第19話 害悪、少女に夢を語る


 街が赤く染まり始めた夕暮れ時。

 楽しい時間も終わったと、観客も既に帰り始めていた。楽器隊バックバンドも、引いていく客を見て、撤収かと思っていた。

 しかし、突如ステージに、五人の男たちがすたすたと出てきた。楽器隊はすぐに臨戦態勢を取る。また数人の観客も、誰かいるぞと舞台に視線を送った。



 次の瞬間だった。

 五人の歌声が、ハーモニーとなって響き渡る。楽器も、歌詞も、何もない、純粋な五人が奏でる声だけの音楽。

 力強いハーモニーに観客が振り返った。

 そして、ファンたちが一目散にステージに駆け寄る。

「ジュエルよ!」

「復活!?」

「この五人を見れるなんて!」


 美しいハーモニー、一分もない音楽。それだけで、観客の足を止め、舞台へと振り向かせた。一拍の静寂のあと、楽器隊たちが音を鳴らした。かっこいいロックでポップなソング似合わせ、五人はもう身体に染み付いたダンスを踊り始めた。


「さあさあ! 踊り出た燃えたぎレッド! 袖無しファイド! 最強の男!」

 彼らの自己紹介ソング。唯一袖のない衣装を着ているファイドは、腕の筋肉をアピールしている。

「ファイドさまぁあ!」

 ファンからは盛大な声援。順々に自己紹介をしていき、自由に華麗なダンスや歌を披露する面々。ライボルトなんて、自分のパートで楽器隊のピアノと連弾をしたりとなかなかにカオスだ。しかし、それが全て盛り上がりへと繋がっていく。

 トパズはブランクを感じさせない、無駄のなくステージをこなしている。


「ようこそ! みんなの幸せイエロー! 久しぶりのトパズ! 皆さんこんにちは!」

 にっこりと微笑むトパズ。燕尾服仕立ての衣装がよく似合っている。

「おかえりー!」

「会いたかったー!」

 ファンの温かい声援。よく見れば観客席には、莉緒の背中を押した神殿にいた女性もいる。彼女はトパズを真っ直ぐに見上げながら、ただ静かに涙を流していた。


 出番の終わったアイドルたちは関係者席で、伝説的アイドルグループ『ジュエル』を見て、楽しそうに騒ぐ。まさにお祭り騒ぎ、観客のボルテージも上がっていた。

 そんな姿を、ヤスミンは舞台袖から静かに見ている。


「ヤスミンさん、こんなところに居たんですか?」

「あら、一番近くで見れる最高の一等席よ、ここ」

「確かに」

 莉緒はそのヤスミンの隣に立った。そして、同じく暴れまわるジュエルを見ている。今まで仲が悪いと思っていたが、今ステージで見る彼らは仲悪そうには見えない。


「なんで、こんな仲良さそうなのに、解散したんですか?」

「舞台上では仲良く見せるに決まってるでしょ。でも、原因は以前言った通り全て私」

「あの、一体、何をしたんですか」

 以前からずっと莉緒が知りたかったジュエル解散の原因。勇気を出して聞き返すと、ヤスミンは少し眉間に皺を寄せつつ口を開いた。


「ライブで私への誕生日サプライズがあったの。そこで、『どんなプレゼントがほしい?』って聞かれて……思わず、本音をね」

「本音?」

「……私だけを愛してる人から黄色の花束がほしい、って」

「え?」

 ヤスミンにしては乙女チックな願いに、莉緒は思わず首を傾げる。しかし、次に語られたことはなかなかに衝撃だった。


「そうしたら、トパズが姿を変えてしまったの。すっかり頭から抜け落ちてたの。彼は、私が自分の魂と引き換えに召喚しょうかんした……」


「願いを叶える悪魔ってことをね」


 ヤスミンは頭でその光景を浮かべる。目元に花を咲かせ、その身を黄色の花束にしたトパズ。

 彼を好きなファンたちからしたら、それは真剣な愛の告白にしか見えない。悲痛な叫び、唖然とするメンバー、ヤスミンの足元に跪くトパズ、なにもできず固まる私。

 その後、ファンたちの憤りはヤスミンやトパズにも向けられた。これでは迷惑がかかる、そうしてトパズは脱退した。


「推しが、他の女性、しかもプロデューサーにプロポーズはきついですね」

「流石に自分でも害悪すぎる行動だったわ。夢見てるファンの幻想は守るべき、って誓ってたのに」

 莉緒はその情景を自分に置き換えて見た。サザくんが他の人にプロポーズしている。メンバーはさておき、想像するだけで体調が悪くなりそうだ。ヤスミンも流石にやらかしたと思ったのだろう。


「しくったなと思ったわ……でも、まあ、それだけじゃない」

 なかなかの出来事が他にもあるのか、莉緒は真剣な表情でヤスミンを見た。


「メンバー内で痴情ちじょうもつれもあってね」

 ヤスミンの言葉に莉緒は固まる。


「……ん? ファン取り合ったんですか?」

「ファンには手を出さない、うちのアイドルたちにとっては血のおきてよ」

「えっじゃあ、文字通りメンバー内っ!?」

「そう、メンバー内の恋愛で、あんなに荒れるなんてと思わなかったのよ。グループの解散原因なんて大抵、金と恋愛なのに。事前に対策を取ればよかった!」

 遠い目をするヤスミンと、まだステージで暴れまわるジュエルを交互に見る莉緒。あの中にやらかした人たちがいるのか、まさかの裏話に驚きが隠せなかった。

 ステージでは、二曲目が始まっていた。ゆったりとした星に憧れるバラード、アイヴィの美しい歌声がよく響いている。


「思えば前にも誘拐されたって聞いたんですが……」

「私一応、王女よ。あとは、秘密」

「えぇー。じゃあ、誰が縺れた・・・とかは?」

「秘密」

「あ、トパズさんの事どう思ってるんですか?」

「秘密」

「それじゃあ」

「あのね、ライブ中に話しかけるのは、ご法度はっとよ」


 ヤスミンは真剣にステージを見ている。本当にこの人はアイドルが好きなのだろうな、莉緒は静かに二曲目の終わりを待った。


「ヤスミンさん、最後にこれだけ聞かせてください」

「何よ」

「今の夢、ありますか?」


「昔からこれ一つよ。私は最も強くて、恐くて、ヤバくて、狂ってる

 全世界が認める史上さいきょーのアイドルプロデューサーになることよ」

 堂々と胸を張って言うヤスミン。この世界にアイドルプロデューサーは貴方だけでは? と喉から出かかった言葉を莉緒は飲み干す。


「で、今の目標はワールドツアー。世界中誰もが知ってて、誰もが忘れることができない・・・・・・・・・・アイドル、そんな子達になってほしいの。そして、諸外国からお金搾り取ってやるのよ」


 その夢を描いたのか、ヤスミンの目がキラキラと光る。どこか幼さのある表情に、莉緒は思わず胸をときめかせた。


「最後の三曲目は、やっぱり俺らといえば『ライオンソウル』! ジュエルのソウル、受け取れぇえ!」


 レイディの声が響く。莉緒はその曲名に耳を疑う。始まったのは、パンクに近い、まさにハイスピードで騒げる曲。イメージは違うが、その単語は莉緒をアイドルヲタクに引きずり込んだ子達の名前と一緒だ。


「これって」

 莉緒は驚きのあまり、ヤスミンを見る。しかし、ヤスミンは「あっ」と少しだけ眉尻を下げた。


「まあ、誰かさんとの約束だったからね。それは……秘密するわ」

「ヤスミンさぁん!」

 莉緒は知りたい衝動で、思わずしがみつく。その様子に、ヤスミンは思わずくすりと笑った。


「他人の無駄な情報を知りたがるのは、害悪ヲタクの始まりよ」

 楽しそうに笑う彼女とは裏腹の鋭い言葉に、莉緒は項垂れた。さらに彼女に追い打ちかけるように、ヤスミンは話を続ける。


「そうそう、うちのスタッフ、私以外のファンは雇わないことにしてるの。トラブル回避のためにね」

「えっ!」

 既にサザのファンになっている莉緒は、思わず顔を青くする。それは、クビ宣言ではないだろうか。


「あ、『神の子』は神殿で働くのがおすすめよ」

「嫌です、何でもします、ここに置いてください! 追い出さないで! お願いします!」

 今日神殿に入れたとは言え、あんな意地悪な神に仕えるなんて無理。それに実際神殿に居るときは生きた心地がしなかった。

 あまりの嫌さに泣きながら縋りつく莉緒。ヤスミンは暫くして、ふふふっと笑った。


「その言葉、忘れないでよね」

 ニヤリと意地悪く笑う彼女。害悪と言わしめる彼女の冷たさがある美しい顔によく似合う。


「それは……」

「早く一人で起きれるようになりなさいよ」

「ヤスミンさん!」


 残れることに安堵した喜ぶ莉緒を、ヤスミンはやれやれと言いたげに肩をすくめた。

 そんな二人を包むように、ジュエルの歌声とファンたちの歓声が鳴り響いていた。




 第一部完結

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害悪アイドルヲタクが異世界に来た結果 木曜日御前 @narehatedeath888

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