病み上がりでも推理は聡明

 帰り道。六月だというのに、外はすでに猛暑だ。ゆっくりと歩く僕たちを太陽が灼く。


「久しぶりに店長と遊べて良かったです。体調もだいぶ回復されたみたいで」

「私も楽しかった。ありがとね」


 働きづめの毎日を送っている店長は、身体に限界が来たようで、数日前に熱を出してしまった。近頃、バーあめにじは以前より賑わいを見せており、僕と店長の二人で回すのが段々と難しくなってきている。店長無しでは成り立たないため、現在バーあめにじは休業中。明日から営業再開である。


「突然、店長と食べ歩きしたいなって思って、誘っちゃいました……大丈夫でしたか?」

「大丈夫よ。食べ歩きなんて長らくしてなかったからね。嬉しかった」

「良かったです。今日は店長の復帰祝いですから!」

「そうだったの?」

「あれっ、言ってませんでした?」

「うん」

「まじですか」

「じゃあ今から復帰祝いってことで」


 僕は機転が利きすぎる店長の言葉に頷いて、そうですね、と笑った。

 癖でポケットに手を突っ込むと、中に小さな筒の感触があった。あっ、と思い出す。


「店長、これどうぞ。ラムネです」

「えっ!」

「昨日スーパーで見かけて、買ったんです。今日一緒に食べようと思いまして」


 いつの日か食べた懐かしのラムネ。水色と緑色が溶けあった絶妙な色をしている。振ってみると、中で粒がぶつかり合って、カラコロと音がした。店長の手にラムネを落とす。


「副店長ったら。ラムネを買ってくるなんて、よくわかってるじゃない」


 僕は思わず頭をかいて照れ笑いを浮かべた。


「ラムネを見ると、店長を思い出すんですよ」

「嬉しい」


 んふふっ、と店長は目を細めて笑った。


「ミルクティーでも思い出す?」

「ええ」

「ミネラルウォーターでも?」

「ええ」

「もう自販機寄るたびに思い出しちゃうね」

「そうかもしれません。でも、僕は店長を思い出すのが嫌とは思わないので、それでいいんです」

「ふーん」


 店長は数粒目のラムネを口に運んだ。僕も真似をしてラムネを食べる。口の中で溶けたラムネは、仄かに甘酸っぱかった。


「『ラムネは恋の味』でしたっけ」

「そうだよぉ」

「雨虹みかんに清涼飲料を授ければ、鬼に金棒、比喩の天才ですもんね」

「ありがと。私、比喩が好きなんだぁ」


 店長のような、叙情的で美しい比喩を、僕も書けるようになりたい。かつて甲子園で抱いた憧憬は、今も消えていない。僕は口の中でラムネを転がした。


「いつか一緒に、お菓子じゃなくて、ほんとにラムネ飲もうよ」

「いいじゃないですか。飲みましょ」

「二人でおそろいのガラス玉、取り出そう」

「ええ」


 僕が初めてラムネを飲んだのは、店長の小説に出会った後だった。恥ずかしいことに、十八までラムネを飲んだことがなかった。中で輝くガラス玉は、世界を映し出す鏡のように見えた。


「おそろいと言えば、最近店長と一緒の目薬を買いましたよ」

「目薬? あー、あの染みないやつね」

「え!? 染みないんですか」

「そうだよ」

「染みるほう買っちゃいました」

「あらら。まあいいんじゃない、色違いってことで」

「うわー、ショックです」

「おそろいの目薬でも違う刺激。それも私たちらしくて好きよ」

「そうですね……次は刺激もそろえます」


 肯定的な店長の対応に励まされるばかりだ。これは彼女が周りから好かれる要因の一つだろう。


「そうだ、あのイラスト使ってる?」


 ふと思い出したように店長が問いかけてきた。


「なんですか?」

「ほら、前にあげたじゃん。副店長が柄シャツ来てたときの」

「あぁー、いただきましたね! SNSにはあげましたよ」


 数日前のこと。店長は、暇だから、と言って近くの紙切れに僕の似顔絵を描いてくれた。「そっか」という屈指の汎用性を誇るセリフ──正確に言うならば普段の僕の口癖が、吹き出しで書かれている。ありがたく携帯に保存させていただいた。


「普段のメッセージでも使ってよぉ」

「店長、前に使ってましたね。僕とのやり取りで」

「そうだよ、だから副店長も使いなさいっ」

「いつも使おう使おうとは思ってるんです。でも、店長と話してると楽しくてそんなこと忘れちゃうんですよね」

「もぉー」

「cow」

「まさかの英語」

「この前Lilyを覚えましたからね。僕は日々進化しています」

「それ私が教えたやつじゃん」

「はい」


 ツッコんでもらえて嬉しい僕は、反射的に口角が上がる。


「だからホワイトリリー買ったの?」

「多分そうですね」


 僕と店長は、今日からちょうど一ヶ月前、東京で遊んだ。当時のカクヨム甲子園の受賞仲間とのオフ会である。一日目は皆と遊園地に行き、二日目は店長と渋谷で遊んだ。渋谷では、店長とおそろいの香水を買った。そのときに選んだ香りがホワイトリリーだったのである。


「ずいぶんと物好きなこと」

「いいじゃないですか」

「イラストと言えば、メガネのほうはアイコンにしてたね。笑っちゃったよ」

「しました」

「たしか、新しく買ったメガネの写真を副店長が送ってくれて、それに私が顔のパーツを描き足したんだっけ」

「そんなこと思いつく人います?」

「ここにいるよ」

「店長は本当に絵が大好きなんですね」


 歩きながら僕の顔をじーっと見つめてくる。


「内心は嬉しいんでしょ」

「……バレちゃいました?」

「名探偵だから分かっちゃうもん」


 見るからに店長は上機嫌になっていく。最近、店長は自分を名探偵だと名乗り始めた。ホワイトデーのあの日、推理がほとんど的中したのが嬉しかったらしく、さらに自信がついたとのこと。


「さすが店長」

「いぇーい」

「なんだか今日はいつにも増して元気に見えます」

「雨虹パワーのおかげ」

「雨虹パワー?」


 僕が首をかしげると、店長は右手で自らの首元を指す。


「気づかなかったの? 雨虹ネックレス」

「あっ」

「おそいよぉ」

「あのときの!」

「そう、東京で買ったやつ」

「つけてたんですね」

「うん」


 店長の首元にはオレンジ色のネックレスが輝いていた。東京が思い出される。もう昔のことのように思われるが、まだ一ヶ月しか経っていない。


「気づかなかったです……でも、いいですね、オレンジ色」

「オレンジ色の雨粒なんて、まるで私みたい」

「素敵です」

「かわいいでしょ」

「かわいいです。とても、似合っています」

「ありがとーう」


 もしかすると店長は、いつ僕が気がつくのだろうかと、その時を待っていたのかもしれない。


「気づけなかったのが悔しいです」

「気づいてもらえるようにVネック着てきたのに」

「えっ、そうだったんですか」

「そうだよぉ」

「……出直してきます」

「甘いなぁ、副店長。まだまだ名探偵にはなれないね」


 しかし、店長は特に拗ねる様子もなく、むしろ嬉しそうにしていた。


「僕は名探偵じゃなく、助手みたいな感じで結構です」

「助手?」

「ええ」

「じゃあはいっ、助手の副店長くん、私たちが乗れそうなバスは何時のバス?」

「ええーとですね……」

「はやくっ」


 調子に乗っているのか機嫌がいいのか。どちらにしても、数日前に熱を出していた店長が元気になってくれたことにほっとする。


「ちょっと待ってくださいね……」


 僕は携帯で乗換案内を開く。


「うわー。あと三十分以上あります」

「えぇー、長いよぉ。疲れちゃった」

「疲れましたね。僕も少し休みたいです」

「どうする?」


 相変わらず太陽は僕たちを照りつけてくる。喉が冷たい飲み物を欲している。何か涼めるところがないかと周囲を見渡すと、左手前にコンビニがあった。


「とりあえずそこのコンビニに入りましょう」

「そうね」


 *


 僕と店長はコンビニに入った。三十度に迫る暑さに対抗するように、店内はひんやりしていた。汗も少しはましになるだろう。


「店長、何にします?」

「んー、どうしようかな」

「僕はカフェラテにしようと思います」

「じゃあ私もそうする」

「あそこのイートインスペースで休みませんか?」

「いいじゃん」


 レジに行きカフェラテを注文して、僕たちは出来上がるのを待っていた。店長は携帯を操作している。


 ぼーっと待っていると、店内にこつこつという音が一定のリズムでこだましていることに気がついた。


 見ると、ひとりの女性がドリンクを見比べながら左右に行ったり来たりしている。女性はかなり高いヒールを履いていた。音の正体はあのヒールに違いない。太陽を遮るためだろうか、白いキャップを被っている。


 女性はずっとその場をうろうろしていた。ずらりと並ぶドリンクを永遠に眺めている女性を見続けていると、二人分のカフェラテが出来上がった。僕は両方のカフェラテを受け取った。


 店内に入ってからカフェラテが出来上がるまでに、五分は経っていた。あの女性は五分、もしかするとそれ以上の時間、コンビニに滞在していることになる。僕は少しの違和感を抱いた。こういうときは、店長にそれとなく話を振ってみるのが一番だ。


「店長。あの女性、ずっとコンビニに居座ってません?」


 僕はドリンクに対峙する女性の方を見て言った。


「そうだね」

「あんなに、悩みますかね」


 店長は携帯をポケットにしまった。オレンジ色の雨粒が揺らぐ。


「私もたった今、考えていたさ」


 *


「店長も考えていたんですか?」


 僕たちの他には、誰も席に座っていなかった。僕は店長と向かい合いながらカフェラテを飲む。


「うん、ずっと」

「でも、店長はずっと携帯を見ていたじゃあないですか」

「不思議そうに女性を見つめる副店長を見つめてたよ」

「えっ」

「人は、一つのことに集中してしまうと他のものが見えなくなる生き物なのかもしれない」


 真意は何だろう。


「まだネックレスのこと引きずってます?」

「さあね。そんなことより、早くしようよ」

「店長が人がなんちゃらって言うから……」

「ごめんごめん」


 店長は早く本題に入りたくて仕方が無いらしい。


「あれですね」

「うん。推理の時間のはじまりはじまり」


 長居をするのはコンビニに悪いけれど、その心配は無い。目の前にいるのは名探偵だ。


「謎は……彼女はなぜ長時間コンビニに居座るのか」

「そうだね。ただ、今のところ手がかりが少なすぎるよ」

「しばらく観察するしかないですね」

「根気強く粘ろう」


 僕は何の予想も浮かばないのだが、店長は既に何か考えているのだろうか。カフェラテを美味しそうに飲む顔を見ても、分からない。


 こつこつ、という音が迫ってきた。どうやら女性はドリンクを見るのをやめたらしい。このまま店を出られてしまっては、推理する側としては困る。しかし、女性は店を出ることはなく、僕たちの前に位置する雑誌コーナーにやってきた。


「副店長、あの人、かごを持ってるね」


 女性の手には、かごがあった。


「ええ」

「珍しくない?」

「そうですか?」

「だって、ふらっと寄って何かを買いたかったなら、かごなんて持たないもの」

「確かに」

「結構な量を買うのかしら。まあでも、かごを持ってるってことは、少なくとも何かを買おうとしているわね」

「つまり、あの女性がこのまま立ち去る可能性は低いので推理は続けられる、ってことですか」

「そういうこと」


 話が早いじゃない、と店長が褒めてくれた。


「かごに入ってるのは……水とおにぎりですか。水はさっきのコーナーで取ったっぽいですね」

「うーん」


 店長は上を向いて考えていた。恐らく、僕の何倍も頭を回転させている。視界に入った情報を店長に伝えてみるが、推理の手がかりとしては的外れらしかった。


「大学生くらいかなあ」

「年ですか?」

「うん、恰好若いからさ。もしかしたら社会人かもしれないけど」

「何か関係するんですか」

「いや、何歳くらいなんだろーって思って。でも、帽子被ってるから顔見えにくいや」

「僕にはさっぱりです」

「何かないかなあ……」

「難しいですね」

「あっ。副店長は、コンビニにずっと居座ったことってある?」


 すぐには答えられず、記憶を探る。僕はここで初めて頭を使った。


「ない……と思います。コンビニは基本的に目的があって行くので」

「そっかぁ」

「商品がどこに置かれているか分からないっていう理由でなら、あったかもしれません。それでも、コンビニなら大抵すぐ見つかりますけど」

「そうよねえ」


 また、こつこつという音が店内に響き渡る。女性は雑誌を手に取ることはなく、奥の方へと進んでいく。僕はぼんやりと女性の後ろ姿を見つめる。


 華奢な体をしていた。身長は僕と店長の間くらいはありそうだ。あのヒールは新品なのだろうか、それとも履きなれていないだけなのだろうか。歩き方はなんだかぎこちなかった。


 ちょうど僕たちはイートインスペースの最奥にいたため、ドアガラス越しに女性のことがよく見えた。女性は再びドリンクの前で立ち止まった。既にコンビニ内を一周していることになる。


「あれって、お酒ですか」

「ぽいね」

「お酒と言えば、バーあめにじはお酒がありませんね」

「それを売りにしてるもん」

「斬新すぎません?」

「斬新だから良いのよ」

「メニューに入れる予定はありますか?」

「まあ、気が向いたら」


 気長に待ちます、と言って僕は笑った。店長の気がいつ向くのか。そんなことは誰にもわからない。店長は日々を推理に追われている。


「ねえ、見て。財布開いた」


 女性は財布を取り出していた。中を見ながら一人でうんと頷いている。


「お金が心配だったんですかね」

「どうだろうね」


 店長は妙に得意そうだ。何か思い浮かんだのかもしれない。


 女性はしばらくお酒を眺めていたが、結局かごには入れなかった。その場から去り、死角へ消えたと思ったら、今度はレジ前に陳列されたおにぎりの前で立ち止まった。迷うことなく二つ目のおにぎりを追加する。女性はドリンクの方へと引き返していった。


 それをじっと見ていた店長が呟いた。


「これは、お酒だね」


 *


「彼女はお酒を買おうとしてるんじゃないかな」

「そうなんですか?」

「うん。仮にそうでなくても、ドリンクは確定だね。三回も見に行ってるし。ただ、それは本当の目的ではないと思うけど」

「どういうことですか? 教えてくださいよ名探店長」

「なにメイタンテンチョウって」

「繋げました。そんなことはいいですから、早く披露してください」

「副店長が言ったんでしょ……まあいいけど。披露ってほどのものじゃないよ」


 僕は、何か喋ると店長の推理を妨げてしまうと思い、控えることにした。


「まず、彼女は雑誌とおにぎりを見る際に私たちの前に来た。つまり、二回現れた。それで取った商品がおにぎりと水というのはなにかおかしいと思うの。他のコーナーもじっくり見ているようだったけど、それは見せかけのような気がした」

「見せかけ?」

「買い物が本来の目的ではないと悟られないためのね」


 では何が目的だと言うのだろう。コンビニに来て買い物が目的ではないことなど、あるのだろうか。


「よくわかんないって顔してるね」

「だって本当に分からないんです」

「まあまあ。じっくり聞きたまえ、助手兼副店長くん」


 自信があるときの店長の表情ほど清々しいものを見たことがない。やはり彼女は名探偵だ。


「さっき、彼女はドリンク……ううん、お酒を見てるときに財布を開いた。あれは、きっとお金が心配だったわけではないの」

「なるほど?」

「ふと、自分の身分証でも見たくなったんじゃないかなって」


 僕は店長の次に出る言葉を待つだけだ。耳を澄ませる。


「あのとき彼女が一人で頷いたのは、きっとこういうセリフを思いついたからだよ。『今身分証持っていなくて……すみません』」


 僕は身分証という予想もしない単語に驚いたが、いちいち口には出さなかった。


「あのね、副店長には分からないかも知れないけど、あれが二十歳は無理があるよ」

「え? さっき帽子で見えにくいって……」

「逆だったんだよ」


 逆。どういうことだろう。


「顔を出来る限り見せないために、深く被ってたんだよ。でも、さっきおにぎりを取ってドリンクのところに戻っていったとき、見えちゃった」

「まじですか」

「うん。たぶん未成年なんじゃないかな。メイクはしてたけど、全然二十歳には見えなかった」

「ということは……あっ」


 僕はそこであることに気がついた。未成年だとばれたくないのであれば、家を出る前に容姿を気にするのは当たり前だ──。


「そう、ヒールも普段は履かないのかも。歩き方ぎこちなかったでしょ? しかもあの子、ヒール履いてるから私より高いだけで、実際は同じくらいだと思う」

「確かにそうですね……」

「身長を少しでも高く見せることが出来れば、幼さも緩和されるからね」


『身長は僕と店長の間くらいはありそうだ』


 僕はあのときこう思ったが、大事なことを見落としていた。女性は、ヒールを履いていてあの身長だということを。気がつけば僕は店長の推理に頷いていた。


「結局のところ、水とおにぎりはカモフラージュのためにかごに入れたに過ぎないのよ。お酒だけをレジに持っていくと怪しまれそうだし」

「雑誌を見ていたのも、そういうことですか?」

「多分そう。もしくはシンプルにそわそわしていただけなのかも。だって、カモフラージュにしたって、あんなに同じところを行ったり来たりしてるなんて変じゃない?」

「言われてみれば」


 毎度店長の推理には唸らされる。僕はそこで核心をつく問いに辿り着いた。


「では、なぜ未成年なのにお酒を買おうとしたのでしょうか。他の人に強要でもされたんですかね」

「その線は薄いと思う。そもそも、買ってきてって言われたなら目当てのお酒があるから、すぐにレジに直行するはず。あんなに時間をかけることはないんじゃない」

「店長の考える論理的な結論はなんですか?」

「年齢確認をされるかドキドキしながらお酒をレジに持っていくスリルは、あの歳でしか味わえないわ……帽子を深く被っていたことと、履きなれていないヒールが物語ってるもの」

「なんとか誤魔化そうとしたってことですね……うわー、僕にはそんな勇気はなかったです」

「普通はみんな副店長と同じよ。たまにああいう人もいるんじゃないかな」

「そうですか……」

「まあでも、今回の謎もこれで解決。彼女はスリルのためにお酒を買おうとしている。そして長時間コンビニに居座った理由は、すぐにお酒をレジに持っていくと怪しまれると思い、カモフラージュをしていたから」

「無事解決ですね」


 店長は満足したらしく、んんーっと背を伸ばした。僕はカフェラテを一杯口に含み、質問した。


「推理は終わりましたけど、どうします?」

「んーとりあえず出よっか。長居するのはよくないし」

「どうなるか、最後まで見ないんですか?」

「彼女が年齢確認されるかってこと?」

「ええ」

「いいよ、別に」


 そうだった。店長は事実に興味が無い。


『彼女は、この「バーあめにじ」の店長という立場を活かして、普通に働いている過程で見つかった謎を推理したり、それを僕に話したりするだけの、ただのミステリー好きなのだ』


 目の前にいるご満悦の名探偵は、推理をする、その過程を楽しむだけなのだろう。僕は彼女の聡明さに驚かされるばかりだが、彼女は暇つぶしになるとしか思っていないのかもしれない。


「さ、行こっ」


 店長は可愛らしいグレーのサコッシュを肩にかける。朝のように明るい声につられて、 僕は残り少ないカフェラテを飲みきった。


「行きましょうか」


 店を出ると、そこは夏だった。眩しさに目を細める。


「いい天気だねえ」

「そうですね……」


 これをいい天気と言える店長の楽天思考が羨ましい。さすがは爽やかガール。声はもちもち。


「暑くても今はやんだくないよ」

「いやになる、って意味でしたっけ?」

「そ」

「素晴らしいです」

「私は大変機嫌がいいのだぁ」

「絶好調ですね」


 ラムネか、太陽か、雨虹ネックレスか。はたまた推理か。全てを味方につける店長は眩しく見えた。


「副店長、助手として少しは成長したんじゃない?」

「え、ほんとですか」

「うん」


 面と向かって褒められると照れくさい。しかし嬉しいのも事実だった。


「ありがとうございます。明日からも頑張れそうです」

「ばめにじ再開だからねえ」

「ばめにじ再開ってめちゃくちゃ語呂いいですね」

「ばめにじが語呂いいからかも」

「ですね」


 太陽から目を背けるように俯く。地面に並ぶ二つの影が目に入る。影をじっと見つめていると、店長が体をつついてきた。


「ねっ、写真撮ろうよ。この影」

「写真ですか?」


 もう撮るのが確定しているような笑み。


「推理終わった祝い」

「今日は祝いまくりですね」

「撮りたそうな顔してたもん」

「まじですか」

「まじ」


 だが、写真を撮るのは好きだ。携帯を取り出し、はいチーズ、と言って写真を撮る。自撮りではなく影なのが、僕たちらしい。


「次はどんな謎が待ってるのかな」


 店長はふふんと笑って歩き出した。僕も続く。

 僕たちの探偵ごっこは、まだ終わらない。

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ふわふわなのに爽やかガール 三嶋悠希 @mis1031

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