第5話 少女、害悪の正体を知る


「なっ、ジャスミン姫……な、何故ここに」


 ヤスミンの声に、思わず侯爵は先程の威勢を急に窄める。その様子は、なんとも情けないものだ。

 それにしても、ジャスミン姫というのは、ヤスミンの本名なのだろうか。というか、姫?

 言葉に違和感を覚えた莉緒は、目を見開いてヤスミンを見た。


「ここは、私が慈善活動の一環として運営している建物です。主催である私が居て、何がおかしいのでしょう? 寧ろ、ここは男性禁止の建物ですわよ。呼ばれるとしたら、身内が粗相でもしたのかしら?」


 ツカツカと厚底ヒールを鳴らしながら、威圧感たっぷりに歩くヤスミン。しかも、侯爵に対して、少しも臆することなく堂々とした言動だ。侯爵はそのヤスミンの姿に苦虫を噛み潰した顔をすると、バツの悪そうに顔を醜く歪めた。そして、手を振り上げた。


「エレクトリックボール!」


 侯爵の手にバチバチと音を立てて、まるで超能力系の映画みたいな電気の塊が出来ていく。

 その矛先は確実にヤスミンに向けられており、さらに後ろにいる莉緒は、確実に自分の世界とは違う何かに、混乱し体を硬直させる。ただ、やはり彼女は違った。


「儂はお前を王族と認めないぞ!」


 侯爵はその電気の塊を、ヤスミンに向かって投げた。その電気は速度も早く、どんどん大きくなり、少しの回避行動では避けられない。莉緒は電気の熱さと眩しさに強く目をつぶる。ヤスミンの目と鼻の先、致死量の電気が迫っていた。


「シュレン」


 誰かの名前を呼んだヤスミンの声が、よく響く。

 その瞬間、その電気は何かに吸われるようにして、一瞬にして消えた。


「ちょっと、プロデューサー! びっくりしましたよ!」

「ありがとう、シュレン。吸い取ってくれた電気美味しかった?」

「なんか、ギトってるし、変な匂いして不味かった」


 彼女の前に現れたのは、肌が真っ赤な十四才くらいのやんちゃ系美少年。モジャモジャした緑髪、頭には角が二本ぴょこぴょこと生えている。まるで鬼の子。もしかして、鬼だから、でんきに強いのだろうか。

 とにかく、どうやらこの子があの危機的状況を変えてくれたようだ。

 莉緒は緊張が解かれたせいで、足に力が入らずへなへなと床へ座り込んだ。

 ヤスミンも、どさっと床に座る音を聞いたのか、振り向き床に座り込む莉緒に近づいた。


「あら、莉緒ちゃんどうしたの?」

「や、ヤスミンさん、おおおおお姫様だったんですか!?」

「お、が多いわね。そうよ、それが?」


 ヤスミンは何でもないという顔で、莉緒を見下ろす。莉緒は抜けた腰のせいで力が入らず、その威圧感ある姿に、蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。


「ヤスミン様、申し訳ございません」


 そんな二人の傍、先程トパズと呼ばれていた青年が寄ってきた。ヤスミンは寄ってきたトパズを視界に入れると、今までとは違いとろけるように頬を緩めた。


「いいのよ、トパズ。シュレンを、連れてきてありがとう」

「いえ、ヤスミン様の指示のおかげです」

「ふふふっ、あ、美しい花が乱れてるわ」


 ヤスミンはトパズの花を撫でる。一部花びらが散っており、緑のがく片のみになっているばしょや葉っぱが見えている。トパズはそのヤスミンの手を受け入れたまま話す。


「ヤスミン様、中庭に行くのですよね」

「そうね、貴方を愛でていたいのだけど、この子に叩き込まなきゃなの」


 ヤスミンはそう言ってちらりと莉緒に視線を送る。その目は、確実に「早く立ちやがれ」と言っていた。


「あ、ありがとうございます、ヤスミン様!」


 ざっと勢いよく莉緒は立ち上がる。あの視線は命の危機を感じるものだ。ヤスミンはそんな莉緒から視線を逸し、トパズに「管理お願いね」と名残惜しそうに言うと、さっさと中庭へと足を運んだ。


 ステンドグラスの女神の足元。階段の裏側にある隠れた扉を開けると、そこはまさに美しいイングリッシュガーデンのような中庭。花が咲き誇り、いくつかのパラソル付きテーブルが置かれている。


「さあ、座って」


 その中でも美しい黄色いバラが咲く場所の椅子へと、ヤスミンは腰を掛ける。そして、莉緒も同じテーブルへと促されるまま座った。

 座ったのを確認したヤスミンは、開口一番に莉緒に問いかけた。


「ねえ、うちのアイドルやスタッフたちって、皆生き生きしてる?」

「は、はい! 皆すごくキラキラしてました!」


 シュレンやトパズなど、まるでお伽噺に出てくるような人も居るが、皆生き生きとしていた。

 それに、アイドルたちもそれぞれステージの上で、魅力を発揮していた。

 莉緒はその姿を思い出し、思わず大きな声で出してしまうが、その熱は収まらない。


「この建物も綺麗でしょ」

「はい、ここも乙女の夢みたいな空間です!」


 こんなおしゃれで素敵な中庭で休憩なんて、莉緒は一度も経験したことがない。本当に美しい庭だ。更に声を張り上げる莉緒に、ヤスミンはまた口を開いた。


「じゃあ、あのアイドルたちが、ここ・・にあったスラム街で死にかけていたって聞いたら、信じる?」

「えっ」

「そう、丁度ここ、朽ち果てた瓦礫の山で、親を亡くした子たちが肩寄せあって死を待っていたのよ」


 莉緒の目は限界まで見開かれる。瞳孔は小刻みに揺れ、唇はふるふると震えている。

 スラム街、莉緒はテレビや社会の教科書でしか見たことがないもの。しかし、確実に彼女がいた世界にもあった言わば国の病巣だ。

 動揺が隠しきれない莉緒に、ヤスミンは構うことなく言葉を続ける。


「ここ、グリーンフォール国っていうんだけど。五年前、隣国に敗戦したの」

「は、敗戦?」

「ええ、とんでもない敗戦。三十年も続いた戦争で、全てが尽きたの」


 ヤスミンは、淡々と自分が生まれた時にはすでに始まっていた戦争について話し出す。

 理由は隣国との国交の様々な細かい拗れが積もり、関係修復できず攻め入られたのだ。

 そして、更に悪かったのはヤスミンの祖父は酷く負けず嫌いであり、王としては無能だったのだ。

 結界、最後はグリーンフォール国が兵糧戦となってしまい、最終的には大きな犠牲を出して敗戦となってしまったのだ。


「まともな国交もできず、徴兵のせいで田畑は耕すものもおらず荒れ、家屋も直せず、なんなら領を守るはずの下級貴族まで登用、狂った王は最後は子供まで兵に徴用したわ。でも、私の父が祖父の首を切り落とし、戦争は終わったの」


 安全面のため、城の外から出る事ができなかったヤスミンを含む腹違いの兄弟たち。祖父がある日城の中で疲弊した将軍に怒鳴りつけていたところを、父が容赦なく首を切り落としたのだ。


「そして、隣国と内通していた父のお陰で、辛うじて国は形骸的とはいえ残った。グリーンフォールの天然資源は相当奪われたけれど」


 父は大層好色ではあるが、祖父よりも王としての素質はあったようね、とヤスミンはまるで他人を語るように話した。


「まあでも、あのクソジジイも、ロクなやつじゃないわよ。寵愛してる女たちの子には帝王学とか学ばせるのに、飽きた女たちの子供には『働け』って土地押し付けて管理させるんだから。私なんて、末端の末端だから、いきなりスラム街連れてこられて、『やれ』って。思い出すだけでも腹立つわ」


 スラム街に連れてこられたヤスミンは、当時まだ十六歳。しかも王宮に閉じ込められると言っても、殆ど使用人もいなかったため、寵愛度が低いの人やその娘が使用人として働いていた。なので、土地を経営する知識など持ち合わせてなかったのだ。


「本当に、ここ、やばかったのよ。盗みやらなんならしてるならまだマシ。人生に絶望した子供たちが腹を空かし、路上で虚ろな目をしているの。なんて世界なんだ、って本当に思ったの」

「大人は……?」

「いるにはいるけど、殆どが過労死や病気。しかも、男を徴兵されてしまい、一人じゃ育てられなくなった女による子捨て問題もあってね……あー今思い出すだけでも、本当にムカつく」


 本当にイライラしたのか、頭を掻きむしるヤスミン。莉緒はヤスミンの話を聞きながら、根は優しい人だなと思いつつ、その国の惨状に心を痛める。なんとも、遣る瀬無い問題なのだろうか。

 捨てた母親を責めたくなるが、そんな状況下で食い扶持を稼ぐのは至難の業なのだろう。


 そう思っていると、ヤスミンはガバっと顔を上げた。まさに、表情は恍惚の笑みと言われるもので、あまりにも狂った笑顔に莉緒は、椅子ごと後ずさる。でも、相変わらずヤスミンは言葉を続けた。


「けどね、私はね……これをチャンスだと思ったのよ……。私が神様からもらった力を、存分に発揮する時だって、って」

 

 

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