9・エクストリームOBON
【三題噺 #26】「ナッツ」「台風」「先祖」
「さあ、今年もやって参りました。
真夏の熱戦〝エクストリームOBON ブッダカップ2024〟。
実況は冥土TVアナウンサーの私、閻魔大介が務めさせていただきます。
解説には通算優勝回数50回、引退後は世界各国の冥土で本競技の普及に努めていらっしゃるレジェンド、浦賀俊彦さんをお招きいたしました。
浦賀さん、よろしくお願いいたします」
「はい、よろしくお願いします」
「浦賀さん。さっそくですが、今年のスタート地点、久々に海ですね」
「そうですね。えー、モニター画面っちゅうのかな。これ見ると、全面青い海。それにココナッツが浮かんでいますね。
参加者は今回、あのココナッツに入れられて、つまり中を刳り貫いてある殻のわけですが、それでスタート、えー、文字通り殻を破って、出発するわけですね」
「前回大会のスタート地点は富士山の山頂でした。参加者はまず登るところから始めたわけですが、それに比べて今回の海、困難の度合いはいかがでしょう」
「まあ、霊体なわけだから、どっちも変わらんのじゃないかな」
「あ、天界から紫雲が下りてきました。大会理事長の釈迦如来様が蓮の花に座しておられます。あの右手が降ろされた瞬間がスタートです。
木魚の音と共にカウント開始……今、大きな銅鑼の音が鳴り響きました!」
「53番田中、いいスタートを切りましたね」
「競技者が次々とココナッツの殻を飛び出し、イルカのように波間を飛び越えていきます。ああっと、溺れている者がいる! 霊体なのにどうしたことだ!」
「これはですね、生前の得手不得手がまだ、死後も残っている状態ですね」
「その場合、死亡から間もない方が不利ということでしょうか」
「まあ記憶力がいいと、後々もね。どうしても個人差が出るところです」
「おおっと、南方の空が黒いぞ。どうやら台風が来ているようです。
浦賀さん、この天候は競技にどのような影響を与える可能性があるでしょうか」
「やはり生前、台風に嫌な記憶が絡んでいるほど、進みに影響が出るでしょうね」
「泳ぎも台風も苦手な方には大変過酷な状況となっている今回のレース。
過去数回の大会から引き続き注目を集めているのが、精霊馬の改造に関するルールの大幅な制限緩和、そして使用可能な野菜の自由化です。
浦賀さん、これ、以前はナスとキュウリしか認められなかったわけですが」
「はい」
「なぜこのようなルール変更が認められたのでしょうか」
「あのー、一つにはですね。精霊馬、つまり伝統的には、ナスとキュウリに割り箸を挿して、ご先祖様の魂を運ぶ馬や牛、こういうものに見立てたわけですが。
これを作る家庭がね、段々と少なくなった。それで、乗り物がある者とない者がおるのは不公平だっちゅーことで、野菜はいったん、大会本部からの配布という形になったわけです。
ただ一定数ね、アレルギーの方なんかもおられるわけですよ。それと、不作の年は野菜の大きさが不揃いとかが問題になって、まず改造が可能になった。
そしたら大会の注目度が上がって、海外からの参加者も増えたわけですね。
それで、お国の違う人たちが、地元の野菜も使いたいということで、その声に応える形で、野菜ならなんでもいいと、こうなったわけで」
「ああーっと! ここでクラッシュだ!!
どうやら複数の霊体が絡み合ってしまったようです。レスキューチームの紫雲が急行します。大丈夫でしょうか」
「よくありますね、あれは。私も何度か巻き込まれましたよ」
「どうやら無事に全員、レースに復帰できるようです。
さあ、先頭集団は精霊馬のエリアに差し掛かっています。大海原に浮かぶ無人島、そこに散らばる数々の野菜、そして包丁などの道具類。
無人島内にいる限りは、この野菜と道具を使って、自分の精霊馬を改造することができます。
一番乗りは53番田中、波の上をスライディングして浜辺に到達です!
二番手4番ジェラルディン、続いて101番、25番、62番、218番。
田中、キュウリと道具を抱えて作業エリアへ突入しています。まるで鉛筆のように先端を尖らせて、あれは、ロケットでしょうか」
「空気抵抗を減らしていますね。いい作戦だと思います」
「負けじとジェラルディンも作業開始。アメリカ、テキサス州出身の享年87歳。カウボーイの聖地で生まれ育っただけに、ニンジンで馬を作るようです」
「いい素材ですよ。硬くて加工しにくいぶん、強度が出ますからね」
「ああっと、あれはトウモウロコシか!? 芯を刳り貫いて割り箸をマストに、葉を帆に見立てています。大がかりな異色の精霊馬です!
浦賀さん、あのような改造、かつてありましたでしょうか」
「いや、見たことないです。まずコースが海でないと使えませんから。
今大会に合わせてよく考えてきた、そういう、非常な熱意が感じられますね」
「おおっとしかし、最初に飛び出したのは長ネギだ! なんと、ほぼ未加工!
搭乗しているの349番チェンは、つい先ほど無人島に到達したばかり。遅れを取り戻そうと、一か八かの賭けに出たようです。
浦賀さん、これは、目だけを書いたということでしょうか?」
「そうですね。マジックペンで目を書いて、蛇か龍か、そういうものに見立てていますね。ただちょっと、長ネギは生だと硬いので、ボディをくねらせて進むタイプなら、茹でた方が良かったかもしれません」
「後を追うのは4番ジェラルディン、投げ縄を振り回して気分上々です!
53番田中はまだ手こずっていますね。どんどん追い抜かれています。
浦賀さん、ロケットタイプの難しいところはどこでしょうか」
「はい。そこは、推進力をどう得るかが問題になってきます。やはりロケットとなると、馬や牛と同じく、鞭打てば走るってわけにいかない。伝統に挑戦といいますか、新しい技術にこだわるだけの、相応の覚悟が必要になってきますね」
「ここでついにトウモロコシの帆船が出航だー! 威風堂々といった形容が相応しい、芸術性の高さも感じられます。しかし、風がなければ動かない。自然を味方につけなければ難しい状況に、どうして自分を追い込んだ49番牧野内!」
「これはひょっとしたら、勝ち負けより、芸術性をアピールしたい競技者かもしれませんね。毎年、一定数いるんですよ。特に私の記憶に残っているのは、えー、確か大根だったかな。見事な鳳凰をね、作った方がおられて」
「まさかの鳳凰ですか」
「その方、ビリだったんですけどね。今でも競技者の間で語り継がれるほどで、確か今は輪廻を外れて、天界で彫刻の仕事をされているんじゃなかったかな」
「中には芸術性で勝負したいと、そういう方もおられるんですね。
まさに己の人生を全投影、輪廻転生前の最終ステあーっと!! ここで先頭集団がワープゾーンに突入、ゴール地点までの距離5キロを切りました!」
「長ネギのチェン、やはり順位を下げていますね」
「えー、こちらのワープゾーン、スタート地点から各競技者のゴール地点、つまり生前のご実家までの距離にバラつきがあるということで、不公平がないよう、第一回大会から取り入れられているルールになります。
ワープゾーンに突入後、各競技者はゴール地点から5キロの地点に空間転移。
その後いち早く帰還を果たし、おリンを鳴らした時点でゴールです。
なお、おリンは大会主催者配布のものを、予め所定の位置に設置しております」
「大抵は家の屋根ですが、たまに屋内になることもありますね。高層ビルとか」
「そこも不公平のないように配慮されているということですね。
ワープゾーンを越えると各自の視点カメラが天空に映し出されます。さあ、今大会の栄えある優勝を飾るのは誰……あっ、なんだ!? 今、ものすごい勢いでワープゾーンを何かが通過していきました!
スローモーション出ますか? 轟音と共に火柱を噴いて、彗星のように飛び去った謎の飛行物体。あれは果たして……あ、映像が出ました。あまりの速さに画像がブレておりますが、これは、浦賀さん、53番の田中ですね!」
「そう見えますね。ええ、間違いないでしょう。恐らくキュウリ、この先端の部分がね、例のロケットの形をしています」
「驚異の追い上げです! あまりに速すぎて個人視点カメラの展開が追い付いておりません! 今、田中はどこに」
リーン
「おリンの音が鳴り響きました! 審判団が一斉に紫雲で移動しています。あっちからも、こっちからも、次々とおリンの音が鳴り響いております。さあ、運命の時です。栄えある優勝は一体、誰の手に」
『1位、53番、田中』
「田中だーッ!! 今、天の声が告げました!
1位、53番田中。2位、4番ジェラルディン、3位、198番丸山。
まさかの大逆転劇。今期優勝は、ロケットキュウリの田中です!!」
「素晴らしい追い上げでしたね」
「本当に、手に汗握る大接戦でしたねえ。
今、田中の元へカメラクルーが駆けつけます。
田中、屋根の上から大きく手を振っています。遠目からも分かるほどの光る汗、そして満面の笑みです。後ほど優勝インタビューが行われます。
まだ競技中の参加者の様子も見てみましょう。
おお、最後尾、実に優雅に堂々と、トウモロコシの帆船が航行中ですね」
「やはり彼は芸術家肌ですね。こういう視点での参加も素晴らしいと思います」
「えー、残念ながら、実況解説につきましては、ここでお時間となってしまいました。優勝インタビュー、表彰式は、この後すぐのニュース番組内で、リアルタイムでお届けする予定です。そのまま番組を変えず、ぜひ最後までお見届けください。
実況は閻魔大介。解説に、浦賀俊彦さんをお迎えしてお送りしました。
浦賀さん、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
<了>
三題噺ショートショート集 鐘古こよみ @kanekoyomi
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