きみに伝えたいこと
須賀マサキ
きみに伝えたいこと
こんな時間にごめん。
ずいぶん前に、おやすみって電話を切ったのに、今すぐ伝えたいことができたんだ。
お芝居の役作りが気になって、あのあともずっと眠れなくてね。気晴らしに窓際に立ったら、いつのまにか雪が降っていた。
「死ぬとき」の気持ちが解らなくて、演技に自信をなくしていたおれは、ふと思い立って外に出てみたよ。シャツ一枚でコートも着ないでね。
山荘の扉を開けた途端、冷気がロビーに吹き込んできた。あまりにも冷たすぎて、寒いのを通り越して痛かったよ。それでも役作りのためだと思って、傘も持たずに外に出たんだ。
地面には足跡ひとつなくて、雪がすべての音を吸収している。
白く静寂の支配するそこは、まさに死の世界。ためらうことなくそこに立ち、両手を広げて空を見上げたんだ。
雪は音もなく降り続き、おれの身体にも舞い降りる。
それを見ていたら、不思議だね、雪が落ちてくるのか、自分が天に昇っていくのか解らなくなってきたよ。
痛いくらいの冷たい空気がおれの体温を奪い、降りてくる雪がおれに浮遊感を覚えさせる。
どれくらいそこに立っていたのかな。
急に足の力が抜けて、もう少しで雪の上に倒れそうになってね。もしかしたら本当に死んでしまうのかなって、薄れゆく意識の片隅でぼんやりと思ったよ。
ああ、やっと、死を迎える人の気持ちが解る、そんな気になった。
そのときなんだ。
凍えそうになる銀世界の中、手を伸ばせば届きそうな距離に、暖かい陽だまりがあった。そこにおれは、ある人を見たんだ。
だれだと思う?
玲ちゃん、きみだよ。
穏やかな笑みを口元に浮かべ、おれに優しいまなざしを向けるきみがいたんだよ。
その途端おれは「こんなところで死んでたまるか」って思った。
きみを残して死んじゃいけない。きみのために生き抜かなければいけない。そう思ったよ。
死を迎えたとき、人は何を見るんだろう。
みんなが見るもの、それはおれには解らない。でもおれの目に映ったのは、玲ちゃん、きみだった。
今ここでおれが死んだら、きみの笑顔が消えてしまう。
泣き顔よりも笑顔がずっと素敵なのに、それをおれが奪ってしまう。だから絶対に死んじゃいけない。そう思ったんだ。
おれはきみの笑顔が好きなんだ。
どれだけたくさん人がいても、ステージの上からきみを見つける。きみはいつも微笑んで、おれの演奏を見守ってくれるね。
おれが音楽を奏でるのは、きみのため。
帰る場所はオーバー・ザ・レインボウで、心のよりどころは、玲ちゃん、きみだよ。
それに気づいたら、今すぐにでも伝えたくなったんだ。
こんな遅い時間にメールを送ってごめん。もうとっくに寝てるよね。
着信音がきみの眠りを妨げませんように。
そう祈る一方で、一刻も早くこのメールに気づいてもらいたい気持ちもある。
どっちが本心なんだろう?
きみの朝は早いよね。そっちの雪はもう止んだ?
目覚めたとき、もし真っ白な世界が広がっていたら、きみのことを思いながら死にかけた
あ、心配しなくても大丈夫。ちゃんと生きてるし、風邪なんてひいていないからね。
ロケが終わってそっちに帰るのは、金曜日の午後になるよ。
玲ちゃんの部屋に行って、玲ちゃんが帰るのを待ってるから。
それまでは、夢で会おうね。
もう一度、おやすみ。
きみに伝えたいこと 須賀マサキ @ryokuma00
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