国宝じゃん」
私ですらこれなのに、モロに被弾した女性たちはうっとりとイケメンたちを眺めている。イケメンたちはその光景に慣れているのだろう、女性たちに手を振りながら、洋館の入口の中へ入っていく。その後ろを追うように、女性たちが挙って歩みを進める。
日本なら騒ぎ立てるところなのに、静かにながらもお上品にしているのはちょっと面白い。
暫くしてまた次の馬車が来て、今度はクール系のイケメンたちと、それを負う青色の令嬢たち。
「私達の唯一、お揃いで。行きますよ」
クール系イケメンたちの小さな微笑み。尊い。
次はオラオラ系と赤い令嬢。
「待たせたな、相棒たち、今日も元気に行くぞ。あ、足元気をつけろよ、段差あるから」
オラオラ系のちょっとした優しさやばい、ええ好き。
その次はミステリアス系と紫。
「今日も美しい蝶たちを見れるのは幸運です」
少しばかりねっとりとした話し方だけど、エッチでこれはこれでセクシーすきですか? ハイ好きです!
イケメンたちと、女性たちが次々と洋館に入っていく。
その様子を一人心のなかで叫びながら見ていた莉緒は、やっと自分の中の既視感がハッキリした。
「これライブの入り待ちだ、しかも一緒に入るタイプの」
入り待ちとは、ライブ会場とかで関係者入り口前で陣取り、アイドルグループのメンバーを見ようとする行為のこと。基本は禁止されてるが、売れてないところだと、普通に一緒に入っていくこともある。
それにしても、あれは何だ?
莉緒が首を傾げながら、次の馬車を待ってみる。なにせ、今まで出てきた人たち皆イケメン。アイドルオタクでも、顔面ファン上等を掲げているくらいの面食いな私は、ついつい楽しみ過ぎてしまったのだ。背中の気配に気づかないくらいに。
「あら、ファンクラブ限定のイベントを勝手に見ている無銭のお嬢さん、どうしたの?」
ぬるりと、背中に誰かの体温がくっつく。私は「ひっ」と喉を引きつらせたまま、ゆっくりと振り返った。そこには、金髪ストレートの美しい女性が、私の顔を覗き込んでいた。
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