第29話 悪役の王 その1

「本当にこの屋敷にアンブローズがいるんだろうな?」

「信じてくださいまし! 早くユウカ様を迎えにいかないと、わたくし殺されてしまいますわ!」

「あんたユウカに何されたの?」


 ユウカの身を案じて第十二課テミスの拠点に戻ったエイスケたちを待っていたのは、アデリー・ソールズベリーの機械人形だった。すわ再戦かと思われたが、『自動人形』の悪役ヴィランはすっかり牙がへし折られ、ユウカの従順な下僕になっていた。


 アデリーの話を聞く限りでは、信じられないことに、ユウカはわざとアンブローズとローマンに捕まり、拠点の場所を割り出したらしい。胆力のある娘である。アデリーを通して知ったアンブローズたちの拠点は、ケイオスポリス東部にあるユウカ・サクラコウジの別荘だった。


 同様にアデリーの機械人形に連れてこられたアレックス、ディルクと合流して、桜小路家の別荘に辿り着く。


「貴様ら! 止まれ!」


 別荘の周囲を警戒していたアンブローズの私兵に銃口を向けられる。さてどうしようかとエイスケは思案したが、結論が出るよりも早く、周囲に雷が降り注いだ。

『雷光』の悪役ヴィラン、アレクサンドラ・グンダレンコの一撃である。


「屋敷の周りはワタシに任せてください。アンブローズの応援が来たとしても、誰一人として侵入させません。ユウカ様をどうか、よろしくお願いします」

「いいのか? あんたが本当はユウカのところに行きたいんじゃないか?」


 アレクサンドラがユウカのことを想っているのは知っている。本当なら、アレクサンドラこそユウカの元に駆けつけたいはずだ。


「良いのです」


 巨大な『雷光』を、アレクサンドラが纏った。シャークとの戦いで見せた雷とは、桁違いの真の実力。悪役ヴィランの悪望能力が状況に応じて出力が変わるというのなら、ユウカを救出するための今の状況は、とてつもなくアレクサンドラの悪望能力を高めているはずだ。


 アンブローズの部下たちがアレクサンドラに気圧されたように、一歩下がる。


「今のワタシがローマン・バトラーと出会ったら、間違いなく消し飛ばしてしまうでしょう。それは、ユウカ様の本意ではありません」


 アレクサンドラの瞳孔は開き、声は怒りに震えていた。高すぎる悪望出力を必死に抑えているのが分かる。今のアレクサンドラは冷静ではない。エイスケは頷いた。


「分かった。お嬢様は任せておけ」


 屋敷の外をアレクサンドラに任せると、ハル、アレックス、ディルクと共に玄関をぶち破って飛び込んだ。アレクサンドラの悪望能力による雷鳴が後ろのほうで響く。


「あとで玄関代の弁償を要求されたりはしないよな?」

「大丈夫だろ。毎回街中で暴れてるけど請求されたことないぞ」

「ユウカはなんかハルにちょっと甘いところあるからなあ……」


 軽口を叩きながら、アンブローズの部下たちを蹴散らし、エイスケたちは拠点を駆け抜ける。走りながら機械人形の通信機でエイスケはアデリーに話しかけた。


「アデリー、あんたはこっちに来ないのか?」

「こっちはこっちで略奪商会のなんちゃらに襲われて大変ですのよ!」

「シャーク以外にも悪役ヴィランが雇われてるのかよ。屋敷の周りの奴らはアレクサンドラっていう銀髪の女が対処してるから上手いこと合流してくれ」


 あの調子なら屋敷の外の連中はアレクサンドラ一人で充分だろう。アレクサンドラの憤怒の様子だと、合流したところでアデリーもアレクサンドラの雷の犠牲になるかもしれなかったが、まあ何とかなるだろう。


「エイスケ・オガタ、あなた、結構優しいところがありますのね!」

「そうだろう? おっと、こっちにも客みたいだ。いったん切るぜ」


 非能力者のアンブローズの部下たちを四人で撃退していると、エイスケたちの前に、二人の悪役ヴィランが現れた。立ち振舞から相当の実力者であることが分かる。


「『不死』の悪役ヴィラン、ポール・イーリー」

「ヒヒヒ、『切削』の悪役ヴィラン、リチャード・マキロイだ」


 一人は無表情の男、ポール・イーリー。もう一人の楽しそうに笑っているのはリチャード・マキロイ。アンブローズが使おうと考えた悪役ヴィランだ、シャークと同程度の実力は見込んだほうが良いだろう。


「いきなり名乗り上げとは本気だな。やっぱりこっちにもいたか、悪役ヴィラン


 エイスケが相手をしようと構えると、アレックスとディルクがエイスケよりも前に出た。


「ここは自分とディルク先輩に任せて欲しいであります。ハル先輩とエイスケさんはアンブローズを」

「ええ。ここは僕たちに任せてください」

「そうか? 助かる。いや、ちょっと待てよ」


 ここをアレックスとディルクに任せるということは、必然的にエイスケはアンブローズかローマンの相手をすることになる。エイスケはハルを一撃で戦闘不能にしたアンブローズのことを思い浮かべ、冷や汗をかいた。ローマンにも模擬戦で一度も勝ったことがない。


「あー、ちょっと待って、俺もこっちにしようかな。ハルくん一人で大丈夫だろ?」

「行くぞエイスケ! 頼んだぞアレックス! ディルク!」

「ですよね」


 二人の悪役ヴィランをアレックスとディルクに任せると、エイスケはハルに首根っこを掴まれながらズルズルと引きずられて屋敷の奥へと進む。屋敷を進むハルの足には迷いがない。


「ハル、場所が分かってるのか?」

「ディルクに場所を聞いた」


 『分析』の悪役ヴィラン、相当に便利な悪望能力を持っている。ハルは屋敷の最上階である四階にまで駆け上がると、そこにあった鉄扉をそのまま蹴破り、中に突入した。

 部屋の中にはアンブローズと椅子に縛られたユウカがいた。


 ハルは不敵に笑うとアンブローズに啖呵を切る。


「やあ、第二ラウンドだな。アンブローズ・ランス」

「しつこい男は嫌われるわよ、ハルちゃん」


 呆れたような声を出しながらアンブローズがハルと対峙する。

 エイスケはハルに加勢しようとして一歩踏み出し、そこでピトリと首筋に刃物が押し当てられた。ユウカ・サクラコウジの護衛執事ローマン・バトラーが、背後から短剣を突き出してきていた。


「ほっほっほ。あなたの相手は私がしましょう。エイスケさん」

「ハルくーん、こっちの強そうなお爺ちゃんも頼めるかなあ?」

「エイスケ、模擬戦のこと覚えてないのか? そっちは君に任せた!」

「ですよね」


 エイスケはローマンに語りかけた。先に言っておくべきことがある。


「爺さん、投降する気はないのか?」

「あり得ませんな。そういったセリフは犯人を追い詰めてから言うものですぞ」


 拘束されているユウカもなぜかローマンの言葉に同意する。


「ローマンの言う通りです。エイスケさん、そこの悪役ヴィランをぶちのめしてやりなさい」


 エイスケはため息をついた。実力行使をするしかないようだ。ローマンは手加減して勝てる相手ではないが、エイスケの悪望能力の情報はまだユウカには伏せておきたい。エイスケはなるべく目撃者を減らすために、戦う場所を移すことにした。


「そうかい。じゃあまた後で聞くわ」


 突如、ローマンが吹き飛んだ。屋敷の窓にぶち当たり、そのまま外に落下していく。


 エイスケの悪望能力による攻撃だ。『不可侵』の障壁を小型な立方体として生成したのち、急激に障壁のサイズを大きくすれば、その場にいる者を障壁で強く打ち付けることができる。地下闘技場の時に見せたサムターン回しを攻撃に転用したようなものである。


 攻撃力は低いため、ローマンはおそらく無傷だろう。エイスケはローマンを追うべく、窓の外へと歩いていく。その様子を見たアンブローズが声をかけた。


「あら、こっちは一対一で良いのかしら? ハルくんがあたしに勝てるとは思えないけれど」

「問題ねえよ。同情するぜ、ハル・フロストの前で悪事を働くなんてな」

「随分と買い被られてるのねえ、あの子」

「あんた程度の悪役ヴィランじゃあハルの強さは分からないだろうな」

「……うふふ。ハルくんを殺したら次はあなたを相手してあげるわ」

「おお怖ぇ怖ぇ」


 エイスケはヒラヒラと手を振りながら窓の外へと飛び降りた。透明な障壁を階段状に出して、空中を歩きながら屋敷の中庭まで下っていく。中庭には整えられた木々や噴水が見えた。エイスケの悪望能力にとって悪くない場所だ。やがて地面に降りると、そこにはローマンが待ち構えていた。


「待たせて悪いね」

「いえいえ。本気のエイスケ様とは一度手合わせをお願いしたかったのです」

「模擬戦では爺さんの全勝じゃねえか。少しは手加減してくれよ」

「ご冗談を。エイスケ様は本気では無かったでしょう」


 模擬戦で手を抜いていた訳ではない。しかし、エイスケの悪望能力のポテンシャルは命の取り合いでこそ発揮されるのは事実だ。


 静かに、戦いが始まった。


 ローマンの周囲を一本の剣が飛び交いはじめる。剣を生成し、自在に飛行させる『忠誠の剣』の悪望能力。一切の殺気を見せず、エイスケの胸元に剣が飛来する。

 剣は、エイスケに到達する前にピタリと停まった。不可視の障壁を生み出す『不可侵』の悪望能力による防御。『忠誠の剣』と『不可侵』がせめぎ合う。


「俺の本気が見たいってんなら、爺さん、あんたも本気を出すべきじゃないのか?」

「ほっほっほ」


 剣が、三本に増えた。模擬戦ではローマンは剣を一本しか出していなかった。手を抜いていたのは、むしろローマンのほうだろう。


 それぞれの剣が殺意を持つかのように、エイスケに殺到する。エイスケはそれらを『不可侵』で弾くが、一度弾いた剣も再度エイスケを狙い、飛来し続ける。絶えず視界の外側から襲いかかり続ける剣撃。しかし、この程度ではエイスケを殺すことなどできない。


「これで本気かい?」

「なかなかやりますな。では、これではどうでしょう?」


 剣が、七本に増えた。エイスケはさらに『不可侵』で弾こうとして、危機を察知した。一つの障壁に二本の剣が集中し、障壁が割れる。障壁を割った剣を回避したエイスケに別の剣が飛来する。剣は徐々に速度を上げていき、ついに音速を越えた。障壁を幾度も割られながら、エイスケは巧みに回避し、時には拳で剣を叩き落とす。


 恐るべき悪望能力だった。音を置き去りにして対象を襲い続ける七つの剣。対手が高位の悪役ヴィランでなかったら一瞬でバラバラになっている。


『忠誠の剣』と『不可侵』の悪望能力が同時にいくつもの場所で激突し、火花を散らす。常人が見れば、同時に散る火花は七つどころか数十に見えただろう。攻防が速すぎるために、『忠誠の剣』と『不可侵』が激突した同刻に、次の攻防が始まっているのだ。刹那の時間を当然のように認識する、高位の悪役ヴィラン同士の高速戦闘。


「私の『忠誠の剣』は、七本の剣を私の意思で自在に操ることができます。いつまで耐えられますかな?」


 突如、エイスケの頭に剣が突き刺さった。自身が絶命したことをエイスケは理解する。否、これは死の『予知』だ。「エイスケ、上だよ」リリィが囁くのを、確かに聞いた。


 あるはずのない八本目の不可視の剣が上から降ってくるのを、エイスケは障壁で受け止めた。甲高い金属音と共に、不可視の剣が弾かれる。

 七本の剣という話は、フェイク。くだらない小細工だ。


「つまらない嘘をつくじゃねえか、爺さん」

「……あり得ん。なぜ私の剣の場所が分かる」


 ここにきて初めて、ローマンの余裕が崩れた。この剣でエイスケにとどめが刺せると確信していたのだろう。勘違いも甚だしい。むしろ、必殺の一手であるからこそ、エイスケを殺すことはできない。


「視えない透明の剣があんたの切り札ってわけだ。ブラハード・バーンを殺した犯人も爺さんだな?」

「なぜ私の剣が防御できたかと聞いている!」


 エイスケは笑って答えた。たまには名乗りあげるのも悪くないだろう。


「教えてやるよ。俺の悪望能力は『不可侵』じゃあない」





 ◇◇◇ お知らせ ◇◇◇


『ヴィランズの王冠 ―あらゆる悪がひれ伏す異能―』の書籍版が本日2023年3月10日に発売です!

 イラスト担当のタケバヤシ先生によるめちゃくちゃ格好良い悪役対策局セイクリッドの表紙を是非見てください!


 https://kakuyomu.jp/publication/entry/2023031003

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【書籍化】ヴィランズの王冠 ―あらゆる悪がひれ伏す異能― 台東クロウ @natu_0710

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