『水瀬美月は取られたくない』

誰にだって取られたくないポジションがあるはずだ。それは私――水瀬美月にもある。



城ヶ崎透華様。私のことを助けてくれて、優しくしてくれて、一緒にいるだけで楽しくて安心できて、そんな存在だ。透華様が私以外と仲良く話をしていると凄く胸が痛い。



特に佐川さんには取られたくなかった。だって彼女は透華様を嵌めようとしたのに。



西園寺様が事前に気付き、助けてくれたけど、もし気付かなかったらきっと今頃透華様は大変なことになっていたかもしれない。



透華様が無事だったのは良かったし、同時に玲奈様は凄いと思った。何せ、玲奈様は完璧に透華様を演じきり、騙しきって透華様のアンカーを勤めたのだから。



しかも声真似も完璧だったし、西園寺様が説明をしてくれなかったら分からなかったと思う。



それが悔しかった。私は透華様の初めての友達の筈なのに。私は彼女のことをよく知っているのに。透華様も『私は美月さんが初めての友達よ』と言ってくれたのに。



私は彼女について知らないことが多すぎる。もっと知りたいのに……と思っていると、



「美月ー、聞いてるかー」



「わっ……!?……な、なんだ、お兄ちゃんか……」



水瀬裕翔。私の自慢のお兄ちゃんだ。いつも格好良くて、運動神経抜群で、イケメンで。……そしてモテモテだけど今は特定の彼女はいないらしい。



「どうしたー?何か考え事かー?」



「美月ちゃん疲れてるんじゃ?昨日は体育祭だったわけだし」



この人は城ヶ崎悠真様。お兄ちゃんと同級生で親友で、透華様のお兄様でもある。顔立ちは少し似ているけど雰囲気は全く違う。透華様は明るくて優しいといった感じだが、悠真様は落ち着いていて大人びていており、女子の憧れる男子像そのものだ。



流石、透華様のお兄様という感じでとても素敵だと思う。



「ふーん。そうなんだ……俺は有り余ってるけどね!体力!」



「……みんながみんな裕翔と同じ体力だと思うなよ。あとお前の場合は無駄に走り回ってただけだろ」



「酷いなお前!俺頑張って走ったじゃん!」



……二人は親友で信用できる人達。時々お兄様と悠真様の関係が羨ましくなる。だって――何事も話し合えて対等なのだから。



私と透華様は対等という気がしない。私は透華様のことを信用しているし、信頼しているが、それはあくまでも私が一方的に思っているだけであって、透華様にどう思われているか分からないのだ。



もし、仮に私が見ている透華様は表の顔だとしたら?本当は私を疎んでいるとしたら? そう考えるだけで怖くて仕方がない。私は透華様の本当の気持ちを知りたい。でもそれを知るのが怖い。



もし私のことを嫌いと言われたらと考えると震えてしまう。透華様と一緒にいる時間が大好きだからこそ嫌われたくないし、離れたくない。



「おーい、美月、本当に顔色悪いぞ?大丈夫か?」



「え……あ、うん……平気だよ……」



「嘘つけ。ほら、こっちこい」



そう言ってお兄ちゃんは私のおでこに手を当てて熱を測った。



「うわ。熱あるじゃん!滅茶苦茶熱い……!」



そう言いながらお兄ちゃんはお姫様抱っこをして私をベットに連れて行った。……いや、恥ずかしすぎるんだけど!?



辞めてよ……!悠真様もいるのに……!! 私はお兄ちゃんの腕の中でジタバタするが、ビクともしなかった。



結局そのままベットまで運ばれてしまった。

もう最悪だ……。こんなところ見られるなんて……絶対変に思われてるよ……



「全く、裕翔は強引だな……まぁ、美月ちゃんの顔色が悪かったのは確かだったけどさ……お姫様抱っこはないんじゃないか?」



「うるさいな〜別にいいだろうが。悠真もしないの?透華ちゃんにさ」



「しねぇよ。大体美月ちゃん嫌がってただろ」



「そんなことないよねー美月?」



「……嫌でした。恥ずかしかったです」



「えぇ?!」



「ほら……」



呆れたようにそう言った悠真様と落ち込むお兄ちゃん。だって本当に恥ずかしかったし……

すると、突然扉を叩く音が聞こえてきた。



「……美月様……よろしいですか?入りますよ」



入ってきたのは私の専属メイド、佐島杏里だった。

そして、私に色々なアドバイスをくれる人でもあった。料理や洗濯も教えてくれたし、勉強も見てくれる。



私は杏里のことを頼りにしているし、凄く感謝していた。

彼女は私にとって姉みたいな存在であった。そう思っていると杏里は口を開く。



「透華様がいらっしゃっていますが……いかがいたしますか……?」



「え?透華が?うちの妹が……こんなタイミングに……断っておこうか?美月ちゃん」



悠真様はきっと善意でそう言ってくれたんだと思う。

でも、私は……会いたかった。今すぐ会いたくて堪らなかった。だから、私の答えは決まっていた。



「い、いえ、大丈夫です……私は。熱はありませんから」



「……分かりました。では、お通ししておきますね」



そう言うと、杏里は部屋から出て行き、悠真様は『無理しないでね?』と言って出て行き、お兄ちゃんは『何かあったらすぐ呼べよ』と言い残し、最後に頭を撫でてから出ていった。



本当、私の周りには優しい人しかいない。恵まれすぎていて、申し訳なくなるほどだ。お兄ちゃんも悠真様も優しくて良い人で、私は本当に幸せ者だと思う。



だからこそ、私は透華様に会いたいと思った。何だか依存しているような気がするけど、それでも構わない。私には透華様が必要だから。



透華様の笑顔を見ると安心できる。透華様の声を聞くと幸せな気分になれる。透華様がいるだけで頑張れる。透華様がいないと不安になる。透華様がアメリカに留学してから、私の生活はガラリと変わってしまった。



朝起きるのが辛くなった。夜寝る時が怖くなった。ご飯を食べるのが億劫になった。学校に行くのが面倒臭くなった。

全部、透華様がいなくなったからだ。



最初は我慢できた。でも、日にちが経つにつれてどんどんと症状が悪化していった。まぁ、悪化と言ってもそこまで酷くはないけど、前より元気がなくなったとか、食欲が湧かないとか、その程度だけど。



透華様と離れてから気づいたことがある。

私は透華様に依存していた。透華様に依存している自分が嫌いだった。



アメリカ留学だって二週間で終わる筈だったのに何故か透華様は一ヶ月も帰ってこなかった。それがとても怖くて、不安で、寂しかった。



でも、電話はしなかった。声を聞いたら泣きそうだったし、何よりも迷惑を掛けたくなかったから。



私は透華様に頼られる存在でありたい。私は透華様に必要とされたいし頼りにされたい、と思っていると。



「……美月さん、入ってもいいかしら?」



「……あ、はいっ、どうぞ……!」



扉が開かれると透華様がいた。当たり前だけどそこには透華様がいた。

透華様が私の目の前に来ただけで胸が高鳴った。透華様の匂いが私の鼻腔をくすぐり、頭がクラっとしそうになった。



「美月さん、体調が悪いって聞いたのだけれど大丈夫なの?」



「あ、はい。ベットで寝ていたらだいぶ良くなりました」



「そう、なら良かったわ」



そう言って透華様が笑う。それだけのことで私の心は満たされた。……やっぱり、私は透華様のことが好きだ。

透華様の全てが愛おしくて、ずっと見ていたいと思ってしまう。



「ねぇ、美月さん、お見舞いとしてフルーツを持ってきたのだけれど食べる?」



「ありがとうございます。頂きます」



「そう。なら、私は帰るわ。体調悪いのに長くいるのも悪いし」



「え……」



もういなくなるの?いや、でも、もしこれが風邪だったら……透華様に迷惑を掛けるかもしれない。そう思った私は躊躇し、



「わ、分かりました……!あの、お気をつけてお帰りくださいませ……!」



「ええ。ありがとう。美月さんが元気になったら遊びに来るから早く元気になってね」



「は、はい……!」



その透華様の声に私は元気を貰えて嬉しかったからなのかつい頬が緩んでしまった。

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