露出の花道

真野てん

第1話

 多田野仁ただのひとし

 三十八歳。

 会社員。

 趣味で露出狂をしております。


 深夜、生まれたままの姿をトレンチコートで包み込み、さながらハンフリー・ボガードよろしく街を散策するのです。


 気分はハード・ボイルドです。

 時折、コートのすそから舞い込む風に、わたし自身がむせび泣きます。


 さて本日のターゲットは、先だってわたしの10メートル前方を歩いておられる女子高生と思しき少女です。


 某女子高指定のブレザーに、最近またにわかに流行の兆しがあるというルーズソックスを履かれておいでです。


 春近しといえども、いまだ深夜帯は全裸まっぱにこたえる寒さです。

 少女もまたカシミア製と思われるマフラーを首に巻き、腰まで届きそうな艶やかな髪をふんわりもっこりとさせております。

 手には有名メーカーの最新スマホ。どうやら裕福なご家庭のようです。


 周囲にひと通りはなく、街灯も少ないので、露出を行うには持ってこいのシチュエーションでございます。

 昨今の若い女性は暗闇を恐れない。こんな時間にひとりでの行動もへっちゃら。

 いい時代になったものです。


 さて音もなく距離を詰めるわたしです。

 当然、足元は裸足であります。

 長年の鍛錬によって足裏の皮が相撲取りのように分厚いですから、多少の痛みも何のその。しかし指の間に挟まってくる小石の感覚には、何年経っても慣れませんね。気持ち悪い。


 あと数メートル歩けば裏路地の高い壁に、月明りさえ遮られます。

 その時、地面を照らすのは、切れかかった街灯が一本のみ。


 唐突に飛び出してくる怪しい男が、コートを前開きにして、自分自身をさらけ出す。

 そんな光景を目の当たりにして、可憐な少女が一体どんな反応をするのか。


 ああ。

 何度やっても新鮮です。

 この興奮を越えるものなど、わたしはほかに知らない。


 さあ少女よ。

 今夜もわたしを楽しましておくれ!








 多田野仁。

 三十八歳。

 会社員。

 趣味で露出狂をしております。


 後ろ姿だけではその人物がどんなお人柄なのかまでは分からないものですね。

 この道、十数年になるわたしですが、今宵はじめて粗相をしました。


 かのうら若き少女は――制服を着ただけのおじさんだったのです。


 それもわたしの父親ほどのご年齢でございました。

 お互い目が合った瞬間の気まずさと言ったら――我々はそのまま、そそくさと別々の方向へと走り出しました。


 たかが露出、されど露出。

 この道をゆけばどうなるものか。危ぶめば道は無し。行けばわかるさ。



 ありがとう!



(おしまい/すまんかった)

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