#3



 次の日の朝、千春は篤のいびきがうるさくていつもより早い時間に起きてしまう。時刻は午前5時――煙草でも吸おうかと玄関から外に出ると、何かに躓いてしまう。


「ん―――っ!!」

 玄関の前には猫の死体が横たわっていた。



「老衰…か?というか、なんでよりによって引っ越した次の日にこんな事があるんだよ」


 どうしようかと、悩んでいると声を掛けられる。


「おはようございます。どうしたんですか?」

 隣人の青山が声を掛けて来る。


「実は――」

 千春は事の経緯を話す。


「そりゃ災難だったね…市役所に電話すれば回収してくれると思うよ」

「そうなんですね。ありがとうございます。それと――」

 千春はこの際なので、昨晩に青山が何を言おうとしていたのか聞いてみる。



「あんな言い方じゃ気になっちゃうよね。実はさ、僕は十年前からここに住んでるんだけど、当時からこの貸家に引っ越してくる人は、皆直ぐに出て行っちゃうんだよ。僕が知ってる限りだと、一番長くて三か月だね」

「三か月!?」

 あまりの短さに千春は驚く。



「そう。最初は気にしてなかったけどさ――」


 青山の話をまとめると、貸家の前を通った時に引っ越しの準備をしている若い夫婦を見たそうだ。この夫婦はまだ貸家に入居してから一週間しか経っておらず、この時には彼も「またか」と思い、気になった彼は何故引っ越しをするのか聞いてみたという。


 すると夫婦は疲れた表情をしながら、「夜に寝ていると呼び鈴が鳴るが、玄関を開けてみると誰も居ない」や「夜になるとラップ音が聞こえる」と言っていたそうだ。



「それで、みんな気味悪がって出て行っちゃうんだと思う」

「そう…なんですね。不動産屋からこの貸家で亡くなった人が居ると聞いたんですけど」

「あー…それは数年前に住んでいた家族の事だね。詳しくは知らないんだけど、確か息子さんが亡くなったらしいね。その件については、早坂さんの方が詳しいと思うよ?息子さんと同級生だったから」


 早坂というのは、不愛想な隣人の女性の事だ。その後、少し話をして青山は自宅に戻って行く。




 今日は休日――市役所はやっていない為、この猫の死骸をどうするべきか悩む千春であった。



 ◇


「猫をそのままにしておくわけにもいかないしさ、庭に埋めようぜ?」

「お前は正気か?」

 呆れながら言葉を返す千春。


 猫大好き人間の篤の話によると、私有地で動物が死んでいた場合、役所は引き取ってくれないし、「ゴミとして捨てて下さい」と言われるそうだ。


 だったら自分達でお墓を作ってあげた方が良いという話だ。渋々だが、千春は庭にお墓を作る事を了承し、二人で家の裏に向かって行った。




「ここら辺にお墓を作るか…その前に草むしりだな」


 家の裏手にやってきたはいいが、雑草が生い茂っていたので二人は草むしりを始める。


「ん…?なんだこれ?」

「どうした?」


 草むしりを開始してから数十分――篤が生い茂る草の中から小さな祠を発見する。長年、手入れをしていなかったのだろう。木で作られた屋根の部分は腐食して、ボロボロになっていた。


「祠だな…どうする?」

「どうするって、流石にこのままにはしておけないから、直すしかないだろ」


 幸いにも、崩れているのは屋根だけなので、その部分を二人で木を買って来て直す事にする。



 ◇


 草むしりに猫のお墓作り、そして祠の修理を終えた頃には日も暮れていた。まさか、引っ越してからこんなにも忙しくなるとは思わず、疲れ切った様子の二人。



「すげぇ濃い一日だったな」

「確かに…今朝の出来事が無ければ草むしりもしなかっただろうし、祠もずっとあの状態だったな」

「ラップ音とかって、祠に祭られてる稲荷様が起こしてた現象だったりして」

「その可能性もあるかもな。あんな状態になってたら、怒るのも分かるわ」


 二人はぐったりとした様子で、ソファーに座りながら話していた。すると、



 ピンポーン――



 家の呼び鈴が鳴る。時刻は夜の八時――。


「稲荷様がお礼に来たんじゃね?」


 笑いながら話す篤に「もっと綺麗に直せって言いに来たのかもな」と笑って返す千春。だが、玄関を開けてみるとそこには誰も居なかった。


 悪戯かと一瞬考えたが、青山の言葉が頭に浮かぶ――。



 背筋にぞわっと寒気が走る。


 リビングに戻ると、千春の固い表情を見て声を掛けてくる。


「なんかあった?」

「誰も居なかった」

「マジ?ピンポンダッシュとかじゃなくて?」

「どうだろうな…その可能性が高いと思う」


 千春が玄関に向かうまで、それなりの時間があった。

 であるならば、呼び鈴を鳴らして逃げ出す時間は十分あると考えられる。


 妙な雰囲気になってしまったが、明日はお互い仕事の為、篤は自宅に帰っていく。


 だが、この日の出来事を皮切りに、不可思議な現象が起こり始めるのであった。




 

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