『城ヶ崎悠真の憂鬱 〜前編〜』

俺の名前は城ヶ崎悠真。城ヶ崎家の長男だ。俺には妹がいる。妹は我儘で傲慢でそしてめんどくさり屋だった。だけど、一度決めたことには一直線だ。それは良い意味でも悪い意味でも。



そんな妹も嫌いというわけではないし寧ろ好きなのだが。ただ、このまま両親みたいな大人に育っていくのだろうな、と冷めた目でそう思っていたのた。



中学生……正確には『白鷺学園』に入った時から妹の態度が激変した。まず、あれだけめんどくさがっていた習い事に真面目に行くようになったことだ。最初の頃は熱でもあるの?と両親や使用人達に言わせた程に。とか言う俺もそうだ。



理由をさりげなく聞いたら『心機一転って奴です』と言われたけど。絶対に違うだろうな。だって目が泳いでたし。



まぁ、どんな事情があるにせよ真面目に習い事に行くことになったことはいいことだ、と褒めて頭を撫でると透華はとても喜んでくれる。その様子が犬みたいで面白いなーとは思ったけど。



元々懐いていた妹がさらに懐くようになった…ということだろうか?普通逆のような気がするが、邪魔扱いされるより懐かれる方が断然いい。



何処でもいる普通の兄妹だと思う。

……俺たちは血の繋がっていない兄妹であるという点を除けば……の話だが。

と言っても別に透華に恋愛感情があるわけでも、勿論性的な意味もない。本当に只の家族愛だ。



妹として、透華のことは大事にしてやりたいし、守ってあげたいと思う。

だからこそ、決めていた。透華が恋人を作るまで恋愛しない……と、そう思っていたし、きっとこの考えは変わることはないと思っていた。



……それも九条香織と出会うまではの話なのだけれど。彼女の美しさはどこか人を惹きつけるものがあったから。



まるで人形のように整った顔立ちに、腰まで伸びた艶やかな黒髪に雪のような白い肌に、宝石のような瞳。どれもが完璧で美しいものだった。



今思えば一目惚れだったのかもしれない。最初の頃は冷静に保っていたし、なるべく関わらないようにしていた。



だって怖かったから……またあんな心臓の鼓動を聞いたら何かが開けそうな気がして怖かったからだ。だけど――、



「ねえ!悠真くん!あそこで裕翔くんが呼んでるわよ?」



……何故か九条は俺のことを『悠真くん』とそう呼んでくるようになった。原因は裕翔のせいなんだけどな……あいつ、マジで許さん。



最初は名前呼びなんて断固拒否しようとしたんだ。でも、何故か九条の寂しげな表情を見た瞬間に何も言えなくなってしまったのだ。



きっと、九条は無意識のうちに自分の魅力を理解しているに違いない。それでいて尚且つ人の弱みを握ることに長けているというかなんと言うか……。



兎にも角にも九条は俺のことを振り回してくるような存在だった。それが嫌ではない自分がいる。寧ろ嬉しく思う自分もいた。



九条と関わるようになって男子達の視線が痛くなった気もするけど……気にしたら負けだと思ってるし、今更だ……と開き直ることにした。それからというもの、九条は毎日のように話しかけてくるようになり、いつの間にか俺の隣にいることが多くなった。



九条は友達も多く、男女問わず人気があり、常に周りには人が絶えなかった。だけど九条はいつも一歩引いている。誰とでも仲良くはするし、困った人を見捨てない優しさもあるのだが、一線を引いているように感じる時があった。



つまり、誰も信用はしてないのでは?と俺は勝手に思っている。根拠はないけどそんな感じがしたのだ。ただそれ以上は聞かないし、聞けない。だってあまりにも異質だったから。だからあまり触れないようにしてきた。



そしてその後のことだ。透華がアメリカに留学することになったのだ。あまりの唐突さに驚いたが、二週間後には帰ってくるらしい。



透華がいないと寂しいなぁ……と、思っていたがそれも束の間のことだった。



「悠真くん。誕生日プレゼントで贈ったクッキー美味しかった?」



「九条……うん、美味しかったよ、ありがとう」



「なら、よかったわ」



そう言って九条は笑った。その笑顔を見てるとこっちまで幸せな気分になる。だけど――。



「いいな、城ヶ崎……九条さんから貰えて…」



「やっぱりイケメンは得だ……」



こういう陰口はよく聞くようになった。まあ、仕方ないことだと思うのだが……俺ってイケメンなのか?自分で言うのもあれだが、ごく普通の顔をしていると思うけどなぁ……?



そんなことを思っていると。



「おはようー!悠真に九条!」



「おはよう。裕翔」



「おはよう。裕翔くん」



こいつの名前は水瀬裕翔。いつも元気いっぱいのムードメーカー的存在であり、女子からも人気があるし、俺はこいつのことをカッコいいとそう思っている。……友達としてだが。



「あ、後、これ手紙!お前に渡しておくようにって言われた」



「手紙?」



「て、手紙ってもしかして……」



何故か九条が慌てている横で裕翔は笑いながらこういった。



「ラブレターじゃないんだよな。これが……渡してきた相手は男だったし」



「え?お、男!?︎」



「何か渡してきたあの子怯えた風に…この手紙を城ヶ崎先輩に渡してきてくださいって必死に言われてさ……」



……そんなに俺に見て欲しいのか……そう思いながら手紙を開けた。そこには……



『城ヶ崎悠真!俺はお前に決闘を申し込む!』



……何だこれは。どう反応すればいいのだろうか……ただ、一つ言えることは、なんだか面倒なことに巻き込まれた気がするということだけだった。そう思った直後、扉が開く。



「え……?冬馬?」



九条が驚いたように言う。入ってきたのは伊集院冬馬であった。彼は、成績優秀、運動神経も抜群という超ハイスペック人間なのだが、九条に依存しすぎている、というのは学園内でも有名な話だ。何故彼がここにいるのか……九条に会いにきた、という雰囲気でもない。



「……それ受け取ったのか。」



後輩なのにタメ口……伊集院家は金持ちだし、城ヶ崎家もそこそこ大きいが伊集院家には比べ物もならないほどに格が違うのでそこに文句を言うことはない。



文句は言わないが、少しだけイラッとしたのは俺の心が狭いからだろうか…?



「……ならちょうど良かった。それ名前書くの忘れてたから……だから直接言う」



そう言って伊集院君は俺に近づいてこう言った。



「俺は……城ヶ崎悠真に決闘を申し込む!野球でな!」



「野球で!?」



野球、というワードに俺より先に裕翔の方が先に反応する。……俺も別に野球することには反論はないし、むしろ伊集院君とは戦ってみたいとそう思っていた。



この前、伊集院くんのクラスが野球をしていて、その試合を見ていた時もかなりバッティングセンスがいいと思った。



「俺が勝ったらお前には香織に今後一切近づくな!」



「と、冬馬!?」


  

九条が驚いて声を上げる。……それは困る。だってクラスメートだから嫌でも近付くし。それに……俺自身も嫌だから。それにしても――。



「俺が勝ったらどうなるんだ…?」



「その時は俺がお前の言うこと何でも聞いてやるよ!ま、絶対にそんなことにはならないと思うけどな!じゃあ、来週の日曜日、グラウンドで待ってる!」



自信満々にそう言い切る。……何故そんなに言い切れるのだろうか……不思議でしょうがないけども……



「わかった。その勝負受けよう」



「ゆ、悠真くん!?こんなの断っても……!」



「いやいや、これは受けるべきでしょ!だって前々から悠真って伊集院君と戦いたいって言ってたし!それに要は勝てばいいんだろ?」



「そうだな…それに一応野球嗜んでるし」



「そ、そういう問題ではなくて……!」



九条は慌てるが、裕翔はノリノリである。それにしても……



「何故、俺なんだろ……?」



誕生日パーティーのときから思っていたことだったが、伊集院君は俺のことを敵視している。原因は九条のことだというのは分かってはいるのだが……



「(九条も九条で……なぜ俺に……)」



俺と九条はただ同じクラスの友達、それだけの関係であるはずだ。



少なくとも今はそうだし、九条が俺のことを好きな訳でもないだろうし……と思いながらも、伊集院くんと野球するのは実は楽しみだったりしたので少し胸が踊ったが、それと同時に心の中が憂鬱になったのも確かなことだった。



△▼△▼



たが、時間が経つにつれ、『実はやばいんじゃないか?』という不安が押し寄せてきた。



いや、伊集院くんと野球をするのはいいし、俺も楽しみだけど……問題はそこじゃない。

九条に近づけなくなるのは困るのだ。九条は俺にとって大切な人だから。



しかし、今更断るのもどうかと思ってしまうし……そんなことを思っていたら寝れなくなってしまった。



「………透華に電話してみようかな……」



透華は今アメリカにいるし、この時間帯ならあっちはまだ明るいだろう。今の日本は夜中の2時半くらいだし、かけても問題ないだろう。そう思いながら俺は透華に電話を掛けるのであった――。

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