第3話 俺の親父の実家は幽霊屋敷 前編

「あー…確かにそんな話だったな。それでこのキャンプ場の曰くって自殺者が後を絶たないって事でOK?」


「いや、実はそれも曰くの一つではあるんだけど、この場所の本当の曰くっていうのが百年以上も昔の話になるんだけど、当時ダムを建設するのはかなり難しい作業だったらしくてな、ダムの氾濫とかで何回もダムが決壊したらしいんだよ。その当時の人は考えた。簡単に言うと、生贄を用意すればきっとダムは決壊しないだろう」


「はぁ?」


「まぁ昔だからそういうのを信じてる人が多かったんだろ。それで、当然だけどこの近隣に住んでる人から生贄を出したくはないわけだな。だから、遠くに住んでいて障害を持っている子供を買って、生贄としてこのダムに生き埋めにしたんだよ」


「なんというか…幽霊より人間の方が怖いな…」



「本当にそうだよな。ここからが本題なんだけど、不思議な事に数年に一回氾濫が起きてたダムも、生贄を捧げてから本当にピタリと氾濫をしなくなったんだ。その代わり、生贄に捧げられた子供がダムの近隣住民の枕元に夜な夜な立つようになった。そんな声が広がっていったから、その子供の供養をするために祠を作ったらしい」


「なるほどな。それで千春はその子供を視てから幽霊が視えるようになったわけだ。それで高校で俺と出会って、心霊スポットに連れまわされる事になったと」


「生贄にされた子供かは分からないけどな。そうだな…俺の親父の実家に来た時が初めてじゃないか?」


「そうそう!お前の家は幽霊屋敷だったもんな!」




 ◇



 千春は、父親の転勤により、県外の高校に進学することになった。しかしその場所は、彼にとって完全なる未知の世界ではなかった。それは、彼の父親の実家がある場所でもあったのだ。


 幼い頃、毎年夏休みになると、父親の実家に泊まりに行って、祖父と祖母に遊んでもらうのが恒例だった。しかし、彼が六歳になった夏、祖父が亡くなってしまう。そのため、詳しい記憶はあまり残っていないのだが、当時の思い出は今でも鮮明に残っている。


 偶然にも、父親の勤務地と実家が近かったことと、自転車で三十分以内に通える高校があったため、彼は現在、父親の実家に住んでいのだ。


 父親の実家は、祖父が健在だった頃は自分たちの土地で米を栽培する農家だった。そのため、家はかなり大きく、彼が通っている高校の友達である篤が訪れた際には、「まるで旅館の玄関のようだ」と驚いていた。


 そんな親父の実家は、少しおかしい。




 茶の間のドアは引き戸で、普段は普通に閉まっているのだが、夜中に携帯をいじりながらグダグダしていると、勝手に三十センチ程度開いたりすることがある。家族は全員寝静まっており、誰もいないことは確認済みだった。


 さらに、時折人影が歩き回っているように感じられることもある。このような不思議な現象が、ほぼ毎日のように起こっているのだ。


 友人である篤にこの話をしたところ、彼は心霊オタクであるため、千春の家に泊まりたがり始めた。


 ちょうどその週末は、祖母が老人会の旅行で一泊二日の東京行きに参加する予定だった。両親も、祖母が家を留守にするということで、旅行に出かけるつもりだった。


 その知らせを聞いていた千春は、軽くため息をつきつつ、篤が泊まることを了承した。





 土曜日の夕方、篤は大量の荷物を抱えて現れた。


「何でそんなに荷物持ってんだよ…」と千春が聞くと、篤は「心霊現象を撮影するためのカメラとか、いろいろと入ってるんだ。でも重くて大変だよ…荷物を置かせてくれ」と答える。


 パンパンになったリュックサックを背負いながら自転車をこいでやってきた篤に、千春は思わず「そこまでするか?」と呆れたが、彼を家の中に入れることにする。


「それで何処が一番霊障が起こるんだ?」


 少し興奮気味に聞いてくる篤にドン引きしながら、


「一番は茶の間かな?その次は仏壇の隣の部屋」

「んー…じゃあ寝る前までは茶の間で過ごして、寝る時は仏間の隣にしよう」


 篤は夜中の心霊現象に備えて、動画を再生することに気合を入れているが、千春は夕飯の準備に追われていた。そんな中、篤は何度も何度も心霊現象について尋ねてきた。篤は答えが欲しいがためにしつこく質問を繰り返す癖があるため、仕方なく千春現象の詳細を説明する事にした。


「俺って篤にどこまで話をしたか覚えてないんだけど…」

「あれだよ!茶の間の引き戸が勝手に開くとか、人影がどうとか」

「そうだな――」


 実家では、引き戸が勝手に開いたり、人影が歩いたりする不思議な現象が起こったり、消していたテレビが勝手に点いたり消えたりすることがあったり、飾ってある日本人形が床に落ちていたりすることもある。まあ、これらはただの気のせいかもしれないし、偶然かもしれないと思う人もいるだろう。だが、中学生だったある夜、それらがただの偶然ではないことを知った。


 その夜は、初めて幽霊を見たキャンプ場の出来事から数日後のことだった。中学三年生だった千春は、夏休みに墓参りもかねて、父親の実家に泊まりに来た。毎年恒例の豪華な夕食を祖母が用意してくれて、楽しい時間を過ごしていた。


 酒に酔っ払った父親は早々に寝室へと行き、その結果、千春は茶の間に一人取り残された。時計を見ると、あと少しで日付が変わる頃合いだ。そろそろ寝ようと、自分がいつも寝ている仏間の方向へと歩き出す。仏間は、襖で仕切られただけで、薄い襖を開けるとそこには立派な仏壇がある。


 これまで幽霊なんて信じていなかった千春だったが、あのキャンプ場の件があったので、内心ではビビリまくっていた。千春が寝る寝室は、十畳くらいの広さで、部屋の中央には祖母が用意してくれた敷布団が敷かれ、暗闇の中で電球がその周りだけにほの暗い光を落としていた。


 その光に照らされて、部屋の左側に飾られている弓を構えた武士の人形と着物を着た日本人形が、どことなく不気味に感じられた。あの出来事があった後だと、なおさらそう思えてしまって、千春は嫌な想像をしないように布団に入り、頭までかぶって寝た。





 目が覚めた時、時計の針が四時を少し過ぎていた。夏の早朝だからか、辺りは少し明るくなり始めている。


 祖母が台所で朝食を作っている音が聞こえ、寝心地が良かったためもうひと眠りしようと思っていた。


 ところが、その短い時間の間に、室内がまるで別の世界に変わったようだった。豆電球の淡い光が消え、暗闇に包まれた室内――。


 千春の身体はまるで鉛を詰め込まれたように動かなくなり、視線だけが自然と天井を向く。


 そこには二つの目が、キョロキョロと動いていた。白目が血走るその目は、まるで千春を見下ろすかのようにせわしなく動いていた。


 千春は逃げ出したいと思いながらも、身体が全く動かない。声を出そうにも、声が出ない。目を閉じようにも、目が閉じられなかった。


 そして、その目が千春と視線が合った時、気を失ってしまった。

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