第8話 少女、推しの質問に答える
唐突な質問だった。
ヤスミンのことをどう思うのか、莉緒は今までのことを振り返る。
まず、最初はめちゃくちゃ怖い人だった。覗き見していた自分をがっつり捕えた上に、酷く詰められたのは記憶に新しい。
何よりも、アイドルヲタクとしてはまだ夢見るひよっこだった私の心を、言葉というすり鉢でごりごりにも削られた。
「最初は怖くてですね……」
「ああ、やっぱりもうプロデューサー……」
サザは莉緒の言葉に耳を垂らす。こっそり聞いていただろう、スララとシュレンもしゅんと眉を下げた。
莉緒の初対面はそんな印象だ。でも、それだけではないと思う。
「でも、悪い人ではないと思います」
莉緒は今思ってる感想を話す。たしかに、機嫌はすぐ悪くはなるが、それはアイドルたちやスタッフたちに何かした時のみ。
ヤスミン自身については貶されても、そこまで機嫌を損ねることはない。
何よりも、何もない莉緒にここまで持て成してくれたり、国の説明をしてくれたりしたのだ。
「あ、でも、ちょっとヤバいなとは思いますけど……でも、今私助けられてるので。ヤスミンさん、いなかったら色々
その言葉に、サザは萎れた耳を立てて、わかりやすくぱあっと笑顔になる。
「サザ、スララ、やったぞ!」
「プロデューサーの優しさが伝わってるね!」
「い、い、いつも
シュレン、サザ、スララが次々に嬉しそうに声を上げる。優しさが伝わっているというだけで、こんなにも喜ばれるものなのか。それにしても、スララの言葉的には相当嫌われているよう。何故こんなにも嫌われてるのだろうか。
「あの、ヤスミンさん、そんなに嫌われてるのですか?」
「嫌われてるというか、怖がられてるんですよね……なぜか」
サザはしゅんっとして、落ち込む。どうやら、この子達として、ヤスミンが苦手視されてるのが悲しいよう。ほか二人も同じ気持ちなのか、同じように落ちこんだ。
「皆さん、プロデューサーのこと大好きなんですね」
莉緒はなんだか三人の様子に、微笑ましく感じてしまい、笑顔がこぼれた。その言葉に、一番に反応したのはスララだった。
「だ、大好きです。だ、だ、だって、僕たちのお母さんみたいなものですから!」
お母さん。意外な単語ではあった。ヤスミンの年から考えるに、この子達の母になるには随分と若いと思う。
何かが莉緒の心に引っかかるが、それが何なのかはわからない。
「赤ちゃんだった俺たちの面倒見てくれたしな」
「ははっ、それでいうと、僕らのお父さんはトパズさんたちになるけどね」
シュレンの言葉に、サザは可笑しそうに笑う。トパズさんたち? と莉緒は少し首を傾げる。トパズというのは、先程目が黄色い花束のようになっていた人のことだ。でも、彼らの父親的な人は他にも居るようだ。
「サザ、それはなんか、違う気がするけどなぁ。でも、プロデューサーが母ちゃんみたいつーのは間違いないな。俺たちのおしめを変えてくれた人だし、今も俺たちを唯一叱ってくれる人だし」
「ヤスミンさんが、おしめを!? お姫様じゃなかったでしたっけ!?」
シュレンの言葉に、莉緒は驚いた。なにせ、一応この国の王女様が赤ちゃんのおしめを替えているという事になるからだ。そんな莉緒に、サザが優しく答えた。
「莉緒さん、プロデューサーの中でお姫様という要素は、城や貴族からお金を引っ張る時と反撃する時にしかないですから」
ヤスミンさん、それでいいんですか。
莉緒は頬を引きつらせながら、サザの言葉を受け取った。
でも、たしかに今までの様子から、彼女が王女であるという部分はそういう時にしか見れていない。
「ぼぼぼ、僕たちのい、命の恩人なんです。こ、こに、捨てられて、たんで僕」
ここに。昔スラム街で、戦争のせいで育てられない子供が沢山捨てられていたと聞いた。相当悲惨な話であった。スララも、この様子だとサザやシュレンも同じく、捨てられていた子供なのだろう。
「それに、身体一つで生き抜く
サザの憂いを帯びた表情の美しさに、不謹慎ながら莉緒は思わずドキリと胸を高鳴らす。
でも、それだけに母親のように慕うヤスミンの事が好きなのだろう。
でも、肩を竦めたシュレンの言葉に状況は一変する。
「まあでも、基本的にファンには厳しい人だかららなあ、仕方ない部分もあるよなぁ」
仕方ない部分。しかも、ファンには厳しいという言葉に、莉緒は嫌な予感がした。
「ままま、前にお迎えも、勝手に紛れ込んで見ようとした人捕まえて、馬に繋いで歩かせて晒し上げしてたのは凄かったよね」
「最前列に無理やり入ろうと暴れたファン捕まえて、ライブ遅延の賠償金搾り取ってたこともあったな」
「僕たちの宿舎に忍び込んだ人は、次の日、木に逆さ吊りしてたこともあったよね」
スララ、シュレン、サザの会話に、莉緒はヤスミンさんなら遣りかねないと頬を引き攣らせる。
「そそそそれに、推すためにお金ないからどうすればいいかと聞いたファンに、近くのカリア姉さんの娼館を紹介してたし」
「必要ならいい避妊剤あるわよ、って、コーズ姉さんの薬局紹介してたよね。ちゃっかりしてるよなぁ、プロデューサー。どっちも、結局うちで運営してる店なのに」
「でも、それは無理だからって、そのファンの子はレイディさんの服屋で働いてるよね。アイヴィさんのファンだったよね、僕もたまに買いに行くから」
アイドル以外の仕事もしてるのも意外だが、それよりもその解決法が随分と極端だ。しかし、アイドルの運営が娼館運営してるのか、いいのかそれ。と、莉緒はドン引きしてしまう。
それが、怖がられている原因だよ。莉緒は出かかった言葉を飲み込んだ。それに、ヤスミンが優しいのは君たちがアイドルだからなのではないだろうか。
その時だった、ヤスミンが庭にシュンッと一瞬で戻ってきた。その顔は随分険しい。
「貴方達、
開口一番、かなり厳しい言葉が三人に向けられる。多分、今までの会話を聞いていたのだろう。三人はハッとした顔をした後、すごく落ち込んだように莉緒に頭を下げる。
「「「莉緒さんごめんなさい!」」」
「だ、大丈夫です! 頭上げてください! ヤスミンさんのお話、楽しかったですから」
綺麗に声が揃う三人の謝罪に、思わず莉緒は慌てふためく。たしかに、ちょっとついていけない部分もあったが、謝罪されるようなレベルではない。
「会話のレッスンがまだ必要のようね。正式なデビューは延期にして、合格するまで特訓よ」
「「「承知しました、プロデューサー」」」
でも、ヤスミンはプロデューサーだから、厳しい言葉を掛けた後項垂れる三人から、莉緒へと向き直る。そんな三人も可愛いと、可哀そう可愛いとという謎の感情に湧き上がっていた莉緒は、急に矛先を変えられたせいか、びくりと肩をはねさせた。
「莉緒さん、神殿に予約しておいたから、それまではうちの客間を使いなさい」
「え、し、神殿ですか……神殿……」
ヤスミンの言葉に、莉緒は想像以上に顔を曇らせる。顔を思わず顰めてしまうくらいには嫌なのだろうか、ヤスミンはもしかしてと思いつつも、言葉を続けた。
「そうよ、こっちで暮らすには、
しかし、ヤスミンはお構いなく莉緒に仕事を勝手に与えると、莉緒を案内するためか歩いて庭から出ていく。その背中を莉緒は追った。
こうして、莉緒の強制異世界居候生活が始まった。
次の日の夜明け前。
「莉緒さん、起きなさい。やること沢山あるのだから、まだ寝てると練習時間に合わないわよ」
「ふ、ふぁ、ぎゃぁあああ! ヤスミンさん勝手に部屋入ってこないでください!!!」
お城の中にある、まるで狭いワンルームのような部屋の中、莉緒はヤスミンに叩き起こされる。
ただでさえ、色んな事があって疲れて、制服も着替えずバタンと倒れるように寝込んだ莉緒。だとしても、ヤスミンには関係ないのだろう。
莉緒は引き摺られるように、部屋から連れて行かれた。
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