私の本屋さん

私の本屋さん

 これはまだ、私が小学生だった頃のお話です。

 

 私の住んでいる町には、小さな古本屋さんがひっそりと営まれておりました。

 お客さんは稀で、多分私が一番の常連だったと思います。しかも、お金を落とさない、有り難みのない客です。


 私の家から川を挟んで向こう側にある、小さな本屋さん。

 そこでは、大人向けの古書以外にも、古い漫画が山の様に並んでいました(実際に漫画は乱雑に縦積みにされていました)。

 当時、お小遣いがまだ月に五百円の私には、その古本屋さんは十分に魅力的な場所だったのです。

 店長さんは、おばあちゃんと同い年の歳子さん。おばあちゃんと友達の歳子さんは、漫画を読みにくるだけの客とは言えない私を、いつも笑顔で迎えてくれました。


 その日も、レジ横で本を読んでいる歳子さんに挨拶をすると、少し奥まった所にある漫画のコーナーに一目散に向かいました。

 

 歳子さんとの挨拶が終わると、歳子さんがページを捲る音だけが小さな本屋さんに響きます。この本屋さんが私だけの物の様な気がして、その静けさが私は好きでした。

 まだ読んでいないのは……と縦積みにされている漫画から一冊引っ張り出して、歳子さんが私用にと用意してくれた牛乳パックをくっつけて作ったであろう椅子に座ると読書が始まります。


 どれだけ没頭した頃か。


「ねえ」


 突然、耳の真横で声をかけられたのです。女の子の声に慌てて首を上げたのだけれど、誰も居ません。

 私は少しばかり寒気を覚えたのですが、漫画の続きが気になってしまい気の所為と言い聞かせる事にしました。再び目線を落としたその時、


「ねえ」


 今度ははっきりと聞こえたその声に私はもう一度顔を上げました。

 やっぱり女の子の声でした。はっきりと耳の真横聞こえた筈。なのに、顔を上げても誰も居ません。

 勿論、歳子さんもいつもの場所で本を読んだままです。


 ページを捲る音が響くその空間が、突然怖くなった私は立ち上がり漫画を山に戻すと、そのままお店の入り口へと向かいました。


「あら、もう帰るの?」

「宿題……思い出したの」

「そう、また来てね」

「うん、バイバイ」


 そう言って、私は家に帰りました。

 

 今も、お店は続いています。けれど、あの日以降私はお店に入っていません。

 あの声が聞こえてからというもの、お店に行きたくなくなってしまったのです。

 

 あの声が何だったのか、私は今も知らないままです。

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私の本屋さん @Hi-ragi_000

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