『体育祭の話』
今日は体育祭だ。体育祭にはいい思い出がなく、私にとってはあまり乗り気ではない行事であるので今までは玉入れしかやってこなかったし、終わったらささっと帰っていたので友達ともそんなに会話をしたことがない。
しかし今年は違う。なんと私がリレーに出ることになってしまったのだ! しかもアンカーだ。何故こんなことになったのか。私にも分からん。ただ……。
「いやー!楽しみねー!透華さん」
ニヤニヤと笑いながら、私の肩を叩くこの女――佐川里見のせいであることは間違いないと思う。
佐川里見。可愛らしく、天使のような見た目とは裏腹に腹黒さも持ち合わせている彼女は、去年から同じクラスであり、私のことを異様にライバル視してる……ような気がする。
自意識過剰かもしれないが、まぁとにかく面倒な奴である。
私は彼女に対して何かした覚えは全くないし、こんな嫌がらせを受けるほど嫌われていることも無いはずだ。なのに…
「この私が“直々“に立候補してあげたんだから感謝なさいよね!」
……もう意味がわかんねぇよ。
そもそも何なんだ?直々ってさ!死ねよ!私頼んでないんだよ!何私が風邪で寝込んでる間に勝手に決めてくれちゃってんの!?だと言いたかった。
だけど、クラス一同がみんな“透華様なら大丈夫だろう“みたいな雰囲気を醸し出し、あの美月さんでさえ、ちょっと期待の目を向けてくる始末だったので断れるはずもなく……。
とゆうか、何故私なら大丈夫なの?という疑問の方が大きかったけど、それはすぐに解決された。
私のクラスは家柄が最強だ。理事長の孫である玲奈様と華鈴様に、財閥グループのトップを争う伊集院と西園寺がいるからだ。そしてリレーはあの4人の誰かに出て貰いたかったらしいが全員がそれを拒否ったそうだ。
そこで困り果てたクラス委員は立候補を立てていたが、そこで佐川が私の名前を出したらしい。その場に私がいないのにも関わらず、クラス委員もそれを承諾し、全員が私にリレーのアンカーという面倒くさい役割を押し付けてきた。
それを聞いた時は殺意を覚えた。何してくれてんだこいつらって思ったわ。
まあ、結局引き受けてしまったんだけどね。それに……これ八百長なんだよね。
練習の時から明らかに私より早い子達が私を立たせるためにわざと遅く走ったりしてくるし。結果的に練習は全部私たちのチームが一位だ。
だけど、それで褒められても、流石だ!と言われても全然嬉しくなかった。だって八百長だもの。八百長で勝って嬉しいわけがないじゃん。
私じゃなかったら八百長なんてしなくても余裕で勝ってたのに!何で4人とも辞退するわけ?!と、思いながら思い切りため息を吐く。
「頑張ってねー?城ヶ崎さん」
そんなことを思っていると西園寺に声をかけられた。こいつのせいで……!何故お前は辞退したんだ!
「何で辞退したの?みたいな顔してるねー?だって俺が勝ったところで何も面白くないじゃないか」
心を読んできたことに驚きつつ、こいつはこういう奴だったと思い出す。私は頭を抱えながら、
「それが八百長だとしても、ですか?そっちの方が面白いと……」
「俺はそういう人間だよ」
そう言って彼は笑みを浮かべた。その笑顔には嫌味とか悪意は一切感じられず、純粋に楽しんでいるように思えた。
「まぁ、でも……八百長を不満に持っている生徒も多いし……このまま、放置してたら城ヶ崎さん恥をかくことになるかもねー。そもそも、八百長だなんてウソだし」
「……え?いや、でも練習のときは……」
「あれはフリだよ。フリ。練習の時は八百長しといて本番では本気を出すっていう作戦なんだ。つまり本番になれば、全員全力で走ってくるからね。城ヶ崎さんに勝ち目はないよ」
「ええ……」
困惑はしたが、納得はした。そもそも、佐川が私を推薦してきた時点で怪しいとは思っていたのだ。
まぁ、それでも引き受けたのは事実なので、やるしかないのだが……
「でも、まぁ、城ヶ崎さんが確実に勝てる方法もあるよ?」
「え?!あるんですか?!」
そんなのがあるのなら事前に教えろや!何当日に言うんだよ!と思いながらも、私は彼の話を聞くことにした。
すると、西園寺は私の耳元まで顔を近づけると小声でこう言った。
「あのね――」
彼が言った予想外の言葉だった。
△▼△▼
私には憎いものがある。それを見るだけで壊してしまいたくなる。それは――城ヶ崎透華という女だ。
城ヶ崎透華は小学生の頃ボス猿のように君臨していた。誰も逆らうことが出来ず、彼女の言うことは絶対であった。
しかし中学生になり、彼女は変わってしまった。
あの時の威厳なんてなく、今ではただの弱々しい女子に成り下がっていた。命令もしなければ傲慢でもない。ただ、ちょっと抜けてるポンコツになった。
別に小学生の頃もカリスマ性があったわけではないが、それでも今よりかはあったと思う。でも、今の彼女の周りには……。
「何で、玲奈様と華鈴様はあっちに……」
二人とも城ヶ崎透華と仲良くし、共に行動するのを当たり前としていた。負けた気分だった。悔しくて、辛かった。
あの二人……玲奈様と華鈴様は私よりも遥かにスペックが高い。勉強も運動神経もいいし、おまけに容姿端麗でもある上、家は金持ちな上、白鷺学園の理事長の孫だ。
対して城ヶ崎透華は成績は平均で運動神経も対して良くなく容姿だけは美人で胸も大きく、家はそこその金持ちだが、そこまで有名ではない。
別に城ヶ崎透華が劣っているわけではない。ただ、あの二人のスペックが高すぎるだけなのだ。だからこそ、城ヶ崎透華が気に入らない。
あの二人と仲良く話しているのを見ると腹が立ってしょうがなかった。
だから、このリレーで恥をかかせてやりたかった。練習のときはみんなで八百長にして本番のときには全員が全力で走り、彼女に恥をかかせる。それが目的だった。
なのに……
「…俺そういうやり口嫌いなんだよねー」
そんな声が聞こえてきた。優しく、穏やかでどこか安心感を覚えるような、そんな不思議な感覚。だけど、何故か恐怖を感じた。
恐る恐る振り返ってみるとそこには一人の男子がいた。それはみんなが憧れ、恋焦がれた男――西園寺潤が立っていた。
「俺さー、八百長も勿論嫌いだし、本番になるまで力を隠しておこうとか……戦略としてはありだけどフェアじゃないじゃん?ねぇ、佐川さん?」
……西園寺様の目がまるで獲物を狙う蛇のような目をしていた。口は笑っているのに、目は笑っていない。
「な、何を言いたいのですか……?や、八百長?そんなことしませんよ……」
そう言いながら私は後退りする。逃げ出そうと思っていても足が動かない。まるで石像にでもなったかのように動かなかった。
「君が指示したんじゃないの?」
「し、指示?一体何のことですか?」
とりあえず惚けてみる。これでどうにかなるとは思えないけど……。すると、西園寺様はクスッと笑うと、 パンッ!! と手を叩いた。すると、周りにいた生徒が一斉にこちらを見てくる。
当たり前だ。だって、いきなり音がしたら誰でも見るだろう。そして彼はクラスの…いや、学園内で1番の人気を誇る人物だ。
そんな人物が突然手を叩き始めたら、見てしまう。それは当然の反応だった。
「おい、どうしたんだよ?潤」
まずい!伊集院様まで来てしまった! これはもう完全に詰んだと思った。
この状況をどうやって切り抜けるのか考えていると、西園寺様は笑顔のままこう言った。
「俺さー、こういうやり口嫌いなんだよねー?切り抜ける切り抜けないじゃなくてさー。早く謝ったら?城ヶ崎さん達に」
「……っ」
謝る……どうやって謝るのだろうか。そもそも私は何も悪いことをしていないのに何故謝る必要があるのだろうか。そう思っていると、西園寺様はまた笑みを浮かべた。
先程とは違い、今度は嘲笑うかのような笑みだ。
「城ヶ崎さんがアンカーなのはこの際どうでもいいよ。寧ろ、面白いと思う。だけど……やり方が気に入らなかったからこうして来たわけ」
城ヶ崎透華がアンカーなのはどうでもよくてやり方が気に入らない……?どういうことだ? 私がそう思っていると、
『あ、赤組!早いです!ごぼう抜き!現在トップ!このまま逃げ切って』
アナウンスの声が響いた。見ると、いつの間にか城ヶ崎透華が一位に踊り出ていた。……意味が分からなかった。
どうして城ヶ崎透華が1番に走れている。周りの奴らも全力で走っているのは分かる。だけど、城ヶ崎透華だけが明らかにおかしい。
他の生徒は全員女子だが、それでも陸上部のエースクラスである。なのに、それを全て抜いてしまうなんて……有り得ない。
「……本当はこういうことするの嫌いだったんだけど、佐川さんが先にやったことだし……ね?」
「お、おい、どういうことだよ?潤」
笑いながらそう言った西園寺様と意味が分からず困惑する伊集院様。私も同じく困惑していた。
「まぁ、つまりさー……佐川さんがそう来るのならこっちの方がいいかなぁ…って。ちなみにあれ白鷺さんね」
「…え?」
白鷺?あの、どう見たって城ヶ崎透華としか見えない容姿をしている奴が白鷺……?
「あ、ちなみに妹の方ね?」
「あ、いえ……そこは言わなくてもわかります……」
あんなアドリブ満載なことを、華鈴様が出来るはずがない。これは馬鹿にしている訳ではなく事実だ。だから、必然的にあれは……
「玲奈様が声真似が異様に……いえ、とても上手いのは知っています。でも…あれは……」
まさか変装技術まで備わっているというのか。あの人は本当に何でも出来る人だと改めて実感したが……。
「うん、そう。白鷺さんって本当凄いよね?まぁ、今回は声の出番ないけどね。ただ走るだけだし。…本当、天才だと思う」
「……確かに」
思わず同意してしまったのと同時に玲奈様はゴールをした。
△▼△▼
あの後、みんなに私にどういうことなのかと迫られ、仕方なく本当のことを話し、謝罪をして一件落着となった。
孤立してもしょうがないと覚悟していたが、みんな優しい人たちばかりで私のことも許してくれた。……あんなに酷いことしていたのに。
城ヶ崎透華にも謝った。これは本心からだ。私は悪く無いと言い聞かせていたけど、心のどこかでは罪悪感があったのだ。
彼女は一瞬驚いた表情を見せたがすぐに笑顔になり、私の手を取った。
あんなに意地悪したのに。それどころか、許してくれた。今までのことも許してくれた。だからもう私は一生城ヶ崎透華に嫌がらせはしないし出来ない。
そんなの、私が許さない。だから、もう二度とこんなことはしないと誓い、私は許してもらった。
だから私は……城ヶ崎透華のことを全力で慕わなければいけないなぁ……と思いながら私は空を見上げた。
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