第15話 害悪、啖呵を切る

 太陽の眩しい光が差し込む王城の一室。王太子の使者である青年の影から、ぬるりと一人の白いドレスの少女が現れる。その細い白魚しらうおのような腕には、六つの高さ二十センチほどのガラスケースが抱かれていた。

 少女は、父親によって厳重に鍵をかけられた扉のの中へと忍び込み、ぬるりと部屋の中に侵入した。

 部屋の中には、たくさんの赤青緑紫のグッズが並び、五人組アイドルであるジュエルの肖像画ポスターが所狭しと飾られている。更には衣装までが綺麗に飾られている。

 そして、いくつかの壊れたガラスケースが無造作に置かれている。


「うふふ、これで私のものです」


 新しく手に入れたガラスケースを並べる少女。

 白いドレスはふわひふわりとレースとフリルが舞い、美しい巻き髪のブロンド。まるで天使のような容姿をしている少女なのに、その笑顔にはなにか焼け付くエグみを感じさせる。


「能力が使えないって大変でしょ、このガラスケースの中ではどんな能力も無効化されるの」


 彼女の見つめる先、並べられたガラスケースの中には、それぞれに小さな人が一人ずつ入っていた。

 裸で眠りこけるファイド。困惑した表情で頭を抱えながら何かを叫んでいるだろうレイディ。膝を抱えて蹲るライボルト。不貞腐ふてくされたようににらむアイヴィ。直立不動のまま隣のケースにいる人を見るトパズ。


 そして、ケースのガラス壁に腕を組んでもたれかかるヤスミンがいた。その首元にはいつもしている黄色のネクタイはない。


「混ざりものは、今までの私が受けた分をしっかり受けて貰わないと。そうだ、あなただけは話させてあげる」


 少女はヤスミンのガラスケースに触れた。


「聞こえる? 混ざりもの、返事をなさい」

「ええ、聞こえるわよ、セレンディア」

「口には気をつけなさい。私は貴方とは違って、王位継承権があるのですから」


 ガンッと机を殴る少女。彼女の名前はセレンディア。グリーンフォール国王太子の娘であり、ヤスミンの姪。そして、昨夜王太子の使者から『問題児が逃げ出した』と言われた本人である。

 蹴られた衝撃で揺れるガラスケース、ヤスミンは、がんっと倒れないように足を踏み直した。他のアイドルたちも、どうにかその衝撃に堪える。今だ寝てるファイド以外は。


 ヤスミンは少し体勢を整えると、セレンディアに問いかけた。

「私まで捕まえてくるのはなぜ?」

 ジュエルだけかと思っていたが、彼女の腕で持てる限界だっただろう六個のガラスケースに、以前連れて帰ろうとしたフレムではなくヤスミンを入れたのが不思議だったのだ。


「ふん、貴方がいると、どうせ、すぐに足が着くでしょ。いつもアイドル街に忍び込んでも、私は追い出されてしまうし!」

「まあ、でしょうね」

 ヤスミンは当たり前だと言わんばかりに、鼻で笑う。セレンディアはその様子に血が上り始めたのか、顔にぴきりと血管が浮き上がる。


「それにしても、これは貴方の能力? 私達をこんなガラスケースに詰めるのと、こうやって影で移動するやつ。たしか、以前兄から役立たず・・・・な結果だったと聞いてたんだけど」

「その時は、能力の意味を誰も分からなかったのよ。そうね、どうせ死にゆく貴方に教えてあげる。私の能力は『影忍かげしのび』と『蒐集家しゅうしゅうか』よ」

「あー、そういうことね」

 ヤスミンは頭に出てきた言葉を浮かべる。確かにわかりやすい水魔法であったり、戦士とかでないと、この国では場合によってわからない・・・・・から使えないと一蹴される。兄も同じなのだろう。ヤスミンは二つの能力も兄的には有用であると思われてるため、優遇ゆうぐうされてはいるが、このセレンディアはそうではなかった。

 少しも怯える気配のないヤスミンに、セレンディアの美しい顔に更に血管が浮き上がる。


「もっと前に、私にジュエルを譲ればこんな事にならなかったのにね」

 セレンディアは、机の近くにあったたっぷりの水差しを手に取る。そして、ヤスミンの入ったガラスケースの頭の部分を外すと、そこには空気口が空いている。


「そう言えば、今日はお父様の大事な橋の開通イベントだったわね」

 水差しの口が傾き、空気口からガラスケースの中に水がゆっくりと注がれ始める。ヤスミンは少し躱して頭から水を被ることを阻止したが、それでも水で埋まるのも時間の問題だ。

 元ジュエルであるリーダーたちも気づいたのか、寝ているファイド以外皆ガラスケースから出ようとするが、びくともしない。


「今頃、プロデューサーも、元ジュエルも失った人達。可哀想に、王太子のイベントを台無しにしたとなったら、無事ではないでしょうね」

 流石にヤスミンも動揺するだろうと思っていたセレンディア。中にいるヤスミンはもう既に膝まで水が浸かっている。でも、その余裕の顔を崩すことはない。


「なら、馬鹿な貴方に私から最後のお話をしてあげる」

 何も動じない彼女、水は太ももの半分まで到達している。

「私だって、急に動けなくなる時が来るかもしれない。いつ殺されるかなんてわからない」

 冷たい水は腰まで到達し、ガラス瓶を満たすのも時間の問題だ。

「アイドルも、何かの拍子で活動できなくなるかもしれない」

 胸まで到達した水、セレンディア未だに減らず口が止まらないヤスミンを睨む。あと少しで、彼女の身体は水の中で溺れることになるだろう。


「だからね、私と五人のリーダーたちが抜けたくらいで、イベントの一つも出来ないような、やわな育て方してないの」


 喉まで浸かった身体、水に浮き始めたヤスミンの身体。リーダーたちも決死で何かしようとするが、彼らの能力はガラスケースの力で封じられてしまっている。

 ヤスミンはすうっと息を吸うと、セレンディアに向かって叫んだ。


「うちのアイドルたち、舐めんじゃねぇぞ害悪クズ


 ヤスミンの全身は水に浸かった。

 

 

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