第6話 害悪、能力を披露する


「神様からもらった、ちから?」


 何とも、非現実的な言葉だが、先程とんでもない電気玉を見たばかり。この世界にはそういうものがあっても可笑しくはないと思う。


「ええ、神様からちから、能力ってものが貰えるの。莉緒さんも神殿行けば何かしら選べると思うわ。当たり前よね、他の世界から無理やり異動させられてるのだから。少しくらい手助けしてもらわないとね」


 ヤスミンはにっこりと笑うと、莉緒に向かって手を突き出した。


「私の能力の一つはね、『造顔ぞうがんマッサージ』。

 その子にあったイケメンまたは美女化ができるの。大きくは変えれないけどね」


 それは、現世にあったら、とんでもなく大盛況する美容整形外科になる。絶対にだ。

 しかし、どういう能力なのか、説明がないため正しい内容がまだ分からなかった。


「あの、造顔マッサージって、どういう風に能力を使うのですか……」


 小さな声で、尋ねる莉緒。字面的に能力を考えると、彼女にとって大層魅力的に聞こえたのだ。

 思春期の女子であり、自分の顔にコンプレックスの一つや二つはある。もし、可能ならば今アイプチで留めている二重を自然にできるようにしてほしい。


「簡単よ、そうね……施術予定の子、呼んで見せてあげるわ。トパズ、スララ呼んで」


 そんな莉緒のよこしまな気持ちを知って知らずか、ヤスミンはまたトパズの名前を呼んだ。すると、しゅんっと一人の少年がやってきた。


「あ、あれ、ぷ、ぷ、プロデューサー!? ぼぼぼぼく何かしましたか!?」


 それは随分小さな男の子が顔を真っ青にしながら、ヤスミンを見ていた。男の子は柔らかな水色の髪は顔をほとんど隠しており、水掻みずかきのような耳、肌の一部には美しいウロコ。莉緒の目には魚人や人魚のように見えた。

 しかし、そんな彼の顔は、見えている部分だけでいうと正直あまり華が無い。


「スララ、造顔マッサージ希望だったでしょ」

「は、はい! ぼぼぼく、ははははい! ありがとうございます! ありがとうございます!」


 吃りながら、返事する彼は先ほどの青かった彼の頬は、嬉しさか期待からか赤く染まる。そして、何度も何度もヤスミンに頭を下げた。


「まあまあ。スララ、おいで、顔触らないと出来ないから」

「はいっ!」


 スララは素直に近づき、ヤスミンに顔を預ける。そのまだ若さ溢れる肌にヤスミンは指を押し込んだ。

 ぐいっ ぐいっ

 バキッ ボキッ ゴキッ

 バキバキバキッ!


「ヒェ!」

 到底人間の顔から鳴ってはいけない音が鳴り響く。ヤスミンの手はまるでマッサージするように、スララの顔を変えていく。次第に華がなかったスララの顔も、やぼったかった鼻がスッとした形になり、左右非対称の口角も綺麗に整えられていく。

 整形ほどの変わりようではないが、確実に顔が整っていく。


「よし、できた」


 ヤスミンがスララの顔から手を離す。マッサージの後遺症か、彼の顔は赤くなり、少し内出血部分も見られる。

 それでも、彼の顔は面影は残しながら、確実に美しく変わった。言わば、スララは透明感がある儚い美少年になったのだ。


「練習室の鏡でも見てきなさい、トパズ、スララを練習室へ」

「あ、ありがとございっ」


 スララはヤスミンにお礼を言い切る前に、目の前から消えた。最後まで言わせてあげてほしいと、莉緒なんとも言えない気持ちになった。


「どう、私の能力」

「す、すごいです。かっこよくなってました!」

「そうね、まあでもアイドルは顔が良いだけ・・・・・・じゃ駄目だけどね」


 その言葉はなんとも鋭利であり、莉緒もたしかにと思わざる得ない。たしかに、顔がいいだけでは、駄目なのだ。


「まあ、スララはダンスが上手いし、水芸が出来るからね。ちょっと、吃りがあるけどどうにかなるわ」

「そうですね、でもそれも可愛いですよ」

「まあ、スララたちは可愛いがコンセプトだからね」


 可愛いがコンセプト。

 莉緒の心が、ちょっとだけ跳ねた。可愛い男子がもしかしたら好きなのかもしれない。


「それにしても、どう? この能力? すごくない?」


 ときめいていた莉緒ことはお構いなく、ヤスミンはグイグイと彼女に迫る。


「す、すごいです……けど、なんか副作用とかないんですか?」

「副作用は、さっき見た通り内出血とか少しの腫れとかね。まあ、整形手術よりは数段マシなデメリットよ」

「え、したことあるんですか?」


 莉緒が聞き返すと、ヤスミンは少しばかり不機嫌そうな顔をした。


「あっちの世界で目は切開したし、顎とエラの骨切って削った。あの時、人生終わるかと思ったわ。鼻も目もやったけど、内出血どころか顔パンパンに腫れたんだから。しかも、一ヶ月くらいまともにご飯食べれないし」

「いっ……それは痛いです……」


 思いの外ヘビーな比較対象に、莉緒は痛みを想像して背筋を凍らした。たしかに、骨を削り取ってるということは、骨折しているようなものなのだ。


「超痛いわよ。だから、この能力があるって知って神様から貰ったのよ。神様からは、『スパイでもやるんか』って、ワクワクされたの思い出すわ」


 たしかに変装という意味で『造顔マッサージ』はかなり有用かもしれない。誰かに顔を似せることができるかはわからないが、指名手配から逃げる程度にはどうにかなるはずだ。


「でも、『造顔マッサージ』しなくても売れる子は売れるから、必須ではないのよね。アイヴィはそうだし。まあでも、スララはしてくれーってずっと懇願してたから、今回はしたけど……半魚人はよく捨てられるのよ」

 ヤスミンは独り言のように呟いた内容は、今までとは違い、どこか悲しそう。莉緒は少しばかりどう声をかけていいか、うまく声が出ない口を動かそうとした。


「本当にスララもそうだけど、スラム街には親に捨てられた子、親が死んだ子、迷子、奴隷。本当に色んな子たちがいたわ。特に一時の傭兵の子を妊娠した娼婦が多くてね、種族も様々。でも、完全な人間じゃないから、クソみたいな貴族からは迫害される」


 ダンッ

 ヤスミンの口調は段々と荒くなり、最後は美しいデザインの白テーブルに拳を叩きつけた。その憤りには、凄まじい何かを感じる。


 これはまずい。

 莉緒は話を変えようと、素朴な疑問を口にした。


「最初からアイドル事業一本なんですか?」

「当たり前でしょ、それしかやる気ないわ」

「なんでまた……」

「決まってるでしょ、趣味と実益とやる気が仕事の鍵よ」

「でも、なんかもっと、最初は病院とか学校とか孤児院、そういう公共事業じゃないですか、普通」


 莉緒の疑問は最もだろう。普通、子供を集めて、アイドル事業をするのか。なにせ、アイドルにするにもある程度練習期間が必要だろうし。だから、何かしらワンクッション置くべきだろう。


 莉緒はそう思ったからこそ尋ねてみたが、ヤスミンは「はんっ」と鼻で笑った。


「あのね、そういうのはね、頭のいいやつがやることなの」

「あ、頭のいいやつ……?」

「そう、他人と自分の実益をバランス見つつ、物事を考えられるやつよ。そういうやつが、でかい公共事業をやればいい。うちの一番上の兄のようにね」


 ヤスミンの一番上の兄、言わばこの国の王太子は何でもできる人だ。現国王よりも王としての才覚に満ち溢れており、もう少し実績を積んだら、王位を譲り受ける予定の人だ。


「私は残念なことに、まず勉強は兄達に比べたら全くできない。だから、兄のように公共事業なんて責任が大きすぎて、潰れるのが目に見えてる。なにより、私に他人を思いやるほどの器量はない」


 肩を竦めたヤスミン。余程彼女の兄が素晴らしい人というのは、莉緒もよくわかった。


「私はね、兄弟の中で一番勉強はできないし、頭も良くないわね。でもね、その分とーても賢いの。だから、アイドルプロデューサーができてるんだよ」

 

 でも、ヤスミンはケロッとそう言って莉緒の顔に自分の顔を近づける。姫にしては、あまりにもらしくない彼女の言動。

 勉強もできず、頭がよくないと言い切るのに、賢いからアイドルプロデューサー?

 文章の繋がりがよく分からず、莉緒は混乱しながらヤスミンに尋ねた。


「賢いと、頭いいのは違うんですか?」

「違うわよ。そうね、頭いい人はね、問題の根本的解決ができる人。兄みたいに、王都で水道と道路整備の公共事業をしてる人ね。戦争で壊れたから直すついでに、効率的な道になるよう再編してるわ」


 それはたしかに、根本的な解決と言える。


「で、他の兄弟たちも兄を見習って、そういう公共事業をしてるわ。孤児院も病院も市場もみんなが頑張ってる。生き残った市民たちのために」

「でも、賢いヤスミンさんは……」


「孤児救済って名目で、趣味と実益のアイドル事業よ。あの頃拾った子供たち総動員で働いてるわ」


 総動員という言葉に、莉緒はさっき出会ったシュレンやスララのことを思い出す。

 彼らも何かしらここで役割がある子たちなのだろう。


「賢いっていうのはね、自分の力量をわかった上で、実益が最大になる選択を取れる人のことだと思うの」


 ヤスミンはニッコリと笑った後、席を立った。たしかに、アイドルを追っかけしていた彼女が、理想のアイドルを作るというのは、彼女にとっ最良の選択だったのだろう。


 莉緒は楽しそうに、どやっと決め顔をしているヤスミンに、今莉緒が一番聞かなければならない質問を遂にしようと口を開いた。


「で、あの、実は聞きたいことがあるのですが……」

「何?」

「私、元の世界には戻れますか?」


 ヤスミンはにこにこ笑ったまま、答えた。


「戻れないわ、異世界へはね、片道切符なの」


 莉緒は自分の体から、どっと冷や汗が流れるのを感じた。


 

 

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