『城ヶ崎悠真の憂鬱 〜中編〜』

あの後、透華とそして玲奈ちゃんにも応援されてしまった。ビデオ通話越しではあるが、二人ともとても楽しそうにしていたのが印象的であった。



特に玲奈ちゃんのウキウキ具合と言ったら――。まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のように無邪気であった。

因みに、玲奈ちゃんとは俺の家庭教師の生徒だ。最初は乗り気じゃなかった。玲奈ちゃん以外にも華鈴ちゃんという生徒もいる。



最初は嫌だった。二人とも成績優秀だから飲み込みも早く、教えることは楽しいのだが、あの二人は天才肌なのだ。教えれば教えただけどんどん吸収していくので俺の方が必死にならざるを得ないのだ。



だけども――、



「無理しないで大丈夫です。先生の教え方はとても分かりやすいですよ?私は好きですよ」



という華鈴ちゃんの言葉を聞いて心が軽くなった気がした。彼女たちの両親に押し切られ、引き受けることになった家庭教師だが、今では本当に良かったと思っている。



そして今日も華鈴ちゃんに勉強を教えていると、



「……何か、華鈴ちゃん……疲れた顔してるけど……どうかした?」



明らかにいつもより元気がないように見えた。

すると彼女は苦笑しながら答えてくれた。



「西園寺くんがめっちゃくちゃうざいんですよ……」



西園寺……というのは、俺の後輩だ。生徒会のメンバーでもある。西園寺って時々何を考えているのか全く分からなくなる時があるんだよな……。まぁ、悪い奴じゃないんだけどさ。



「授業中や休み時間にも、何故か私のところに来て話しかけてくるんですよね……もうほんっと鬱陶しいし、面倒くさくて……」



……それは大変そうだな。でも、何て言うか……ご愁傷さまと言いたい気持ちになる。あの西園寺に声をかけられるのって結構負担がでかいんだよなぁ。いや、いい奴だし、話してて面白いんだけども……。腹の底が見えない感じがあって不気味っていうか……。



「西園寺くん、なんで私にあんなに構うんだろう……」



そう言ってため息を吐く華鈴ちゃんに俺は何も言えなかった。



△▼△▼



そして試合当日になった。華鈴ちゃんのことは何も解決してなかったし、なんなら今も西園寺は華鈴ちゃんに絡んでいる。



華鈴ちゃんが凄くうざったそうにしているのがここでも分かる。手助けしたいけど、どうすれば良いんだろう。

そんなことを考えていると、



「おい!城ヶ崎悠真!お前、約束忘れてないだろうな!?」



伊集院くんがやってきたので、華鈴ちゃんを助けることが出来なくなってしまった。





野球というのは奥が深いスポーツだ。初めてテレビ越しに見たとき、俺は興奮した。



負けそうに見えたチームが逆転サヨナラ満塁ホームランを打ったり、大エースと呼ばれる人が凡退したり、何が起こるか分からないのだ。だから面白い。



野球というのはハラハラドキドキするスポーツでもある。だが、それはただ単に見ているだけじゃ味わえないものだ。実際にプレイしているからこそ感じることなんだと思う。

でも、この日だけは違った。



「な、何時間やるんだよ……!もう五時回ってるぞ!?」



裕翔は思わず声を荒らげた。でも、そこには笑顔であった。正気の沙汰じゃないと思う。夜の一九時から朝五時までぶっ通しで試合をしているんだぜ?しかも俺達高校生が……。



でも、ワクワクしている気持ちは本物だった。

こんな経験は初めてだったからだ。今までも野球の試合を見たことはあったけど、ここまで長くて熱くて楽しい試合は見たことがない。



でも、それはこれでもう終わりを迎えようとしていた。だって――、



「今は同点だからお前のピッチャー次第だぜ」



そう言いながら裕翔は俺の肩を叩く。確かにその通りだ。その上――、



「最終ラウンドで俺とお前とは……!」



そう、相手は伊集院くんである。観客はもはやいない球技場で最後の戦いが始まる。



「熱いな」



「ああ……熱いな――!」



もはや、何を賭けて勝負していたことも忘れ、二人はただ、野球を楽しんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る