第4話 害悪、この世界のアイドルを紹介する


 扉から出て、ライブ会場の入り口が並ぶ大広間に戻る。先程のライブの喧騒は嘘のようで、本当にシンッと静まり返っていた。

 その静謐な中で、あのステンドグラスの女神様がキラキラと輝いている。


「この建物、綺麗?」

「は、はい、なんか、お伽噺のお城って感じで……ほら、よく小さい頃、アニメで見たシンデレラとかあんな感じですよね」


 ヤスミンの問いかけに、莉緒は思ったことを素直に伝える。本当に一度はプリンセスに憧れたことある子には、この建物は胸をときめかせるものばかりだろう。


「この建物も、私がデザインしたの。私、転生したらそこそこの金持っててね。親から社会勉強だって、土地と金渡されたの」

「へ?」


 あまりにもスケールの大きい社会勉強の話に、莉緒はスーツ姿のヤスミンを、まじまじと見る。

 やはりその服装のせいか、お金持ち感というもの感じられない。しかし、ヤスミンとしてはそんなことはお構いなしと言いたげに、言葉を続ける。


「だから、それ使って、このライブハウスと、必死にアイドル練習生とかスタッフかき集めたんだよね。最高のアイドルを作るんだ! って。まあ、最初はクソ親からは怒られたけど、今、成功してるからさ」

「最高のアイドル……?」

「そう、私が思う最高でさいきょ……」


 ガタンッ

 何かモノとモノがぶつかる音がした。


 ヤスミンが何かを言いかけた時、なにか大きな音が聞こえた。それは2階から聞こえ、振り返ると黒スーツを着たゴリムチ屈強な女性二人が、一人の女性を扉の外へと引きずり出していた。


「離してよ!!! ライボルト様!!! わたくしのフィアンセに!!!」

「いい加減にしてください!」

「出入り禁止にしますよ!」



 大きな声で叫ぶんでいるのは青いドレスを着た女性。美しい顔を般若のように歪め、暴れに暴れてライブハウスの中に戻ろうとしている。その彼女の両脇をマッチョな女性が必死に捕まえている。莉緒は突然の自体に目を白黒させているのは対象的に、ヤスミンは首を傾げながら口を開いた。


「アリー、レナ、ねぇ、その子なにしたの?」

「あ! プロデューサー! じ、実は本日のS席特典のサイン会で、ライボルトに婚姻書書かせようとして……ちょ、噛みつくな!」

「こ、このように、断られたら暴れ出してしまって!」

「いいでしょ! このカンチガー侯爵の娘である私が、結婚してあげると言ってるのよ! 平民ならば喜ぶべきよ!」


 アリー、レナと呼ばれた女性たちの報告を聞くヤスミン。しかし、その間も女が暴れ、酷く驕り高ぶった罵りを叫んだ。

 その瞬間、莉緒は確実に隣に立つ人の表情が死んだのを感じた。


「暴れるなら肥溜こえだめでやれよ、メス豚」


 ヤスミンの口から囁くように吐き出された言葉は、恐ろしく鋭い。ただ、莉緒もその言葉の意味には同意する。


わからないお嬢さんは、運営室へ。トパズ、聞こえてるでしょ? 頼んだわよ?」


 ヤスミンは、厳しい口調のまま、誰かに呼びかけるように大広間の天井に向かって叫んだ。アリー、レナもその指示の意味がわかったのか女を引きずるようにして、二階の奥の部屋目指して歩いていく。女の暴れる声は暫くして聞こえなくなった。


「あ、あの、運営室って……?」

「うん? あー、スタッフルームよ。まあでも、ああいうゴミ豚を処理してるの。大丈夫、一番信頼してる人のところへお願いしたから」


 今もまだあわあわと落ち着きのない莉緒に、ヤスミンは優しい言葉で宥める。


「で、でもなんか、平民って、貴族って言ってましたよ。この世界、あの昔のフランスみたいな感じなんですか?」


 おずおずとヤスミンに尋ねる莉緒。彼女なりの覚えてる知識で、うまく伝えたかったのだろう。


「ええ、まあ、そうね。ちょっと、先にこの国について話すべきだったわね……順番を間違えたわ。私、初めて転移者にこの世界のこと説明するのよ」


 ヤスミンは困ったように首を傾げた。それを見た私は、自分の察しの悪させいでもあると思い、「私こそ聞いてばかりで」と頭を軽く下げた。


「まあ、とりあえず、ちょっとライブ回りましょう。話はそこからでもいいでしょ」


 ただ、ヤスミンはそんな莉緒を見ても、あまり何も思わなかったのだろう。莉緒の謙遜をさらりと流して、次の扉へと向かった。


 そこでは、緑色の服を着た長耳のイケメン五人ことエメラディがライブをしていた。


「たった一つの愛 奏でられるのならぁ」


 なんと、アカペラで歌っており、その美しくゆるやかな歌声に皆うっとりと聞き入っていた。

 莉緒もこの美しいハーモニーに癒やされた。

 特にリーダーの高音の声ファルセットがあまりにも美しすぎた。リーダー自体は、よく見るとそこまで顔が整ってる訳では無いが、笑った顔が素敵で物腰の柔らかい所が好印象であった。耳は長いけど。


「アイヴィの声、良いわよね」

「はい……ソウルフルです……」


 次に向かったのは紫のギルティアメジリストというグループ。ステージも衣装も歌詞も十字架と黒レース、ドクロに塗れていた。


鮮血ブラッディワインに染まりし混沌カオス患者クランケたちは輪舞曲ろんどをぉお!」


 しかも、入待ちの時に歯が浮くセリフを話していたリーダーが、デスボイスでよくわからないシャウトしており、正直アイドルかどうかは分からない。


 しかし、顔は化粧が濃いけれど、一番かっこよく、ヴィジュアル系っぽい服装がまるで吸血鬼のよう。


 さらに、統率の取れたファンたちの振り付けに、思わず視線が奪われてしまった。手を振り頭を振り、なんなら土下座をしてヘッドバンキングしている。


「な、なんか凄いですね」

「ここのグループのコンセプトは、あのシャウトしてるレイディが提案してきたの。一応、曲もあの子が本筋作ってるの」


 ヤスミンはどこか嬉しそうに彼らを紹介する。どうやら、一方的にコンセプトを決めてるだけではないようだ。


 そして、先程問題があった青の部屋も行く。

 青のグループの名前はサフィーリア、なんと皆楽器演奏をしており、バイオリンを弾いているクールビューティーな銀髪のイケメンが特に目を引く。


「バイオリンをしてるのがライボルト、ここのリーダーで作曲を担当してるの」

「あ、さっきの……」


たしかに狂ってもおかしくないくらい、美しい顔をしており、サファイアブルーの瞳は神秘的である。


「本日のみなさんのリクエストは、『きらきら流れ星』にしましょうか。みなさんの歌声を聴かせてください」


 ライボルトのお願いに、穏やかなファンが皆莉緒の知らない歌を歌い始める。

 どうやら、ファンの事前リクエストで選ばれた曲をやってるらしい。

 口数は少ないMCではあるが、その分音楽で返してくれるライブだ。

 ちなみにドラムを叩いてたお兄さんが私達の方に手を振ってくれたのは、ちょっとテンション上がってしまった。


 青の部屋からも出て、また大広間に戻ってきた。


「どうだった、うちのアイドル」

「なんか、アイドルの枠超えてた気がします」

「それはそうね、まあでも、アイドルしてたでしょ」


 自信満々なヤスミンの言葉に、莉緒は先程の光景を思い出す。たしかに、癖は強かった。でも、生で見たアイドルたちはみなキラキラと輝いていた。


「アイドル、すごかったです」


 心がドキドキして、顔が熱い。ライブちょっとだけだったが、本当にわくわくした。ライオンソウルのライブは、箱が小さいのにとんでもない倍率なためファンクラブ先行発売でいつも売り切れてしまう。

 しかし、お金のない学生の莉緒には、ファンクラブに入るほど余裕もない。ちゃんとしたライブに行くのは、夢のまた夢みたいな話だった。

 だから、本来行くはずだった収録ライブが

 そんな楽しい思いをしすぎたせいだろうか。

 現在異世界にいるという重要な問題が、莉緒の頭からすっぽりと抜け落ちていた。


「でしょ、私プロデュースなんだからね」


 やはりプロデューサーだからか、ヤスミンは莉緒の新鮮で初々しい反応をまじまじと受け止める。

 しかし、まだ莉緒はこの沼にハマっていない。あと、一押ししたら、彼女は沼に落ちる。


「そして、最後に……」


 ヤスミンが最後の一手に賭けようと、中庭に誘導しようとしたその時だ。


 バタンッ!!!

 扉が乱暴に開けられた音。二人は条件反射的に音がした方へと振り向いてしまった。


「全く孤児風情が! 我がカンチガー侯爵に楯突く気か! こんな場所、汚れた娼婦の娘なんかのお遊びに、何故我が娘が責められねばならぬのだ!」


 視線の先には随分神経質そうで仰々しい服装の50代くらいの男が、大層権力を振りかざし怒鳴り散らかしていた。


 そして、その男を追うように扉から出てきたのは、眼孔を覆うように美しい黄色の花をブーケのように咲かせた、黒褐色肌で美しいブロンドの青年だ。


「申し訳ありませんが規則ですので。カンチガー侯爵も、此処は誰の管轄地をお忘れですか?」

「混じりモノが、純血よりも偉いというのか!」

「そういうわけではございません。ですが……」


 侯爵を相手にする青年は、柔らかさはありつつも凛とした声だ。

 しかし、異形の姿とも言える青年を目にした莉緒は、思わず青ざめ、隣りにいたヤスミンの後ろに隠れた。元の世界には、目部分に花を咲かすような人は存在しない。莉緒にとっては、その異形が恐ろしく見えてしまった。


 そんな莉緒をヤスミンは一度睨むと、明らかに不満顔のまま。さっさと歩みを進めた。


「あら、例え私がだとしても、一介の宮廷貴族ごときに、責められる所以はございませんわ」


 あまりにも冷え冷えとした声は、まるで降り注ぐ氷柱のような鋭さ。莉緒の追いかけようとした足を、見えない言葉の氷柱が杭のように貫いた。


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