#3
連れてこられた室内に入ると、すでに信者たちは椅子に座っており頼んでも居ないのに、千春たちの席は最前列に用意されていた。
(さっきの事どう思う?)
(壺が割れた事か?どうもなにも、あんなのただのゴミだろ)
(ふふっ。じゃあ千春からすれば、これからゴミを作る先生のありがたい話が聞けるってわけだ)
小声でくだらない話をしてると、後方から扉が開く音が聞こえてくる。
部屋に入って来た人物は50代くらいの男性。細身で綺麗に白髪をオールバックにしている。ゴテゴテした服をきているのではないかと、千春は想像していたのだが、意外にもスーツを着こなし、清潔で手入れが行き届いた身なりで威厳たっぷりの表情をしていた。
堂々と歩く彼の周囲には、神秘的なオーラが揺らめいているように感じた――わけもなく、ただのおっさんに見える。
演台に立つと信者たちを見回し、ニコリと表情を緩める。周りの信者たちがどのような表情をしているのか、気になった千春は横にいる信者を見る。
その信者は30代くらいの女性だろうか。まるで初めて恋をしたというような、熱っぽい目を演台に立つ男に向けている。
その様子に内心、ドン引きしている千春は演台に立つ男に視線を戻すと、目が合う。ニコリとほほ笑む男に千春は、苦笑いしか返せなかった。
程なくして、男は話し始める。流石、人の上に立つだけあって話術が上手いと感じる。しかし、男の言っている事を纏めると、要は「自分が祈りを込めた壺やらをもっとたくさん買いなさい。そうすれば信者にも今よりも幸福が訪れる」ということだ。
なんとも馬鹿馬鹿しい話ではあるが、千春たち以外は熱心に話を聞いている。中には、鞄から財布を取り出している者も居た。
そんな異様な光景が室内に広がる中、いよいよ男の話も終わりに近づいてくる。
「――という事なのだが、今日は新しく『幸福の導き手』に入信する事になった者もいる。そこで、今回は特別という事ではあるが、私が数か月間祈りを込めて作った、特別な物を今日は持ってきた」
すると、後方から演台に立つ男の秘書なのだろうか。千春たちと同年代であろう女性が、なにかを持って演台に立つ男に渡す。
(数珠…?いや、パワーストーンのブレスレットか)
見るからにその辺の雑貨屋でも買えるようなブレスレット。それが上質そうな白い布の中から取り出された。
「今はこれ一つしか作れていない。本来ならばより多くのお布施をした者に譲る予定であった。だが、今日新しく入信した者に渡さなければいけなくなった」
そう言って、男は千春たちを見る。いや、篤の方に視線を向けていた。
「君の名はなんという」
「え?篤っていいます」
「そうか。篤くん。驚かないで聞いて欲しい。君にはとんでもない悪霊が憑いている。このままでは不幸になる処か、近いうちに死が訪れるだろう。だが、私が祈りを込めて作ったこの――」
男が篤に話しかけると同時に、室内にまたあの甘ったるい匂いが充満してくる。だが、その匂いに気付いているのは千春だけだ。
本能的にこれはマズいと千春が思った時である。男が数か月間、祈りを込めて作ったというパワーストーンのブレスレットが砕け散った。
石を繋いでる紐が切れて、石が床に転がったというわけでは無い。文字通り石が突然砕け散ったのだ。
室内がざわめきだす。それは当然の事なのかもしれない。信者たちが神と崇める男が作った物。いや、彼らにとっては『神物』が砕け散ったのだ。
だが、男は冷静な表情のままだ。信者たちが口を閉じるのを待ってから話し出す。
「なるほど。私が祈りを込めた物では篤くんの悪霊を追い出す事はできぬか。だが、安心してほしい。私自らの手で悪霊を取り払ってあげよう」
男がそう言うと、演台から降りて篤の方に近づいて来る。このような状況に篤はさぞ面白がっているだろう。そう思い、千春は横に座る篤をみる。
篤は笑っていた。
それは面白いから笑っているという種類の笑みではなく、冷ややかな、意地の悪い微笑みを口元に浮かべている。
長年の付き合いだが、こんな表情の篤を見た事は無かった。千春が呆気に取られていると、男は篤の前に立ち、何やらお経のような何かをぶつぶつと唱え始める。
その様な状況でも篤の表情は先程のままだ。
目の前に居るのは篤であって篤じゃない――
途端に途切れるお経のようなもの。視線を男に戻すと、男は床に倒れ込んだまま動かなくなる。
一拍の間をおいて室内には信者たちの絶叫が響き渡り、男の元へ駆け寄ってくる。どうやら男に息はあるようで、気絶しているだけのようだった。
その事に信者たちは安堵をしているようだが、千春の意識は篤に向いていた。篤の男を見る目が怖いのだ。まるで、無感情な機械的な目。
「あ、篤…?」
千春の声に反応した篤は、顔をゆっくりと千春に向けて微笑みながら人差し指を口に持って行った――
それからが大変であった。信者たちが神と崇める男が急に倒れたのだ。原因は篤の悪霊を払うのに失敗をした、という事なのだが、信者たちの怒りは千春たちと連れて来たサクラに向かう。
このままここに居ては大変な事になると感じた千春は、様子がおかしい篤とサクラを連れて、宗教施設から逃げ出すのであった。
◇
なんとか無事に逃げ出す事が出来た三人は、事務所にしているアパートに居た。その頃には、篤の様子も普通に戻っていたが、最後の方の記憶がないと言っている。
篤の事は良いとして、問題は勢いで連れて来てしまったサクラなのだが、その対応に悩む千春。
あの先生と呼ばれてる男を信じているサクラには申し訳ないが、千春が思うにあの男は詐欺師だと感じていた。だが、それをサクラに伝えても恐らく信じないだろう。
しかし、信者たちがあの様にサクラにも敵意を向けている以上、もうあの場所に戻る事は出来ない。
そもそも何故、サクラは幸福の導き手という宗教にハマってしまったのだろうか。その事をサクラに聞くと、少し辛そうな表情で話し始めた。
サクラには咲という仲の良い友達が居た。だが、別々の高校に進学した事で中学時代程、会う頻度は減ってしまった。
元々、社交的な性格ではない為、高校では友人が出来ずに過ごしていたという。それどころか、イジメの対象になってしまった。
大人しい性格だからサクラが標的になってしまったのだろう。その事を迷惑をかけてしまうからと咲にも相談する事が出来ず、イジメを受ける日々が続いた。
そんな時に幸福の導き手の勧誘が家で一人で居る時に来たという。最初は信じてなかったサクラだったが、押しの強い勧誘に負け、一度だけならという事で集会に行ってきたそうだ。
そこであの先生と出会ったわけであるが、先生の言う通りにすれば不思議と物事が上手くいきはじめたという。それから今に至るという事だ。
「これからサクラはどうするんだ?もうあそこには行けないだろ?」
「そう…だよね。不思議なんだけど、千春くんたちと会う前は先生が居なきゃ駄目っていう感じだったんだけど、今はそんな事思わないんだよね。なんでだろう…」
確かにそれは不思議な話である。もしかするとあの男は詐欺師なのではなく、本当に不可思議な力を使って、信者たちの事を洗脳していたのかもしれない。
サクラの洗脳が解けた原因があるとすれば、それは千春に憑いているナニカなのだろうか――
その後、『幸福の導き手』の教祖であるあの男は、無事に目を覚ましたものの、支離滅裂な言葉を喚き続け、もはや教祖として宗教団体を率いる事は出来る状態ではなかったという――
【ある新興宗教での出来事】~完~
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