第13話 害悪、ファンと対峙する


 ラッティスの街は、思ったより活気のある町並み。色々なお店や露天商が行き交う客に、元気よく声を掛けていた。しかし、莉緒はその町並みに違和感を覚えた。何せ、街を行き交う人が、ほぼ女性か子供ばかりで大人の男性が見当たらないからだ。


「こ、この街、女性の方がほぼですね。男の子は居ますけど……」

「それはそうよ、平民の男はほとんど死んだもの」

「えっ」

 まるで天気の話をするくらいの感じで話すヤスミンとは対象的に、莉緒は小さい悲鳴を上げたあと、手で口を抑えた。


「そりゃ、三十年間も兵士として、平民や下級貴族の男を消費したの。少し前までこの国では、女は兵士を増やすための道具、産まれた男子は選別し、戦闘に使える男は鉄砲玉として使う。で、要らない子は子捨て場によ。結果、こんな歪な男女比になった」

 たしかに、以前ヤスミンやアイヴィの話から、ロクな状況になってないのは知っていたが、まさかここまで酷いとは。


「そ、そうしたら、結婚って……」

「この国は一夫多妻制。兄もたしか五人くらいは妻がいるし」

 五人。日本で暮らしてきた莉緒にとっては、驚愕の人数だ。


「ちなみに、恋愛結婚なんて、ほぼないわ。見合いか、見初められるか、お情けか。本当に人間のこと舐めてるよね、この国」

 うんざりしたかのように鼻で笑うヤスミン。現代日本とではかなり状況が違い、この国は人間を駒のようにしか見てないのだろう。思ったよりも重い内容の上、護衛のアリーも黙っているため、会話が尽きた二人は、沈黙のまま街を歩いた。

 しかし、沈黙を耐えれる限界というものがある。莉緒は頭の片隅にあった質問を口にした。


「あ、ヤスミンさん、もう一つ聞きたいことがあるんですが、いいですか?」

「何?」

「どうして、ジュエルは解散したんですか?」

 莉緒の直球の質問に、ヤスミンの表情は凍った後、途端に悲しそうに歪んだ。ヤスミン側にいたアリーも、目を見開いた後、莉緒を厳しく睨む。まさか、睨まれると思ってなかった莉緒は、思わず後ろに後ずさった。


「……色々よ。本当に色々。でも、それは、ほとんど私のせいだわ」

「ヤスミン様! そのようなことはないです、あれはヤツらが悪いんです!」

 弱々しく話すヤスミンに、アリーが叫ぶようにフォローする。どうやら、この話題はタブーらしい。


「いえ、私はさいきょーのアイドルプロデューサーになるの。だから、過去の過ち・・・・・は、受け入れなきゃならないのよ」

 ヤスミンはまるで己に言い聞かすように、そう呟いた。


 また沈黙のまま歩くこと、十数分。とある建物に着いた。それは、まるで歴史の資料集に出てきそうな立派な大聖堂だった。


「こっ、これはなんですか!?」

「……神殿よ」

 あまりの美しさに莉緒は、周囲のことも忘れ大きな声を上げた。ヤスミンは、そんな莉緒を一瞬じろりと睨むが、すぐに諦めたように問い掛けに答えた。


「し、神殿、これが、すごいです。」

 莉緒は神殿の外からではあるが、目を輝かせて建物を眺める。ゴシック建築というのか、華美な装飾がありつつも下品ではなく、崇高を感じる建物だ。そして、なによりも沈みかかった夕陽の光が、ステンドグラスに映り、幻想的な雰囲気を醸し出している。


「一応、ライブの次の日を予定してるわ。私の知り合いのペルラが担当するから」

「やっぱ入らなきゃ、いけないですよね」

 建物を眺めながら話す莉緒。今だに過去のことがあるため、眺める分には良いが、それ以上近づくことが出来なかった。


「……別に、いいわよ。最悪、ペルラを外に引きずり出してくればいいし」

「え?」

「別に神官できるやつが居れば、どこでもできるもの」

 ヤスミンはそれだけ言うと、神殿に背を向けた。決してこちらを見ずに、つんっと歩き出す姿。でも、それが彼女の優しさだと莉緒は感じた。


「いえ、覚悟決めますよ……もう少し時間は要りますけど!」

 莉緒はヤスミンの背中に向って、調子良く宣言した。


 そうして、街を練り歩いていると、莉緒と同じ年頃の若い娘たちが井戸端会議をしている。その中には、大きな荷持を持った人、豪華なドレスを着た人、マダムなど。様々な年齢層の人達が和気藹々と話す不思議な光景に、莉緒の視線が思わず奪われた。共通点としては、それぞれの手にはアイドル街で売られている推しグッズである色扇子を持っていること。そう、彼女たちはアイドルファンなのだ。


 凝視している莉緒、その視線に赤色のドレスを着てパン袋を抱えた女性が気づいたのか、視線を向けてきた。そして、ぐしゃりと顔を歪めた。

「げっ!」

 その女性の害虫でも見つけたかのような反応に、他の娘たちもこちらに視線を向ける。そして、皆、怯えたり、睨みつけたりと様々な反応をこちらに向けた。

 莉緒はあまりにも一方的な嫌悪というものを初めてぶつけられ、思わずたじろいだ。


「アイドル街の害悪が、どうやらわざわざ来たようね」

 そのうちの一人が、こちらにわざと聞こえるように叫んだ。声の主は、一番豪華な黄色いドレスを着た女性。手には黄色の扇子が握られている。しかし、ヤスミンは一瞥すらせず、そこを通り過ぎていく。まるで羽虫の向ける害意なんて興味ないと、言わんばかりだ。その態度が気に入らなかったのだろう、女性はわなわなと震えた。


「っ! ジュエルを返しなさいよ、混ざりもの!」


 女性の叫び声。そして、ひゅんっと何かが飛んできて、それはガツンッとヤスミンの肩に当たる。

 直前に、アリーによって叩き落とされた。


 投げられたものは、黄色の扇子。ヤスミンはそれを拾うと、カツカツと女性の集団へと恐れなく近づく。


「うちの推しグッズで、人を傷つけてはいけません。そのようなことをしたら、このアイドルの品位を落とすことになります。再三アナウンスしてますよ」

 ヤスミンにしては、随分と丁寧な口調で、投げてきた女性へと言葉と扇子を返す。女性は忌々しそうにヤスミンを睨むと、彼女の手から扇子をひったくる。


「貴方に言われたくないわ」

 一応ではあるが、一国の王女であるヤスミンにそこまで言えるという勇気はすごい。そして、ヤスミンもまた今にも噛みつきそうな女性の前で、怯むことなく堂々としている。


「気が向いたら、明日来てください。メイン広場でライブをしますので」

推しがいない・・・・・・のに?」

「推しの傷は、推しでしか癒せません・・・・・・・・・・よ」


 ヤスミンはそう言うと、その女性たちから離れ、こちらに戻ってきた。


「さあ、行くわよ」

 そして、さっさと街を抜けていく。方向としては、来るときに停めた馬車のある方角だ。莉緒は、彼女たちをちらりと見る。皆静かにヤスミンを睨んでいた。


「ヤスミンさん」

「いいのよ。彼女に関しては、私に怒るのも無理ないから」

 莉緒の悲しげな呼び声に、ヤスミンは気にした素振りもなく、さらりと返すだけ。


 ラッティスの街中から停まっている馬車の元へ。視界に鮮明に成る程に近くなってきた馬車を見つつ、莉緒は今日の夕御飯が気になりつつ歩いていた。そんな時だった。

 背後でガッガッと地面を蹴るような、不思議な音が聞こえた。


「えっ?」


 莉緒は不思議に思い、後ろを振り向くが、特に誰もいない。聞こえ間違えだったのだろうか。あたりを見渡すが、自分の背後には誰もいない。そんなすぐに誰か隠れることも難しい場所のため、空耳だろうと莉緒は馬車に向かって歩みを進めた。


 莉緒が視線を反らした直後、建物の影から一人の白いドレスを着た少女が顔を出す。そして、呑気に歩くヤスミンたちの背中を眺めていた。


「あれ、なんでかしら……けどまぁ、見つけたから、いっか」

 甘く鼻にかかる声。金色の髪を指でくるりと絡め弄ぶ彼女は、その馬車の元へと静かに足を進めた。



 

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