【KAC20232】Give your loved one~君の大切な人をあげる~

無雲律人

君の大切な人をあげる

 チャッピィは、私が赤ちゃんの頃からそばに居る大切なクマのぬいぐるみだ。


 寝る時はチャッピィを抱いて眠るし、起きている時だって膝の上に乗せている。悩み相談にも乗ってもらうし、楽しい事も悲しい事もずっと一緒に分け合ってきた。


「ねぇ、チャッピィ。本田君はどうしたら私に振り向いてくれるかな?」


 十八歳の大学一年生になっても、私とチャッピィはいつも一緒だ。今日は大学で一目惚れをした本田君について聞いてもらっている。


「ねぇ、チャッピィ。私、本田君に振り向いてもらえると思う? 私、可愛いかな?」


 チャッピィが答えをくれるわけじゃないけど、私はいつもそうやってチャッピィに問いかける。


 その時だった────


『リカは、かわいい。ぼく、リカ、だいすき』


 誰? 誰が私に声を掛けているの? 私は辺りを見回した。


『リカ、こっちをむいて。ぼく、ぼくだよ……』


 まさか……チャッピィ!?


『そうだよ、リカ。リカのおもい、つうじたよ』


 チャッピィが喋った! 私は嬉しさのあまり、チャッピィをきつく抱きしめた。


「嬉しい、チャピィ! チャッピィとお話しできる日が来るなんて、夢みたい!」


 笑いながらも涙がこぼれる。私の大切なチャッピィが会話するなんて。私の想いが通じたんだわ。


『ぼく、リカのねがい、かなえたい』

「え? チャッピィ? 願いって?」

『ほんだ、ほんだくん、あげる』

「本田君をあげるって……いくらチャッピィでもそれは無理よ」

『むり、じゃない。ほんだくん、あげる』


 チャッピィはそう言うと、急に喋らなくなってぐったりとうつむいた。


「チャッピィ……?」


 チャッピィが動かなくなって、一時間が経った。


 きっと、チャッピィが喋ったのは神様がくれた奇跡なんだ。私に“頑張れ”って意味で、チャッピィを喋らせてくれたんだ。この不思議な現象を、そう嚙み砕いて納得しようとしていた時だった。玄関のチャイムが鳴った。


「リカー! お客様よー!」


 階下の玄関から母が叫ぶ。


「お客様って誰かしら?」


 誰とも約束などしていないけど……。不思議に思ったが、私は来客を迎えに行った。


 ──そこには、まさかの本田君がいた。


「本田君!? どうしたの!?」

「あらー、リカ。このかっこいい子あなたのお友達?」

「う、うん。まぁね。同じ授業を取ってる大学の同級生よ」

「あらー、そうなの。まぁまぁ。ゆっくりして行って下さいね~。ほほほ~」

「ほ、本田君。とりあえず部屋に入って!」


 この唐突な本田君の訪問に、私はすっかり動揺してしまった。一度も会話した事も無い、私の一方通行の恋なのに、何故家が分かったのだろう。

 

 私の名前【田所里香たどころりか】って名前も知らないはずなのに、何故ここに来られたのだろう?


「本田君、とりあえず座って……」


 私は、本田君を床のクッションに導いた。でも、本田君は立ったままだった。すると……


『リカ、ほんだくん、あげる』


 本田君が口を開いた。でも、その内容は耳を疑うものだった。


『ぼく、ほんだくん、つれてきた。リカ、ほんだくん、あげる』


 本田君の身体で、本田君の声で話しているが、これは、まさか……


「チャッピィ?」


 恐る恐る私は確認する。まさか、チャッピィが本田君の中に入っているというの?


『ぼく、ほんだくん、つれてきた。リカ、ほんだくん、あげる』


 ど、どうしよう──。チャッピィだ。やっぱりチャッピィなんだ。チャッピィの魂が本田君の中に入って、この家に連れて来たんだ。どうしよう。


「チャッピィ、あげるって言ったって、本田君は人間なんだよ。そんな、物みたくやりとり出来るわけじゃないのよ?」

『もの……ものじゃないから、リカ、ほんだくん、いらない?』

「いるとかいらないとかじゃなくて、本田君は人間なんだから、やり取りできるものではないのよ!」

『リカ、ほんだくん、うれしくない?』

「チャッピィが私のために頑張ってくれた事は嬉しいよ。嬉しいけど、私、どうしていいか分からないよ!」


 本当に、私はどうしていいのか分からなかった。目の前にはチャッピィが入った本田君が居て、私にくれると訳の分からない事を言っている。この状況をどう切り抜ければいいのか、頭がパニックになった。


「チャッピィ、とにかく、本田君は受け取れないから、本田君を帰してあげてくれる?」

『リカ、ほんだくん、いらない……ぼくのこうい、いらない……』

「チャッピィ、そうじゃないよ! チャッピィの好意はうれしいよ。でもね、本田君は……」

『ほんだ……ものじゃないから、いらない……ほんだ、ものじゃないからうけとれない……ぼく、リカがすき……リカがよろこぶなら、ほんだ、ものにする!!!』


 チャッピィがそう叫ぶと同時に、部屋の中が眩しく光った。


「何っ!? 何なの!?」


 あまりの閃光に、私は腕で目をガードして、ひざまずく格好になった。


 光は、すぐに治まった。と、同時に、視界から本田君が消えた。


「あれ……? チャッピィ? 本田君?」


 本田君が居た場所には、ちょっと大き目なサイズの男の子の人形が転がっていた。


「え……? まさか……」


 クマの方のチャッピィを見た。いつものチャッピィだ。微動だにせず、私の枕元にそっと座っている。


 私はそっと男の子の人形を手に取る。


「この顔、この髪型……本田君……なの?」


 人形はピクリとも動かない。何も答えない。何も教えてくれない。


「チャッピィ! どういう事なの! ねぇ、チャッピィ!!」


 私はクマのチャッピィを揺さぶる。でも、チャッピィは何も答えてはくれない。


「ど、どうしよう──本田君、物になっちゃったよ……」


 チャッピィはぬいぐるみだから、そんなに物事を深く考えていなかったのかもしれない。私が子供の頃からずっと話しかけてきたチャッピィ。チャッピィは、純粋に私の願いを叶えたかっただけなのかもしれない。でも、チャッピィ、違うんだよ。こういう事じゃないんだよ……。


 私は本田君の人形を抱きしめて、途方に暮れた。


「どうしよう、ねぇ、答えてよ、チャッピィ……」



────了

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